最低賃金法・労働契約法の修正協議

きのうの続きで、今朝の読売新聞から。

 政府・与党と民主党は1日、最低賃金を引き上げる最低賃金法改正案と、不当解雇の防止を図る労働契約法案について、今国会での成立を目指し、法案の修正協議に入った。政府と民主党は、それぞれの最低賃金法改正案と労働契約法案を衆院に提出しており、2日の衆院厚生労働委員会で本格的な審議が始まる。
 ただ、最低賃金法改正案に関して、政府案は生活保護の水準を上回ることを目指しているのに対し、民主党案は全国平均時給1000円という高い目標を明記しており、隔たりは大きい。このため、「会期を延長しなければ修正協議がまとまるのは難しい」(自民党幹部)との見方が出ている。
(平成19年11月2日付読売新聞朝刊から)

会期に関してはどうやら1ヵ月程度延長されるらしいとの観測が有力らしいので、とりあえず修正協議の時間はそれなりに確保できそうですが、それにしても気になるのはその具体的な内容です。残念ながらほとんど情報がないのですが、民主党のウェブサイトにはこんな記事があります。

 直嶋正行政策調査会長が、1日昼都内で開かれた連合主催の「11.1政策実現集会 働く者のための最低賃金法、労働契約法、労働基準法を!」で、党を代表して挨拶した。…最低賃金法改正、労働契約法、労働基準法改正で与党と修正協議に入ったことを報告し、「特に最低賃金法改正案、労働契約法については、10日までの会期内に衆参ともに通過、成立させたい。そのために必死の思いで取り組んでいる」とした。
 さらに集会では、細川律夫衆院議員が、与野党修正協議の責任者として、現在までの修正協議の経過について報告した。この中で、細川議員は、「明日(2日)の午後、衆議院与野党それぞれの最低賃金法の改正案を審議する。来週の火曜日(6日)の衆院本会議では法案をあげる方向。我々は、最低賃金を労働者とその家族1名の生計費と考え、3年後には全国平均で時給1000円を目指す」と述べた。
http://www.dpj.or.jp/news/dpjnews.cgi?indication=dp&num=12121

それから、10月31日の朝日新聞がこう報じていました。

 衆院厚生労働委員会で継続審議中の最低賃金法改正案について、民主党と与党が修正協議に入っていることが30日、わかった。民主党が対案で打ち出していた「全国一律の最低賃金の創設」を断念。政府案の修正案を示したことで、与党側も協議に応じた。与野党とも今国会での成立を目指し、調整している。
 民主党は、支持団体の連合が最賃法の早期改正を強く求めていることもあり、与党との歩み寄りを優先。かわりに、最低賃金の決め方について「労働者が人たるに値する生活を営むための必要を十分に充たすこと」との文言を政府案に加えるよう求めている。最低賃金の大幅引き上げを図る根拠を明確に打ち出す狙いだ。
 また、同様に対案を出していた労働契約法案の修正案も示し、派遣やパートといった就業形態にかかわらず「均等な待遇の確保が図られるべきだ」との原則を明記。有期契約労働者についても賃金などで正社員との差別禁止を盛り込んだ。
 一方、労働基準法改正案は、何時間の残業から賃金の割増率を引き上げるかをめぐって両者の隔たりが大きく、成立は困難な見通しだ。
(平成19年10月31日付朝日新聞朝刊から)

どうも混乱があるようですが、そもそも労働基準法は第1条で、まっさきに「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない。」と定めています。「労働条件」ですから当然賃金を含んでいます。で、労基法はこれをふまえて第28条で「賃金の最低基準に関しては、最低賃金法 (昭和34法律第137号)の定めるところによる。」と定めているわけです。 ですから、なにも最賃法であらためて「労働者が人たるに値する生活を営むための必要を十分に充たすこと」と定める必要はないわけです。
もっとも、「十分に」との文言が加わっているところに民主党の思いがあるのかもしれませんが、それでは「必要を充たす」と「必要を十分に充たす」との違いはなんなんだ、ということになるでしょう。なんとなく「十分に」のほうが多そうだ、という印象はあるかもしれませんが、単に「充たす」といえばそれは「十分に」という意味ではないかという気もしますが…。いずれにしても、労基法にすでに同旨の定めがあるわけですから、最賃法で屋上屋を架けてもそれが「最低賃金の大幅引き上げを図る根拠を明確に打ち出す」ということになるのかというといささか疑問です。まあ、精神論的な意味だけであればさほど害のないパフォーマンスにはなりそうですが…。
で、民主党のいう「必要を十分に充たす」というのは「最低賃金を労働者とその家族1名の生計費と考え、3年後には全国平均で時給1,000円を目指す」ということのようです。仮に最賃1,000円で一般的なフルタイム就労(1日8時間×月約20日)したとすれば額面で16万円、手取りはここからいくらか減少するでしょう。この金額が妥当かどうかは「生計費」にどこまで含めるかに大きく依存するのでなんとも評価できません。
ただ、最賃を生計費基準だけで決めるというのは、勤労所得以外の所得を有する人に対しては(最低生計費確保という政策目的においては)過度の保護になるでしょうし、生計費に住居費を含めるのであれば、すでに持ち家のある人には過度の保護になるでしょう。いっぽう、当然ながら最賃は失業者や自営業者に対する保護にはなりませんし、フルタイムの職を確保できない(部分的に失業しているとみる考え方もあるそうです)人についても(最賃が時間給で設定される以上は)「十分な」生計費確保はできません。これまでも繰り返し書いていますが、やはり最賃引き上げで生計費確保という考え方は筋が悪いように思えてなりません。
もちろん、民主党としては選挙に勝ったわけですし、現に公約として「最賃1,000円をめざす」と書いてしまっているわけですから、なんらかの成果を獲得しないわけにはいかない、という政治的事情はあるでしょうが、私としては「生活保護との整合性」(これも繰り返しですが、「上回る」ではなく)を盛り込んだ今回の改正法案はけっこう妥当な線ではないかと思います。妙なところでリキまずに早いところ成立させてしまったほうがいいと思うのですが。

  • これまた繰り返しですが、私は生計費基準だけで最賃を決めることは妥当でないと申し上げているだけであって、現在の最賃の水準がこのままでいいと申し上げているわけではありますので為念追記しておきます。

これに対し、労働契約法の修正協議については朝日の「対案を出していた労働契約法案の修正案も示し、派遣やパートといった就業形態にかかわらず「均等な待遇の確保が図られるべきだ」との原則を明記。有期契約労働者についても賃金などで正社員との差別禁止を盛り込んだ」との記事がありますが、これは要するに労働契約法の民主党独自案を示したということでしょう。これは民主党のウェブサイトに掲載されています。
http://www.dpj.or.jp/news/dpjnews.cgi?indication=dp&num=11890
分量は政府提出法案に較べてかなり多くなっていますし、当然ながら労働者保護を強化し権利の拡大をはかる内容が多くなってはいますが、多少は経済活動とのバランスも意識しているところも見せていますし、それなりに現実をかけはなれたものにならないようにとの努力がみられる部分もあり、一応はなんとか「責任野党」の対案といえる範囲に収めることを意識してはいるようです。たとえば使用者による労働契約の変更や研修費用の返還などに関しては、必ずしも保護強化・権利拡大一辺倒ではない(強化・拡大に違いはないわけではありますが)部分も見せています。とはいえ、記事にあるような有期労働契約にかかる制限や、雇用契約以外への援用など、さすがに非現実的といわざるを得ない内容も含んでいますし、労働政策審議会での労使の話し合い・合意というプロセスを踏んでいないことを考えると、この対案そのままに修正することは適当ではないでしょう。はたして現実に修正協議のテーブルに乗るのがどこなのか、どのような妥協がはかられるのか、興味深いところです。こちらもきのうのエントリに書いたように、あまり修正にこだわることなく、まずは成立を期してほしいものです。「小さく生んで大きく育てる」が賢明な作戦だろうと思います。