若手と上司のギャップ

たまには人事管理ネタでも。きのうのエントリを書いていて思い出したのですが、面白い調査結果があるのでご紹介したいと思います。JTBグループの人事コンサルティング会社、株式会社ジェイティービーモチベーションズが今年の1月に実施した「若手社員の成長と、上司の意識とのギャップに関する調査」(http://www.jtbm.co.jp/newsrelease/413-310)で、全国の従業員500人以上の企業に所属する若手社員(入社1年目103人、2年目103人、3年目103人、いずれも22〜25歳)と上司(入社4年目以上で、入社1〜3年目の直属部下を2人以上持つ309人)を対象としたインターネット調査です。回答者属性は男性67.2%・女性32.8%、、職種は営業・販売29.9%、
顧客対応・サービス14.1%、管理・企画19.4%、開発・製造30.3%、その他6.3%とのことで、年齢から判断して若手社員は新卒就職した大卒ホワイトカラーということでしょうか。まあ、この手のインターネット調査の信頼性がどこまで高いかという問題は常にあるわけですが、なかなか興味深い結果が出ています。
まず、レポートの見出しをみますと、こうなっています。

●上司が若手社員に期待するのは「困難を克服する力」(40.5%)、
若手社員が伸ばしたいのは「アイデアや工夫を生み出す力」(42.7%)
●成長の妨げは「上司に相談しにくいこと」
「自身に、成長しようという意識が薄いこと」
●「さらに成長していきたい」「今の会社で働き続けたい」、
 入社2、3年目で、低下する傾向
https://www.jtbm.co.jp/images/pdfs/newsrelease_growthreserch.pdf、以下同じ

個別の設問をみてみますと、具体的な項目として「業務に関する知識や技術」「職場における協調性」「与えられた仕事や目標をやりぬく力」「期待されている役割を理解し、それを果たす力」「ビジネスマナー」「仕事とプライベートのバランスを取る力」「困難を克服する力」「仕事のおもしろさを感じる力」「新しいアイデアや工夫を生み出す力」「仕事に対するモチベーション(やる気)を保つ力」「仕事がしやすい環境を作る力」の11項目があげられており、それぞれについて

  • 「1年前と比べて成長した」と思う項目(3つまで選択)…若手の自己評価+上司による評価
  • 「1 年前と比べて、期待したほど成長していない」と思う項目(3つまで選択)…若手の自己評価+上司による評価
  • 「成長したい点、してほしい点」(3つまで選択)…若手の自身への希望と上司の若手への期待

について質問し、若手と上司の意識の違いをみています。その結果を表にまとめると、このようになります。

                       成長した・若手 上司 しなかった・若手 上司 成長したい・若手 上司
業務に関する知識や技術            71.8 56.6 11.3 12.6 35.3 24.3
職場における協調性             35.3 33.0 12.0 11.7 19.4 16.2
与えられた仕事や目標をやりぬく力       26.2 33.0 6.8 9.4 17.2 20.1
期待されている役割を理解し、それを果たす力  26.2 39.2 12.3 10.7 26.5 29.4
ビジネスマナー             22.3 15.9 12.3 17.5 8.7 8.4
仕事とプライベートのバランスを取る力     20.1 7.1 19.4 14.9 13.3 9.4
困難を克服する力             13.9 16.5 16.2 18.4 23.0 40.5
仕事のおもしろさを感じる力          8.7 6.1 36.2 21.0 30.1 15.9
新しいアイデアや工夫を生み出す力       8.4 14.9 42.7 36.6 42.7 39.2
仕事に対するモチベーション(やる気)を保つ力 8.1 8.4 28.2 20.0 22.0 18.8
仕事がしやすい環境を作る力          7.1 7.1 17.8 21.7 11.7 12.6

まず目をひくのが、「業務に関する知識や技術」と「困難を克服する力」とが対照的な結果になっていることです。「業務に関する知識や技術」においては「成長した」との実感も、今後「成長したい・してほしい」との期待も、若手が上司を大きく上回っています。いっぽう、「困難を克服する力」については、「成長した」「成長したい・してほしい」とも、上司が若手を上回っており、特に期待においては大きな違いがあります。
ここからは私の推測になりますが、「仕事」や「人材育成」に対する意識の違いがうかがわれて興味深いものがあります。若手にとって仕事とは、まず「知識や技術」を獲得し、それを使って遂行するものなのでしょう。つまり、人材育成についても「マニュアルを会得する」といったOff-JTが意識されているのではないでしょうか。知識や技術が乏しいゆえに仕事の多くは困難だが、知識や技術を習得することで困難を困難でなくすことができるだろう、という意識があるのかももしれません。
これに対して上司のほうは、最初は困難だろうけれどまずは仕事に取り組もう、そうすればそれを通じて知識も技術も獲得できるのだから、そのための指導はしっかりやるよ、というOJTメインの考え方なのではないでしょうか。それには、まずは「与えられた仕事や目標をやりぬく」ことが大事になりますから、その「力」に対しても上司が若手より若干ですが重視しているという結果になるのではないでしょうか。こうした意識の違いが上司の若手に対する不満につながっている可能性はありそうです。
さらに心配なのは、こうした意識の違いが若手の意欲や満足度にも悪影響を与えている可能性があることです。たとえば「仕事のおもしろさを感じる力」に対しては、「成長できなかった」「今後成長したい」ともに若手が上司を大きく上回っています。これは普通に考えて若手が今の仕事の「面白さを感じられていない」ことの反映で、しかもそれは自分が「面白さを感じる力」に欠けていると考えているということだろうと思われます。まことに勤勉な考え方というべきでしょう。「仕事に対するモチベーション(やる気)を保つ力」についても同じ傾向がみられるのも、同様に考えていいのではないでしょうか。
こうした意識の違いは、「何によって成長したか」という設問への解答にも現れています。若手・上司とも、「あてはまる+ややあてはまる」の回答率が最も高いのは「身近な先輩や同僚とのやりとりやふれあいによって」で約8割、次が「上司からの励ましやサポートによって」で約7割と、ここまでは回答率もほぼ同じくらいなのですが、それに続くのが若手は「簡単な仕事であっても、一つ一つの成功を積み上げることで」の69.9%(上司は64.4%で4位)なのに対し、上司は「むずかしい仕事に挑戦することで」の64.7%となっているのです。これは若手では56.3%の5位にとどまっていますから、能力向上に対する「困難な仕事」の重要性に対する認識は若手と上司でかなり差がありそうです。もっとも、これは同じ仕事を若手は「簡単な仕事」と感じ、上司は「むずかしい仕事」と思っている、という認識の差なのかもしれませんが。
似たような傾向は、「若手の成長を妨げていると思うこと」を訊ねた設問の結果にも見られます。若手社員の自己評価では、同じく「あてはまる+ややあてはまる」の合計で「上司に相談しにくいこと」が33.7%で最多*1ですが、上司からの評価では「若手自身に「成長しよう」という意識が薄いこと」が38.5%で最多となっているのです。仕事に向き合ったときに、若手はまずは上司からマニュアルの伝授を求めたいと思っているのに対し、上司はそれを「困難を克服して成長しよう」という意識が物足りないと感じているということでしょうか。ただ、ここで目をひくのは、上司のほうは「適切な目標や業務が与えられていないこと」が26.9%で2番めに多くなっていることです。これは、上司は「むずかしい仕事に挑戦することで」若手が成長すると考えているのに、それに適した「適切な目標や業務が与えられていない」という実態がかなりみられるということでしょうから、そうした実態のある各職場では構造的な問題として認識すべきものだろうと思います。ちなみにこれは若手の方では4位ですが、数値は28.5%で上司のそれを上回っています。入社1〜3年めということは、ちょうど採用抑制基調の強まっていった時期にあたるわけで、それが「後輩が入ってこない→むずかしい仕事にステップアップしにくい」ということにつながっているのかもしれません。
ちなみに、JTBモチベーションのレポートではこの意識の差について、こう解説しています。

 「困難を克服する力をつけてほしい」と期待する上司の意識は、より現実的、短期的であると考えられます。今現実に目の前にある仕事上のトラブルや、それによる重圧を乗り越え、仕事を進めてほしい、という気持ちです。一方、若手社員は、着実に知識と技術を身に付け、自分のアイデアを活かし、おもしろさを感じながら仕事をしたい、という気持ちを持っています。これは、内から湧き上がる内発的なモチベーションを大切にした、やや長期的な視点に立った意識です。現実対処型の上司の願望と、自らのモチベーションを重視する若手社員の価値観のギャップが垣間見える分析結果といえます。

私は、こうした業務遂行上の都合の反映というよりは、「何によって成長したか」「成長を妨げていると思うこと」の結果にも出ているように、仕事や人材育成に対する意識の違いではないかと思います。まあ、JTBモチベーションのビジネスに引きつけて書けばこういうことになるのかもしれません。彼らはモチベーション研修を売らなければいけないわけですので。実際、OJTで能力開発するために必要な「適切な仕事の付与」ができていない状況下では、Off-JTでのモチベーション研修の必要性があるのかもしれませんし。
さて、1年目から3年目にかけての若手の意識の変化については、パネルデータではありませんが、「今後、さらに成長していきたいと思っている」「今の会社で働き続けたいと思っている」「今の仕事に喜びを感じている」「今の仕事が好きである」といったポジティブな回答について、1年目より2年目、3年目と低下する傾向がみられるとのことです。また、「1年前と比べて、期待したほど成長していない」と思う項目(3つまで選択)の入社年度別の結果をみても、さきほどの「仕事の面白さを感じる力」は1年目29.1%→2年目35.9%→3年目42.7%と上昇しています。
この結果について、JTBモチベーションズのレポートでは、

 成長欲求、モチベーション、仕事満足度が入社2,3年で、低下する傾向が見られ、目標達成による成長、研修受講機会、自己のふりかえり、ストレス発散などができなくなることや職場の人間関係への満足感が影響している可能性が検出されました。
 1年目社員への教育プログラムを実施している組織は多いと思いますが、その効果を2年目、3年目につなげるためにも、入社年度に応じたフォローアップ・プログラムが必須といえます。

と、モチベーション研修の売り込みに余念がありません。ただ、今回の結果は、そもそも新入社員はモチベーションが高いことに加えて、この3年間で急激に経済情勢が悪化したことを考えれば、むしろ当然の結果だと考えるべきではないかと思います。もちろん、こういう時期だからこそ2年目、3年目にも研修でモチベーションを支えることが大切だというのはもっともな考え方だと思いますが、常時必須かというとこの結果だけではそこまでは言えないだろうと思います。
さて、「仕事」や「人材育成」に対する若手と上司の意識のギャップは、どのように解消すればいいのでしょうか。
もちろん、若手が生き生きと働いて成長するために、業務マニュアルを整備して、若手が効率的に知識や技術を獲得できるようにすべきだ、という意見もあるだろうと思います。とはいえ、これは大卒ホワイトカラーの調査ですから、その仕事には若手といえども非定型な部分も一定程度含まれているでしょう。日々の状況の変化に応じて対応を変える必要がある仕事もあるでしょう。高度な仕事になればなるほど、マニュアル化できない部分、自らの判断で対処しなければならない部分は増えてきますし、その時に適切な対処ができる能力が求められるでしょう。まあ、入社1年目、2年目くらいまでの仕事であればマニュアルをしっかり作ることも大切でしょうが、しょせん「これさえ会得すれば100%大丈夫」というマニュアルを作れる仕事などほとんどありません。
したがって、上司としてもまず仕事や人材育成に関する考え方を教えることから指導をはじめる必要がありますが、大卒ホワイトカラーであれば大学においてそうした考え方を身に付けておくことも有意義でしょう。大学入試というミッションは、出題科目や出題範囲が決められており、出題傾向なども把握可能で、ミッションを達成するためにはどのような努力をすればいいかがかなり明確です。「知識や技術」を事前に獲得することで、困難を困難でなくすことが可能なミッションなわけです。しかし、ホワイトカラーの仕事はそれとは全く異なるものです。
現実には、大学生活の中で「むずかしい課題に取り組むことを通じて能力を高める」というビヘイビアを習得する機会はかなり多くあるのではないかと思います。優れた指導者のもとで演習に参加すれば、確実にそうした経験ができるでしょう。学外活動、たとえばクラブ活動や、あるいはアルバイトなどでもそうした機会が得られるかもしれません。そういう意味では、案外「就活」というのも成功確実なマニュアルのない世界なので、いい機会だという見方もあり得なくもなさそうです(もちろん、現状の就活に問題がないと申し上げているわけではありませんので為念)。そう考えれば、企業が採用の際に、演習をはじめとしたこうした活動を講義の成績より重視するというのも自然なことかもしれません。

*1:ちなみに上司の評価ではこれは20.5%にとどまっています。これはどこにもありがちなコミュニケーション・ギャップと申せましょう。