働きやすい会社、とは?

本日の日経産業新聞は、1面トップで独自調査による「働きやすい会社2005」総合ランキングを掲載しています。日経新聞の朝刊にも載りましたので、ごらんになった方も多いと思います。

 日本経済新聞社が実施した2005年「働きやすい会社」調査の企業別ランキングで、昨年二位だった松下電器産業が初めて一位になった。二位は日本IBM、三位は東芝。主要企業の人事・労務制度の充実度に、ビジネスマンが重視する「働きやすさ」の調査結果を加味してまとめたランキングで、上位には社員のやる気を引き出す制度や人材育成策を導入し、実際に社員がその制度を活用している企業が名を連ねた。
 「働きやすさ」をテーマにした調査は03年から実施し、今回が三回目。企業調査では人事評価、職場環境づくり、休暇制度などについて制度の有無や運用実績を聞き、有力企業249社の回答を得た。同時期に実施したビジネスマン調査では、企業のどんな制度や施策を重視するかを質問し、654人が回答した。調査は日経リサーチの協力を得た。
 企業調査をもとに、ビジネスマンが重視する度合いが高い制度や取り組みほど点数が高くなるようにしてランキングを算出した。社員は仕事のやりがいを重視する傾向が強く、こうしたニーズに応じて制度を整え、運用している企業が上位を占めた。
(平成17年9月5日付日経産業新聞から、以下同じ)

上位に選ばれた企業にはまことにご同慶ですが、それはそれとして、以前もこの調査については書いたことがありますが、どうにもインチキくさいと云わざるを得ません。


もちろん、松下電器はたいへん立派な企業であり、人事施策についてもわが国でもっとも先進的ですし、働く人の意欲や能力の高さもトップクラスであることは間違いないと思います。とはいえ、いっぽうで松下はここ数年でかなりの規模の希望退職をやっていますし、地方の事業所の労働条件をバサッと切り下げるようなこともしています。大げさにいえば「肩たたき」や「賃下げ」が行われている企業が、「日本一働きやすい会社」だというのはどうにも違和感があります。
記事を見てみると、集計方法そのもの、つまり「企業がどのような人事制度を持っているか、どの程度利用されているかを、ビジネスマンが重視する程度でウェイトづけして集計する」という方法自体は、それなりにもっともなように思われます。
ところが、調査・集計の対象となっている制度の範囲には、大いに問題があります。記事によれば、

 働きやすい職場環境に向けて、項目ごとに重視するかどうかをビジネスマンに聞いたところ、「非常に重視する」との回答は「年次有給休暇の取りやすさ」が59.5%で昨年調査に続きトップだった。二位は「実労働時間の適正さ」、三位は「リフレッシュ休暇制度の充実度」と続いた。
 過重労働を嫌い、仕事と家庭の両立に向けて、社員は制度の利用しやすさも重要視している。休暇に加え、「勤務地域を選べる地域選択制の有無」「人事考課の際の評価基準の公開の有無」「従業員の資格取得補助やキャリア開発支援の充実度」などを重視する傾向もわかった。

というのですが、よくみるとこの調査では、「雇用の安定」や、「賃金水準の適正さ」などをどのくらい重視するかを聞いていないのです(なぜか、「実労働時間」だけは聞いているのですが)。要するに、雇用や賃金というのはハナから「働きやすさとは関係ない」というきわめて非現実的な前提をおいているわけで、これが妥当かどうかはまことに疑わしいといわざるを得ません。
ただし、一応「賃金水準」を無視したことに対する理由づけはしてはあります。

 ビジネスマン調査では「仕事のやりがい」「適度な労働時間」「高い賃金」のうち、どれを重視するのかを聞いた。最も重視する項目としては、「仕事のやりがい」が54.7%と04年に続いて過半数を占めたが、04年の60.9%からは減少。逆に「適度な労働時間」が04年の19.2%から27.7%に急伸し、17.6%の「高い賃金」を上回った。

ということなのだそうです。賃金を重視するビジネスマンは少ないから調査項目から外したと言いたいのでしょうか。
しかし、この結果をもう少しみてみると、「次に優先する」は「仕事」22.5%、「時間」27.5%、「賃金」50.0%で、「3番目」がそれぞれ22.8%、44.8%、32.4%となっています。これを、「最も」を3点、「次に」を2点、「3番目」を1点としてポイント化すると、「仕事」が231.9、「時間」は182.9、「賃金」は185.2となり、「仕事」とそれ以外の差もそれほど大きくはなく、「時間」と「賃金」はほぼ同じという結果になります。とても、「賃金はたいしたことない」と言える結果ではありません。
それに加えて、仕事のやりがいが高いほど賃金も高く、労働時間も長いことは容易に想像できるわけで、この結果が調査において賃金水準は無視し、労働時間水準は重視することの理由にはならないと思います。

  • 「仕事のやりがい」の水準を制度面から把握するのは、賃金水準や労働時間水準に較べるとはるかに難しそうなので、能力開発や、若手抜擢や女性登用、社内FAなどの制度導入と活用実績でみるしかないのかな、という感じはします。ただ、本当は、制度よりは従業員数の伸びとかでみたほうがいいのではないかと思いますが(成長している組織ほど人材不足で、よりハイレベルな仕事につくチャンスが増える)。

また、「雇用の安定」に関しては、少なくとも記事からは無視した理由は読み取れませんでした。調査対象のほとんどが大企業なので、当然雇用の安定ははかられているだろう、ということなのでしょうか?回答企業のなかには、松下に限らず、かなりの規模の希望退職を実施した企業も相当数含まれているようですし、比較的雇用が不安定とされる外資系企業も多数入っていますから、雇用の安定を当然視するわけにはいかないと思うのですが・・・。まさか、雇用の安定と働きやすさとは無関係だという前提なのでしょうか?まあ、働きやすさというものをそう定義するのだ、というのなら仕方ありませんが、それではあまり意味のある調査とはいえないでしょう。
まあ、これはこれでいろいろ興味深い結果もありますから、まったく無意味ということはもちろんありませんが、しかしここまで大々的に報じるにはちょっと問題のある調査ではないかと思います。見たところ、企業調査はかなり手間のかかりそうなものでしたので、つきあわされる広報部員はお気の毒という感じです。