働き方Next(3)

日経新聞の標記連載、今日は1月4日付の分から取り上げていきます。ここからは少し飛ばしていきたいと思います。記事も割と薄味ですし。
さてこの日のお題は「ミドル「こぶ」返上――会社で尖るか、外で試すか。」となっておりました。

…「自分の能力の整理が狙いだったが、やはり転職しよう」。情報サービス大手で部長も経験した河合洋(50)は1月末に会社を辞め、第二の人生に踏み出す。
 河合の例は特殊ではない。人材大手インテリジェンスによると2014年1〜6月の転職成功者は40歳超が1割と6年前の4倍の割合になった。
 大手企業の人員構成で「こぶ」に当たるミドル世代。特に1990年前後のバブル入社組は「お荷物世代」ともいわれる。内閣府によると管理職に就く人はこの20年で4割近く減った。ただでさえ多い世代の座る椅子が消えていく。ならばいっそ。そんなくすぶるミドルを中小企業が狙う。
 西武信用金庫(東京・中野)の鷺宮支店長、野中利浩(47)は4年前にあるメガバンクを辞めた。「銀行時代に『雑金』と呼んでいた信金に勤めるとは思わなかったが、今が一番楽しい」
 当初の年収は銀行時代の半分以下。昨夏に支店長になった野中が鷺宮支店の成績を全66店舗中、64位から20位にあげると年収は元の水準に戻った。西武信金支店長の最高年収は4千万円。メガバンクなら役員級だ。転職者はこの2〜3年で約30人。理事長の落合寛司(64)は「活躍したい人は大歓迎」と話す。
平成27年1月4日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

ほらそれなりの処遇をすればメガバンクから信金に転職するんですよ。まあこの野中氏の場合は賃金はまだメガバンク時代の水準に戻ったところということのようですが、仕事の権限とかまで含めたトータルの処遇ではメガバンクより魅力的だったのでしょう。記事のこの書き方を信頼するならすでに年収4,000万円の支店長も実在するようですから、ここ2〜3年で30人の転職者というのもうなずける話です。信金が成長分野なのかどうか知りませんが、成長分野に労働移動させたいのであれば成長分野で魅力的な処遇を提示すればいいだけの話であり、成長分野であることはそれ自体魅力的なのですから賃金水準などは比較的高くなくても魅力的になりうるはずです。それができる産業が成長産業だということになるでしょう。

 企業が大量採用したバブル入社組。ポストを用意しきれず人件費も高い。本来は若者や女性に経営資源を配分したい。人事担当者からはそんな本音がちらつく。ただ下手に動けば優秀なミドルや若手の遠心力に働く。
…取材班が20〜50代の働き手に聞くと、75%が「管理職になりたくない」と答えた。日本で働く部課長は146万人。本来は経営陣と現場をつなぐ扇の要だ。会社を束ねる力が弱まれば、企業の競争力も揺らぐ。
…ミドルに明確な役割を与え、部下を率いるマネジメント力を鍛え直す。若手が見るのもミドル。「自分たちがどんな働き方を選ぶかが会社の未来を決める」…自覚と決意が芽生えれば「ミドル」は再び輝きを放つ。
 東大大学院教授の柳川範之(51)は「70歳近くまで働くなら『人生二毛作』を考えるべきだ」と指摘する。40代は折り返し地点。選択権はミドルにある。会社に残って尖るか、外で試すか。その緊張感が個人と会社を強くする。

「下手に動けば優秀なミドルや若手の遠心力に働く」のはそのとおり。他人事ながら人事担当のみなさまのご苦労はさぞかしと思います。続く「取材班が20〜50代の働き手に聞くと、75%が「管理職になりたくない」と答えた」というのはにわかには信じがたいところですが、たぶん調査人数もそう多くはないでしょうし(おそらく2日付記事にある新橋駅頭ほろよいの50人と推測)、まあ回答するほうが聞き手の期待を慮って調子を合わせた部分もあるのでは(邪推)。少なくとも「なれそうだ、なる可能性がある」と思っている人に聞かなければ意味はないと思います。
そのあとは、まあミドルとカギ括弧付きの「ミドル」の定義次第というところではあるのですが、「ミドルに明確な役割を与え、部下を率いるマネジメント力を鍛え直す」というのは、マネージャーにならない人まで「マネジメント力を鍛え直す」というのが一見ムダなようにも思えますが、しかし誰でも必要に応じて一定のマネジメントができるようにしておくというのが案外効率的な場面もあるのかもしれません。
「若手が見るのもミドル」も重ねてそのとおり。いっぽうで「ポストを用意しきれ」ないのも事実であり、そのときに「ポストを用意しきれ」なかったミドルが妙に輝いたり尖ったりしようと勝手に頑張りだしたら組織としてはかえって困るんじゃないかなあ。ポストはなくても職責を確実にこなす人材のほうが大切であり、そこの生産性が企業業績にも効いてくるはずです。
そう考えるとむしろ大切なのは、こうした人を見た若手が「この先運悪く自分にも「ポストが用意しきれ」ないということが起きるかもしれないけれど、それでもああいう感じなら悪くはないな」と思ってもらえるようにしていくことではないでしょうか。だとすれば「人件費も高い」と単純に言っていいのかどうかは十分考える必要があるでしょうし、輝くだの尖るだの言葉遊びをしていても何の意味もないように思います。

働き方Next(4)

続けて1月5日付の記事に行きたいと思います。この日もあれこれ書かれていますが、ワークス研究所の大久保幸夫所長のインタビュー記事を除くと薄味です。まずメインのお題は「イクボスのススメ――育児社員が効率高める。」

…日本の共働きは1065万世帯。1980年の1・7倍に増え、専業主婦世帯より300万世帯も多い。能力を生かせない無念、世帯所得の低迷……。「出産を理由に辞めたくない」という女性の思いは切実だ。企業も人材難への危機感から真剣に向き合い始めた。
…子育て期にあたる30歳代に働く女性の割合は6割強。この割合が20歳代並みの8割弱に上がれば120万人の働き手が増える。それには男性がもっと育児に参加することと、子育て中の社員を理解し、活躍を後押しできる上司「イクボス」が増えることが不可欠だ。
… 楽天執行役員の黒坂三重(47)は「育児を経験した社員は自己管理能力が増し、仕事の効率が上がる」と言い切る。制約社員を生かす働き方の革新こそが、成長の原動力になる。
平成27年1月5日付日本経済新聞朝刊から)

すみません面白い事例もあったのですが飛ばしました。書かれていることにも概ね同感です。制約社員を上手にマネジメントできる「イクボス」(まあ育児に限りませんが)は今後ますます重要でしょうし、「育児を経験した社員は自己管理能力が増し、仕事の効率が上がる」というのも同感できるところです。ジェネリックスキルの向上は会社の仕事を通じてばかりではなく、育児などを通じても実現するということでしょう(だから大学などでもPBLなどに熱心に取り組んでいるわけで)。これをさらに考えると育児というのも日本語的なニュアンスでは生活なのか仕事なのか必ずしもはっきりしない部分もあるわけで。
なお三井物産ロジスティクス・パートナーズの事例で柔軟な働き方を導入したところ「14年3月期は社長就任前(引用者注:2012年)に比べて8割の最終増益を達成した」というわけですが、同社はJ-REITの運用会社なんですからそりゃ日銀でしょう。まあ柔軟な働き方の貢献もないとは言いませんが、それで8割増益したかのように書くのは詭弁と申し上げざるを得ません。
さてこの日は他にも「介護離職クライシス――仕事と両立、知恵寄せ合う」という記事があってこんな事例が出てきます。

 松江市の長岡塗装店に勤める事務職の景山玲子さん(47)は夫が24時間介護の必要な難病を患う。入院と1カ月おきの在宅介護の期間は早退が多く、仕事は副担当にカバーしてもらっている。
 同社は副担当を常に置き、社員が職場を離れるのに備えている。「誰が休んでも業務に支障はない」と古志野純子常務。社員は26人。1人でも欠けると痛手だが、この20年、女性の離職はない。
平成27年1月5日付日本経済新聞朝刊から)

すでになにを申し上げたいかはご推測と思いますが、「副担当を常に置き、社員が職場を離れるのに備えている。「誰が休んでも業務に支障はない」」。まさに日本型の多能工であり「いつでも・どこでも・なんでも」という正社員の働き方ですね。
さてなんといってもこの日注目すべきなのは大久保幸夫氏のこのインタビュー記事です。

 長時間労働の問題の一つに長時間労働をいとわない人と嫌う人が同じ職場にいることがある。日本企業は仕事の効率を評価せず、年齢が高い人ほど長時間働くことで一人前に成長すると考える傾向が強い。そのため、トップが労働時間の削減に取り組んでも中間管理職から反発が出る。
 逆に長時間労働は成長の足かせになる。年を重ねると社内で身につくスキルが減り、成長が鈍くなる。会社に長くいては新しい知識や技術を社外から吸収できない。日本のミドルはここが弱い。
 労働力人口が減るなかで労働密度を濃くし、労働時間を減らさないと、多様な人材を集められない。女性や外国人は残業を嫌う。最近は自分の生活を重視する若い男性も増えた。朝型勤務を導入した伊藤忠商事のように社内の価値観を変えるには変化を与えることが必要だ。業界の事情にしてはいけない。海外では同じ業種で実践している。
 女性が管理職として活躍するには男性以上に声を掛けてリーダーの自覚を促すべきだ。女性のキャリアパススペシャリストとして専門性を高めることが多い。複数部門を経験してゼネラリストを目指す男性のように自覚を植え付けることが大事だ。
平成27年1月5日付日本経済新聞朝刊から)

最後の方から書きますが女性にゼネラリスト・管理職を目指すべく動機づけすべきというのはポジティブ・アクションの一環として重要だろうと思います。男性に対しては管理職ポストが限られているから専門職へという誘導が行われているのが実態であってその逆になるわけですが、それがポジティブ・アクションというものでしょう。
多様な労働力を確保するために労働時間の短い働き方が必要だというのも概ね同感するところです。伊藤忠さんについては、中の人に聞いた話でも「お客様と夕食してからまた会社に戻って働くのが当たり前」という価値観はドラスティックに変わった(まあ聞いた話なのでその人とその周囲だけかもしれませんが)らしく、好事例なのだろうと思います。ただまあ私は労働市場というのはすぐれてローカルなものだと思いますので、「海外でやっている」ということにはあまり強い説得力は感じませんが(もちろん説得力がないというつもりはないし物によるとも思います)。
「年を重ねると社内で身につくスキルが減り、成長が鈍くなる。会社に長くいては新しい知識や技術を社外から吸収できない」というのも、たしかにそういう一面もあるだろうと思いますが、しかし「新しい知識や技術を社外から吸収」が本当に必要なら企業はその人事管理で実施するだろうとも思いますし、現実に行われていることでもあると思います。なにしろ霞が関のお役所からも「民間のやり方を学んでこい」と企業に出向者が来る時代なのですから、民間がやってないわけがないわけで。
ということでこれは基本的には個人の意識の問題ととらえるべきで、企業としては社外で新しい知識や技術を吸収したいと考えている人がそれを可能とできるよう、コミュニケーションの中で業務量に配慮することでその時間を確保しやすくする、といったことが求められるのだろうと思います。社外で学んだものが本当に企業に貢献すれは企業は当然それを高く評価するでしょうし、社外で学ぼうという意欲に一定の評価を与える企業もあるかもしれません。ただ基本的には役に立つ前から高く評価せよというのは無理なご注文だろうと思います。
さて「長時間労働の問題の一つに長時間労働をいとわない人と嫌う人が同じ職場にいることがある」というのは、正直記者の作文の問題があるような気もしますが、多様性を大事に考えている私としては長時間労働を嫌う人ばかりの職場にすべきという意見には長時間労働をいとわない人ばかりの職場にすべきというのと同じくらいの違和感を感じます。いやワークス研究所さんやリクルート本体が長時間労働を嫌う人ばかりの職場になっているというのならその限りにおいては恐れ入る準備はありますが。
「年齢が高い人ほど長時間働くことで一人前に成長すると考える傾向が強い」というのもこれだけ読むと意味がとりにくいのですが、おそらく言わんとされているのは「日々・毎日長時間働くことで」ということなのだろうと推測します。それなら、まあ言われてみればそうかなあという感じもしなくはありません。いっぽうで、こと能力向上といった面においては生産性より出来高のほうが重要な場面も多々あるように思われますので、そのバランス感覚は必要なように思います。まあ企業の方針として一定のバランスを求めることはありうると思いますが、政策的に特定のバランスに誘導することには十分に慎重であるべきと思います。

働き方Next(5)

もう1日続けて1月6日付の記事に行きたいと思います。この日のお題は「脱「ガラパゴスワーク」――摩擦越え、異質取り込む。」です。

…英国人スタッフは残業する日本人を横目に定時の午後6時に退社。人事考課には「なぜ私はB評価なのか」と明確な説明を求めてくる。…
 日本の職場に流れる「あうん」の呼吸は通じない。…
 人口減で海外に活路を求める日本企業。価値観や文化の違う外国人の同僚と働く機会が増える。そこでは、残業を前提とした業務や曖昧な職務の範囲、不透明な人事考課といった、日本的な働き方は通じない。
 職場のグローバル化は、日本の働き方の異質さを自覚することが第一歩。だが独自の「ガラパゴスワーク」で満ちた日本企業の開国は道半ばだ。
平成27年1月6日付日本経済新聞朝刊から)

まあ確かに日本のメンバーシップ型雇用はかなり独自なものですが、しかし資本や財に較べて国際移動が少ない労働については、その市場や慣行といったものもローカル色が強いものになっています。要するに各国とも相当に異質なのであって、別に日本だけがガラパゴスだというわけではありません。アメリカの雇用慣行をヨーロッパにそのまま持ち込むのはまあ無理としたものでしょうし、ノルウェーのやり方はイギリスでは通じないでしょう。つかドイツとギリシャ(ry
ということで日本では日本型でやるしかないわけですし、海外に出て行ったら基本的にその国のローカルな市場、慣行に適応するしかないわけです。いまさら「「あうん」の呼吸は通じない」とか言われてもねえ。
そこで記事にもあるように「求められるのは内外の働き方の融合」という考え方が出てくるわけで、企業内の話であれば、仕事の方法、進め方をよりよく改善するうえで海外も含めた他社をベンチマークするのは当然でしょう。そういう意味では、記事が「日本流の常識を疑い、異なる「職文化」を取り込む。摩擦を越えた先に世界で戦える働き方が見えてくる。」と結論づけているのも納得するとこというか、要するに多様性を活力とするValuing Diversityのことですね。そう考えれば、やり方を変えるのにはただでさえフリクションがともなうところ、他社他国のやり方を取り入れるのはさらに抵抗があるでしょうが、虚心に受容していく心構えが大切だという平凡な結論になりそうです。