おまえが言うかおまえが!

天下の悪書「働くということ」の好調な売れ行きに気を良くしたか?日経は二匹目のドジョウ狙いで?「働くということ2005」という連載特集を掲載しています。今回は1面にメインの記事、5面に特集連動コラムという手のこみようですが、内容はかなりマトモになってきています。今日の特集連動コラムには、まずはその内容のマトモさ加減に驚愕させられました(笑)。

 日本の「人づくり」が揺らいでいる。厚生労働省の調査では、日本企業の労働費用に占める教育訓練費の割合は、直近のピークである1988年の0.38%から2002年には0.28%に低下した。
 ノーベル賞経済学者のシカゴ大のゲーリー・ベッカー教授はその「人的資本理論」の中で、人間を機械設備などと同じ資本とみなし、そこに投資をすることによって生産能力を高めうると主張。個人の生産能力を所与のものととらえてきた経済学に大きな影響を与えた。
 日本企業の終身雇用や年功序列はそうした人的資本を重視したシステムといえたが、企業のリストラと雇用の流動化が進む中で最近は様変わり。慶応大商学部清家篤教授(労働経済学)は「産業が高度化し、より高い仕事能力が必要になる時代。このままでは長期的に日本経済の活力が衰える可能性が高い」と警鐘を鳴らす。
 「即戦力の人材を」と叫ぶ企業。だが日本では「労働者が自らに投資する制度が十分に整備されているとはいえない」(清家教授)。人的投資は個人や社会の責任と割り切るか、それとも会社と人の「一所懸命」の関係を取り戻すのか。それぞれの是非を真剣に考える必要がある。
(平成17年5月3日付日本経済新聞朝刊)

そして愕然としました。稲葉先生ではないけれど、これこそまさに「おまえが言うかおまえが!」の極致ではないかと(笑)。かつて(といってもそれほど以前ではない)、能力開発は自己責任だの、雇用の流動化だのと大声で旗を振っていた新聞があったと思いますが、まさか同じ新聞じゃないでしょうねぇ(笑)。「「即戦力の人材を」と叫ぶ企業。」と体言止めで気持ちよくお書きになっておられる(笑)ようですが、大方の企業は今も以前も人材育成を大事に考えて取り組んでおりまっせ。「即戦力の人材を」と叫びまくっていたのは、どこぞの新聞社じゃありませんかねぇ。まさか同じ新聞じゃないと思いますが(笑)。それを読んで、経営不振に苦しむ経営者ばかりでなく、あろうことかいたいけな学生さんたちまでキリキリ舞いさせられたわけですが、いやしくも「社会の木鐸」を自任するのであれば、まずはそちらをしっかり批判してほしいものですが(笑)。
 ところで。
 この記事で、「このままでは長期的に日本経済の活力が衰える可能性が高い」と「警鐘を鳴ら」したと書かれている清家篤先生は、某新聞が「即戦力の人材を」と叫びまくっていた2001年9月23日付のその某新聞朝刊で、その某新聞社が出版したピーター・キャペリ「雇用の未来」というインチキな訳題の本(インチキなのは訳題であって、内容はたいへん立派です。為念)について「アメリカでも大企業のホワイトカラーについて、かつては終身雇用を一般としていた。しかしアメリカ経済がどん底になった1980年代になると、ホワイトカラーの雇用にも手をつけざるをえなくなった。いわゆる日本的雇用制度をとっていると評判だったエクセレントカンパニーでさえ次々とホワイトカラーの削減に踏み切ったのである。その結果何が起きたかを本書は明快に描いている。」「リストラの結果、職場のモラールや企業への帰属意識は確実に低下した。これは当然予測される結果であるが、興味深いのはそれにもかかわらず生産性や個人の能力は確実に向上している、という結果である。」「とくにリストラを進めようと考えている経営者には熟読吟味して欲しい著作である。」と書いておられました。まあ、これは日経新聞(あ、書いてしまった)が自分に都合のいいところだけを適当につまみぐいしたのだろうと思うのですが…。