労働契約法制定へ

なんと、労働契約法制が今朝の日経新聞の1面トップで報じられていました。2ちゃんねる風に言えば、日経1面トップキタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!というところでしょうか(笑)。
まあ、そのくらい大きく扱われてもいい話だと思いますので、これで世間の関心が高まればいいのですが。

 厚生労働省は労使間で労働条件などを決める際の基本的なルールや手続きを定めた「労働契約法」(仮称)の制定をめざす方針を決めた。就業形態が多様化し、労働の最低条件を一律に定めた労働基準法などでは対応しきれなくなったためだ。労働組合との交渉などに代わる労使協議の場として常設の「労使委員会」を認めるほか、企業再編に伴う労働条件の変更ルールや、解雇トラブルを金銭で解決するなど紛争処理の新しい仕組みもつくる。2007年にも法案を国会へ提出する。
中途採用裁量労働制が拡大、パートや派遣労働者なども増え、働き方が多様化している。これに伴い労働契約の変更や解雇などをめぐる労使紛争が増えているが、労働契約の民事ルールがないため、裁判に解決を委ねているのが実情だ。時間とコストがかかり、労使双方の負担になっている。このため厚労省は採用から退職まで労働契約のルールを明確にする新法の制定が必要と判断した。
(平成17年9月8日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

さて、研究会報告案をさっそく読んでみましたが、なにしろ労働契約法制の必要性や理念にはじまり、採用内定から退職・解雇までの多岐にわたる事項を幅広く取り上げており、72ページにもわたる大部なので、とても簡単に要約できるものではありません(労働法ブロガーのgenesisさんあたりがやってくれないものか。そんなヒマはないだろうか)。というわけで、これだけではなんのことかわからないでしょうが、主要なポイントについての感想を書きとめておきます。


まず全体として、もともと私は、この研究会の中間とりまとめのときに「労働雑感」で書いたように、労働契約法制の導入には一定の積極的な評価をしています。中間取りまとめに対しては労働サイドだけではなく、経営サイドも否定論が強いようで、最終報告案についても同様だろうと思いますが、私は最終報告案もポジティブにとらえていいと感じています。
ただ、最重要ポイントの一つである労働時間制度の在り方については、中間取りまとめからほとんど具体化していないのには失望を禁じ得ませんでした。法理論的には個別論点の積み上げが重要なのでしょうが、実務家としては、「ホワイトカラー・エグゼンプションが広く認められるのであれば、他の部分で手間隙かかるようになっても譲歩できる」といった判断は働くわけですので。
また、日経新聞の解説にある

必要以上にルールを明確にすると、これまで労使の自主的な話し合いで解決してきた事柄でも、逆に民事訴訟を起こす“武器”になるなど紛争を助長しかねないとの指摘もある。

この指摘はまことにもっともなもので、こうした事態が多発しないよう注意すべきでしょう。
個別論点については、以下備忘録的に殴り書きしておきます。

  1. 総則規定:「雇用形態にかかわらず〜均等待遇」は企業としては絶対に耐え難いところでしょう。企業経営において、何を以って均等とするかは経営者が責任を負うべきもので、無責任な外部の介入は許容できません
  2. 労働者の範囲:請負、委任などの雇用類似関係についても、救済が必要なケースがあることには反対しませんが、労働契約法制の中で救済するというのはいかがなものか。まあ、どこまで類推適用(準用)するのかにもよりますが、たとえば解雇権濫用を請負にまで適用するというのは非常識でしょう。救済したいのなら別の法律でやるのが筋だと思います。要するに、請負の法律、委任の法律をつくればいいのです。
  3. 労使委員会制度:労働者代表制や労使委員会制度には、労働組合に期待するという立場からずっと否定的だったのですが、ドーア先生の「働くということ」を読んだあたりから、少し考えが変わってきました。残念ながら、労働組合の現状を考えると、何らかの代替手段が必要なことは否定し難く、反対はできないと考えるようになりました。労組は独立性の確保などに疑念を持っているようですが、何もないままに一方的にやられてしまうより、はるかにマシと考えるべきでしょう。任意設置のものであれば、労使で知恵を出してうまく使えばいいと思います。その企業では使えない、というなら作らなければいいだけの話ですので。
  4. 書面手続:今回、非常に多くの場面で書面手続きが求められ、要式行為が激増する内容で、中小・零細企業にはかなり厳しい要求なのかもしれません。とはいえ、中小・零細でも発注契約や融資などにあたっては書面でやるのが当たり前なので、労働契約も同じようにきちんとやるべきではないでしょうか。ただし、これは働く人の方も意識をきちんと持つ必要があるので、労使双方の課題ではあると思います。
  5. 就業規則の効力発生要件:行政官庁への届出を要件とすることには実務家としては反対せざるを得ません。行政官庁、行政官のレベルはまことにまちまちで、ごく一部かもしれませんが、内容が気に入らないから「届出を受け付けない」などという事態が起こることを心配せざるを得ない実態もあります。
  6. 雇用継続型契約変更制度:いわゆる変更解約告知にあたるもので、これはなかなか難しい論点ですが、実務的には就業規則の不利益変更で対処できるケースが多そうで、これが適用されるのはヘッドハントした幹部や高度専門職など例外的なケースになるのではないかと思います。現実には、労働条件切り下げを呑まなかった時点で解雇するのではないでしょうか。であればこの制度があってもそれほど弊害はなく、選択肢を増やすことに反対するまでもないと思います。
  7. 人事権濫用法理:規制強化ではありますが、すでにあるものをないと言ってみてもはじまらないわけで、法文化は致し方ないのではないでしょうか。むしろ、救済の内容がどうなるのかが大問題で、昇進(資格昇格にとどまらず、具体的なポスト長に配置する)を強要されるのだけは耐え難いものがあります。
  8. 出向:出向先が約束を守らなかった際に出向元も責任を負えというのは理不尽ではないでしょうか。出向先・元の契約(出向協定)が明確に、きちんと出来ているのならば、出向先にきちんと約束を守らせるのが法の役割のはずだと思います。
  9. 退職のクーリング・オフ:実務的には困ることも多々ありそうには思いますが、説得力ある反論も難しく、まあ仕方がないのかな、という感じです。むしろ、休職満了退職制度の方を死守したい。
  10. 解雇:4要件の法制化は明らかに行き過ぎでしょう。むしろ、勤務地限定や職種限定契約においては、当該勤務地や職種が 消滅する際には当然に退職する(解雇というより、定年退職に近い円満退職のイメージ)という契約も可能である、というくらいに踏み込んでほしかったように思います。
  11. 金銭解決:これも最近エッセイを書きましたが、事前に労使で基準をとりまとめるのは実務的には無理だと思います。平常時に整理解雇を念頭に解決金を協定するというのは机上の空論でしょう。また、一度決まったらその後の交渉の余地なく金銭解決するというしくみにしなければ、法制化する意味がないと思います。
  12. 有期雇用:これも、まあ仕方がないかな、という感じです。解雇規制を回避するために、更新しないとしながら更新を繰り返す、あるいは短期のインターバルをおいて同一人と再契約する、ということは絶対に許さないというのが社会正義だ、という判断なのであれば、使用者も労働者も、その実現のために一定の犠牲を払うのはやむを得ません。結局、3年か5年かしたら、お互いこのまま続けたいのに泣く泣く打ち切るという状況が続くということで、現行より悪くなるというわけではありません。


まあ、こんなところでしょうか。
さいごに日経新聞の記事についてひとこと。

 労使委員会は時間外労働や就業規則の変更などをめぐる常設の労使協議の場となり、労働者が半数以上になるように構成する。会社側はこうした問題で社員の過半数が加入する労組などと協議・調整することが労基法で義務付けられている。しかし最近は労組の組織率が低下しているうえ、代替手続きも煩雑なため新たな労使組織を法制化、交渉を機動的に進められる道を開くことにした。

「会社側はこうした問題で社員の過半数が加入する労組などと協議・調整することが労基法で義務付けられている。」と書いていますが、現行の労基法第90条では「使用者は、就業規則の作成又は変更について、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならない。」と「意見聴取」が義務付けられているだけで、「協議・調整」が義務付けられているわけではありません。また、報告書案の労使委員会の手続きのほうが現行の過半数代表者の選出に較べて煩雑です。
それから、

…企業再編に伴う労働条件の変更ルールや、解雇トラブルを金銭で解決するなど紛争処理の新しい仕組みもつくる。

これも、最終報告案をざっとみたかぎりでは「企業再編に伴う」労働条件の変更ルールを特に定めようとしているようにはみえませんでした。
まあ、日刊紙なので時間的にも制約はあるでしょうし、記者も労働問題の専門家というわけではないでしょうから、致し方のない面もあるのでしょうが・・・。