ビジネスガイド4月号

 (株)日本法令様から、『ビジネスガイド』4月号(通巻916号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

 今号の特集は「改正育介法&重要法令施行直前チェック」ということで、4月施行の改正育介法・個人情報保護法公益通報者保護法道路交通法および年金・社会保険の改正について解説されています。人事総務担当者の職務は年々複雑化していますね。
 八代尚宏先生の連載「経済学で考える人事労務社会保険」はいつのまにか第26回と、2年を超える連載となりました。今回は前回に続いて法科大学院から始まり、借地借家法の問題点などを通じて「法と経済学」の重要性が説かれています。大内伸哉先生のロングラン連載(こちらは第177回!)は「労働契約申込みみなし制Part2」ということで、偽装請負の申込みみなしについて最近の注目判例をひきながら検討しておられます。

大竹文雄『あなたを変える行動経済学』

 阪大の大竹文雄先生から、最近著『あなたを変える行動経済学』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

 豊富な事例を交えた、読みやすくわかりやすい行動経済学の解説書です。実は私はビジネススクールの授業の中で、キャリア意思決定の流れで1回まるごと使って行動経済学を紹介しており、大竹先生のご著書や論文もひきながら、人間どうしてもサンクコストにとらわれたり現在バイアスや現状維持バイアス、損失回避などの傾向を持ってしまうものなのだから、それを承知したうえで意思決定しましょうといった話をしているわけですが、そのアップデートにたいへん役立ちそうです。あらためてしっかり勉強させていただきます。

佐藤博樹・武石恵美子・坂爪洋美『多様な人材のマネジメント』

 佐藤博樹先生・武石恵美子先生・坂爪洋美先生から、ご共著『多様な人材のマネジメント』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

 中央経済社から刊行中の「シリーズ ダイバーシティ経営」の1冊で、約1年ぶりの刊行となります。これで全6巻中5巻が出版されたことになります。「多様な人材のマネジメント」はまさにシリーズ名の「ダイバーシティ経営」であり、本シリーズの総論として位置づけられる1冊ということです。豊富な既存研究をふまえたダイバーシティ・マネジメントの解説書として多くの実務家に有益なものと思われます。

ビジネスガイド3月号

 (株)日本法令様から、『ビジネスガイド』3月号(通巻915号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

 今号の特集は『パワハラ防止法完全施行』『政府の経済対策による助成金の活用・申請』『テレワークの労働契約上の位置付けと制度設計~私傷病休職からの復職判断への影響』となっています。私傷病休職からの復職過程で、「出社しての就労は困難だがテレワークなら可能」という状況への対処というのはけっこう目新しい課題かもしれません。特集以外の記事にも「ウェブ採用における「替え玉受験」対策」というのがあって、いやはや実務家の方々は大変です。
 八代尚宏先生の連載「経済学で考える人事労務社会保障」はやや守備範囲を逸脱して?「司法試験改革と法科大学院」が論じられています。大内伸哉先生のロングラン連載「キーワードからみた労働法」は「非正社員の組織化」ですが内容的にはユニオン・ショップ協定が中心で、大内先生の批判的立場がうかがわれて興味深いものがあります。

日本労働研究雑誌特別号

 (独)労働政策研究・研修機構様から、『日本労働研究雑誌』2022年特別号(通巻739号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

 例年刊行されている、JIRRA主催の「労働政策研究会議」報告の特別号です。昨年は慶大の八代充史先生が委員長を務められ、「ジョブ型雇用は日本の雇用・労使関係と親和的か?」というテーマで開催されました。私は残念ながら当日は別件があって参加できなかったのですが、冒頭の佐藤博樹先生の論文は混乱を極めるいわゆる「ジョブ型」論議の交通整理として非常に有益ですし、その後に外資系企業の人事や富士通の労組からの事例紹介があるのも非常に参考になります。自由論題も含めて勉強させていただきたいと思います。

経団連『2022年版経営労働政策特別委員会報告』同事務局『2022年版春季労使交渉・労使協議の手引き』

 経団連事業サービスの藤原清明さんから、経団連『2022年版経営労働政策特別委員会報告』同事務局『2022年版春季労使交渉・労使協議の手引き』をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

 すでに春季労使交渉もスタートして先行する金属労協各社の交渉は佳境に入っているわけでまことに出遅れ感満載な御礼・ご紹介で恐縮なのですが、なにしろ在宅勤務が快適すぎてここ数か月は毎月1回月末に出社するのがパターン化しておりますのでどうかご容赦を。『報告』のほうはコラムで労働生産性の国際比較を検証しているのが興味深く、低い低いと言われる日本の労働生産性ですが、昨今は働き方改革=労働投入量の効率化でそれなりに健闘しており、さらなる向上に向けて付加価値の増大が必要だと主張しています。書かれてはいませんが、やはり向上した価値をきちんと価格に反映させて付加価値の増大として計上することが重要だということではないでしょうか。『手引き』のほうは相変わらず最新動向の確認と事例紹介を含めた対処について要領よくまとめられていて、実務家の座右に最適の一巻となっています。

雇用のミスマッチ

 本日の日経新聞「経済教室」欄に阪大の佐々木勝先生が登場して労働市場と人事管理について論じておられます。お題は「「適所適材」雇用で生産性向上 賃上げへの課題」となっていますね。ちょうど春闘も本格化するタイミングでもあり、賃上げにも触れていますが、論点の中心はミスマッチです。
 まずは日本の労働生産性が伸び悩んでいる、低いというお約束の話があり、次いでこう述べられています。

 長期的に賃金を引き上げるには…労働市場全体の構造改革に取り組まなければならない。本稿では構造改革の一部として、企業と労働者のミスマッチの解消とジョブ型雇用の採用に焦点を当てて論じたい。
 雇用のミスマッチとは、企業が求めている能力やスキルと労働者が有する能力やスキルがかみ合わないことだ。かみ合わないがゆえに、本来の生産力が発揮できず、非効率的な生産活動に陥ってしまう。
 川田恵介・東大准教授によると、12~16年の間で、新規雇用の9%前後がミスマッチにより喪失されている。実際、この期間に求人数と求職者数のズレが幅広い職種で観察される(図参照)。例えば、事務職は求人を求職者が大幅に上回る過大な労働供給、保安やサービスは過小な労働供給に陥っている。
 雇用のミスマッチには「事前のミスマッチ」と「事後のミスマッチ」がある。前者の場合、企業は求めている能力やスキルを有する労働者に出会えず、未充足のままの求人状態が続く。あるいは求められる能力やスキルを有していない労働者が、求職活動してもなかなか仕事が見つからない状態もありうる。図が示すのは事前のミスマッチだ。
(令和4年2月18日付日本経済新聞朝刊「経済教室」から、以下同じ)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD0143O0R00C22A2000000/(有料すみません)

 これだと保安やサービスの労働供給が過小なのは求められる能力やスキルを有する労働者が少ないからだと読めてしまうのですがそれでいいのでしょうか。現実に起きているのは、能力やスキルを持つ人が希望する労働条件に達していないという労働条件のミスマッチではないかと思うのですが。

 一方、生産性に関わるのは事後のミスマッチだ。企業が雇用契約を結んだ後に採用した労働者の能力やスキルが期待していたほどの水準でなかったことに気付くことだ。企業が最新の機材を用意しても、それを扱えるスキルが労働者になければ、機材は宝の持ち腐れになる。ほかにも労働者の能力やスキルに見合う仕事を用意しなければ、その労働者本来の能力を最大限に生かせないケースもある。
 こうしたミスマッチが、企業と労働者の組み合わせが持つ潜在的な生産性を引き下げる。採用プロセスの段階では互いにわからない部分があるので、必ずしも質の高いマッチングが成立するとは限らない。

 これも現実に起きていることとはだいぶ違うよねえと思うところで、もちろん「採用プロセスの段階では互いにわからない部分がある」のはそのとおりとしても、日本企業に典型的な新卒一括採用で求められる能力は多くの場合ポテンシャルであって、「最新の機材を用意しても、それを扱えるスキルが労働者になければ、機材は宝の持ち腐れになる」といった具体的なスキルや能力ではないことが多いでしょう。
 一方で深刻な課題になっているのが「労働者の能力やスキルに見合う仕事を用意しなければ、その労働者本来の能力を最大限に生かせない」ことですが、こちらは長年かけて育成し能力を伸ばしてきた中高年社員がその能力に見合った仕事を得られないことが問題なのであり、やはり「採用プロセスの段階では互いにわからない部分がある」といった話ではありません。
 このあと労働者は転職自由だが企業は解雇規制があるのでミスマッチの解消が難しい、解雇規制を緩和して流動化をはかるべきといういつもの話が来て、続いて

 解雇規制の緩和というと労働者にとって不利になるように聞こえるが、必ずしもそうではない。…企業は、これまでのように採用に慎重になりすぎる必要がなくなり、採用人数を増やせる。求職活動する労働者にとっても、採用意欲の旺盛な…新たな求人企業に出会い、就職しやすくなる側面もある。全体的にマッチングの機会が増えることで適所に適材が配置され、雇用のミスマッチの解消が期待できる。
 労働者が解雇された理由がスキルの陳腐化ならば、新たなスキルを習得する職業訓練…のようなセーフティーネット(安全網)を整備したうえで、人材の流動化を促し、ミスマッチの解消を目指すべきだ。

 まあ「必ずしもそうではない」と言われればそうかもしれませんが、しかし不利になることも多いんじゃないかと思います。なにかというと「採用意欲の旺盛な新たな求人企業」であっても労働条件が良好とは限らないという問題があり、実際問題としても転職で賃金が低下することは多々あるわけです。昨年末に発表された令和2年雇用動向調査(https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/doukou/21-2/dl/kekka_gaiyo-04.pdf)を見ても転職による賃金の上昇/低下はほぼ同じで、これで解雇による転職(とりわけ「技能の陳腐化」を理由とした解雇による転職)が増加したらどうなるか、まあ想像は容易だろうと思うわけです。いやもちろんミスマッチ解消のためにはそれでいいのだという考え方は十分あろうかと思いますが、それが労働者にも有利であると言わんばかりの表現には慎重であるべきだろうと思うわけです。
 さて次をみますと、

 雇用のミスマッチの解消により全体の生産性が向上しても、生産性の異質性は存在する。つまりマッチングがうまくいっても生産性の高い労働者と低い労働者がいる状態は変わらない。ここで重要になるのは、労働者の生産性を把握し、正しく評価することだ。

 ということで、しかしそれは容易ではなく、さらに昨今のリモートワーク拡大でさらに困難が高まっていると指摘されます。そして、

 解決方法の一つは、働きぶりをなるべく可視化して達成度で判断することだ。具体的には「ジョブ型雇用」という雇用制度を導入することが考えられる。これまで多くの日本企業が採用してきた新卒一括採用や年功序列の「メンバーシップ型雇用」とは異なり、ジョブの職務内容に応じて適任者を採用し、その職務の達成度に応じて報酬を支払う。
 上司と部下が職務内容を事前に職務記述書に明記して、互いに合意したうえで雇用契約を結ぶ。職務記述書を基に職務の達成度を確認して報酬を支払う。職務記述書に記載された職務内容を社内で共有すると、従業員同士はある程度互いに求められる職務とその成果を観察できるので、自分たちが正しく公平に評価されているのかを確認できる。

 いやだからそれをやってるから保安やサービスの労働供給が過小になるのだと私などは思うのですが違うのでしょうか。お題にもある「適所適材」は(適材適所とは異なり)「大は小を兼ねる」感覚で仕事に人と賃金を合わせるわけですね。でまあそれが欧米ではスタンダードだというのはそのとおりでしょう。一方で、相対的に高い能力・スキルを持つ人が、それほど高い能力やスキルを要しない(したがってその仕事は十分に遂行しうる)仕事の求人に「この労働条件じゃ応募する気にならないねえ」となるのも、まあ自然な話だろうと思うわけです。
 あとまあこれは海老原嗣生さんとかが繰り返し指摘しておられる話ですが、「職務内容を事前に職務記述書に明記して…職務記述書を基に職務の達成度を確認」すれば「働きぶりをなるべく可視化して達成度で判断する」ことができると言われますがそう簡単ではないという点です。まあこのあたりは海老原さんの専売特許なのでこのあたりをご参照ください。手抜きですみません。
https://news.yahoo.co.jp/byline/kurashigekotaro/20210125-00219252
 なお「従業員同士はある程度互いに求められる職務とその成果を観察できるので、自分たちが正しく公平に評価されているのかを確認できる」というのは私も大事だと思っていて、ただそのために必要なのは職務記述書の共有ではなく人事評価の公開・共有だろうと思います。まあ昇進昇格などである程度は共有されてはいるわけですが、これが毎回の評価まで公開となれば一種のピアレビューというかクロスチェックが働いて、少なくとも恣意的な評価とかはかなり排除されるのではないかと。

 また職務記述書の職務内容と必要なスキルの社外公開は、最適な人材を幅広く募ることを可能にする。
 日立製作所はジョブ型雇用を本体の全社員に適用する方針である。単に導入するだけでなく、職務内容と必要なスキルを社外公開することで、どのような人材を求めているのかを明確に示し、職務遂行に適した人材を効率良く探せるような制度とする。職務内容と必要なスキルの社外公開は、ミスマッチを未然に防ぐ役割を果たす。

 そういえば日立さんのジョブ型って続報がないけどどうなってるのかしら。それはそれとして「職務内容と必要なスキルの社外公開は、ミスマッチを未然に防ぐ」というのは、(特に中途採用においてはですが)もちろんやらないよりは効果があるかもしれませんが、「採用プロセスの段階では互いにわからない部分がある」という事情には変化はないような気もします。まあ「採用後に能力がなければ解雇」とセットにすれば能力がないのにあるかのように装って応募する人を減らすくらいの効果はあるのかもしれません。このあたり、労働市場全体がその方向にならないと、日立さん一社で頑張られても限界はあるような気はするのですが。
 ということで結論はこうなっています。

 欧米と肩を並べるまで賃金を引き上げるには、教育や訓練を通じた労働者個人の人的資本の蓄積だけでなく、「適所適材」が実現しやすい風通しの良い労働市場にしていく必要がある。

 「教育や訓練を通じた労働者個人の人的資本の蓄積」が重要だという点には全面的に賛成しますが、「適所適材」ってのは人的資本のけっこうな部分を無駄にするわけなので、それでただちに賃金が引き上がるものかどうかはやや心配がなくもないような。もちろん活用されているかどうかにかかわらず人的資本が蓄積されるのはけっこうなことだと思いますが、より重要なのは「風通し」といったいわばフローの部分ではなく、蓄積された人的資本が十全に活用されるような良質な雇用を増やすといういわばストックの部分ではなかろうかと思うのですが違うのでしょうか。