大阪の話(1)

大阪市の人がまたあれこれやりだして話題になっているようですね。

 大阪市橋下徹市長が全職員を対象に政治活動に関する実態調査を指示したことに対し、市労働組合連合会(市労連)などは13日、「思想・信条の自由などを侵害し、組合運営に介入する不当労働行為にあたる」として、大阪府労働委員会に救済を申し立てた。
 申立書によると、組合活動や選挙運動への参加の有無を尋ねる調査項目について、「職務とは無関係で、秘密が保護されるべき事柄に回答を強要している」と指摘。「調査は組合活動への干渉で、組合の弱体化を図ったもの」として、調査の中止と謝罪を橋下市長に命じるよう求めた。
 橋下市長は業務命令として16日までに調査に回答するよう求めており、未回答者は処分対象とする考えだ。
(2012年2月14日11時20分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120214-OYT1T00326.htm

ウェブ上をみても憲法違反とか不当労働行為とかの批判が多数あり、まあ当否はともかくそういう批判が出てくることは目に見えていたわけなので正直あまり筋のいい話ではないなと思っていたところ、探してみたら回答依頼も含め調査全文のPDFがみつかりました。
http://bit.ly/wN5zcC
http://www.geocities.jp/wsfosaka/akikaku/syokuin.pdf
さて実物をみてみると、正直不愉快な代物ではありますが、橋下氏の言動などを捨象して虚心に考えれば憲法違反や不当労働行為とはなかなかいいにくいだろうというのが私の印象です。当局にしてみれば人事労務管理上庁内における組合活動が適正に行われているかどうか(たとえばヤミ専従のようなものがないかどうか)確認するニーズは高いでしょうし、職員が労働組合にどの程度関心を持っているのかも良好な労使関係を維持する上で重要な関心事項でしょう。この設問だけでは、労働組合に対する支配介入を意図していると主張することは難しいように私には思えます(橋下氏の言動とセットで主張することの可能性は否定しません)。なお、政治活動に関しては違法に行われているのではないかとの指摘が現にあるわけですから、実態調査を行うのが当然だと言われればそのとおりであり、むしろ行わないほうが怠慢だとの主張もできるかもしれません。業務命令で記名で実施するというのはもう少しやり方があるんじゃないかと思うところですが、しかし悉皆調査を徹底するためであり情報は適切に取り扱うと反論されると再反論が難しいようにも思えます。もちろん、労働組合や組合員としては面白からぬアンケートであろうことは容易に想像がつきますし、したがって不当労働行為を主張して対抗する作戦は十分あり得るものだと思いますが、しかし適法適切にやっているのなら回答に困ることはないですよねと言い返されそうな調査になっていることも認めざるを得ないわけです。
というか、依頼書にも明記されているように、この調査は野村修也先生が監修しておられるわけで、まあ野村先生は労働の専門家ではないですし、これが法律家の労使関係に対する姿勢としてどうなのかという論点は十分にあり得る(だから弁護士会が批判の声明とか出しているわけで)と思いますが、いっぽうで悔しいけれどさすがにそんなところで抜かりがあるわけがないよなとも思います。まあこのあたりは労働組合の側でも現実の活動が違法な政治活動になることのないよう周到にやっているものと想像しますのでお互い様というところかもしれません。
以前も書きましたが、私は正直言って橋下氏の大衆迎合的な手法が好きではないのですが、こういうところで専門家を活用するあたりもなかなか手ごわいなという感じです。まあそういえば(笑)橋下氏自身も弁護士ですから当然のセンスかもしれませんが。

大阪の話(2)

さてやはり各方面から悪評紛々の大阪府の教育基本条例案に関しては、こんなニュースも流れておりました。

 大阪府の2012年度の公立学校教員採用選考で、合格者2292人のうち284人(12.4%)が3日までに辞退したことがわかった。記録の残る過去5年間の最終辞退率は9〜10%で、過去最高の辞退率。
 府教委によると、理由は「他府県や私学の教員に採用」が57.4%、「大学院進学など」が25.4%、「教員以外の就職」が5.3%。採用試験が行われている最中の8月に、教員評価の厳格化などを定めた教育基本条例案大阪維新の会が公表したため、影響を指摘する大学関係者もいる。府教委は「分析していないのでわからない」としている。
asahi.comhttp://www.asahi.com/national/update/0209/OSK201202090089.html

過去5年は9〜10%で安定していたとのことで、誤差の範囲と言い切るには少し大きいかなという気もしますが、どうなんでしょうか。いずれにしてもウェブ上ではこの条例案が嫌いな人たちが「橋下のせいだ、責任取れ」などとさかんに燃え上がっているようです。
そこで仮に条例案の影響があるとして、条例案にある教員評価の厳格化などは労働市場的には労働条件の悪化なので、以前に較べれば応募が減るのは自然ですし、合格後にそれが判明したのであれば辞退者が出るというのもまた自然な話だろうと思います。加えて、一般論としては労働条件を下げれば応募者の質の低下も同時に発生するわけで、こちらを問題視する意見もあるようです。
もっとも「質低下」の懸念に関しては必ずしも悪いとばかりは言えないようにも思います。例えば教員評価の話でいえば、条例案にその厳格化を織り込んだのは教員に対して厳格な評価に対峙する心構えを求めてのことでしょうから、それを嫌って辞退する合格者が出ることは、むしろ条例案の趣旨にかなうもので意図したとおりとの見かたもできそうだからです。
いっぽう、低下しては困るような質まで低下したり、辞退が多過ぎて必要数が充足できないとなると問題ですが、だから条例案がけしからんという議論はさすがに短絡的で、労働条件というのはパッケージなので、その他の労働条件で評価の厳格化を埋め合わせて十分以上の改善があればいいわけです。要するに、それなりの人材が、評価が厳格になってもいいから大阪府の教員になりたいと考えるくらいに、たとえば賃金を引き上げるといったことが必要になるわけです。
ところが、橋下氏(というか後任の松井知事)は他方では公務員の労働条件の抑制にも熱心なわけですから、それではさすがに思うような人材確保は無理でしょうねえということになり、突っ込むならここではないかなあと思いました。
まあ評価の厳格化が嫌いな人はそれ自身が否定されなければ満足できないのでしょうが、であれば辞退が増加したことを騒ぎ立てても意味がなく、別の作戦を考える必要があるものと思います。