玄田有史『希望のつくり方』

「キャリアデザインマガジン」第102号に掲載した記事を転載します。
編集後記にも書いたのですが、『希望学』全4冊のうち2冊は釜石市での大規模なフィールドワークによるもので、釜石は希望学の「聖地」とされているとのことです。今回の震災では釜石も甚大な被害を受けましたが、必ずや希望とともに力強く復興が進められることと信じます。著者の玄田有史氏と希望学プロジェクトは釜石の「美しい根浜海岸と宝来館」を応援する募金活動を展開しています。詳細はこちらを。
http://www.genda-radio.com/2011/04/post_820.html

希望のつくり方 (岩波新書)

希望のつくり方 (岩波新書)

 東京大学社会科学研究所の「希望学プロジェクト」は、2005年度から2008年度まで全所的プロジェクトとして展開された。2009年には、その成果の集大成として『希望学』全4巻が刊行されている。この本の第1章から第3章では、希望学プロジェクトの中心人物であった著者が、その成果をわかりやすくまとめて紹介している。そして第4章以降では、それをもとにした著者自身の希望への思いが語られる。単なる思いではなく、調査結果に裏打ちされた「証拠つきの思い」である。
 まず第1章では「希望とは何か」が語られる。幸福と希望の違いはなにか。幸福はなによりその維持を求めるものであるのに対し、希望は仮に厳しい状況にあっても、現状を未来に向かって変化させていこうとするものであるという。著者らは希望学が対象とする「希望」を「行動によって何かを実現しようとする気持ち」と定義している。
 続く第2章では「希望はなぜ失われたのか」が分析される。年齢、収入、健康、さらには教育機会や家族関係をはじめとする人間関係が希望の有無に影響するという調査結果をもとに、高齢化などによってこれらの条件が悪化したことが希望の喪失につながっていると指摘される。
 さらに第3章は「希望という物語」と題され、希望の物語性について述べられる。多くのフィールドワークなどをもとに、実現しなかった希望を別の希望に修正する修正体験や、挫折から再起する挫折体験などの「ストーリー」が希望を持つことに影響することと、その有する両義性を指摘する。そのうえで、社会の不確実性を不確実性として受け入れ・向き合い、そこに希望の物語を紡ぐことを主張する。
 そして第4章「希望を取り戻せ」は、第3章までにまとめられた希望学プロジェクトの成果をふまえた、著者から社会へのメッセージとなる。一貫して若年雇用問題に取り組んできた著者らしく、多くの部分が若者とその周囲の人たちに向けられているし、釜石市などでのフィールドワークが希望学プロジェクトの大きな柱だったことを反映してか、地域に向けた提言も多い。そして「おわりに」では、著者の「一番いいたかった」こととして、希望はすでにかつてのような前提=当然あるものではなく、それ自体、自分(たち)でつくり出すものなのだ、という結論が述べられている。
 『希望学』全4巻は非常に重厚であり、往々にして難解だが、この本はきわめてわかりやすく書かれ、調査内容や調査結果などに関する記述も平易な語り口が心がけられている。事例や経験談なども印象的なものが豊富に取り上げられており、「希望」を見つけ出したい人や、誰かが「希望」を見つけることの手助けをしたい人など、「希望」について考える人にとっては有益なヒントがたくさん詰まった本といえそうだ。
 いっぽうで、『希望のつくり方』とは言っても、こうすれば希望がつくれますといったレシピやマニュアルが載っているわけではない。「おわりに」では希望学のエッセンスとしての、希望を自分でつくり出すためのヒントが7項目掲載されているにとどまる。この本に自己啓発書を期待した向きには物足りないかもしれないが、しかしこれが知的誠実さというものであろう。これを、あるいはこの本全体の記述をヒントにすることで、本当に著者のいうように「自分にとっての希望という物語は、誰もがつくれる」のかどうかは、読者一人ひとりが判定するよりなさそうだ。