労働政策を考える(32)求職者支援制度スタート

『賃金事情』誌に寄稿したエッセイを転載します。

 この10月1日から、緊急人材育成支援事業(基金訓練)に代わる新制度として、求職者支援制度がスタートしました。2008年、サブプライム問題などで経済が停滞する中、雇用保険を受給できない失業者が多数発生して社会問題となり、同年11月に訓練期間中の生活保障給付制度が創設されました。以来、これはいわゆる「第二セーフティネット」として、姿を変え形を変えて拡大してきましたが、その間にこの制度を恒久化すべきとの議論が高まりました。そのため、労働政策審議会職業安定分科会雇用保険部会での議論を経てこの5月に職業訓練の実施等による特定求職者の就職の支援に関する法律が成立、この10月から新制度のスタートとなったものです。
 制度の概要をおさらいしておきますと、本制度は雇用保険を受給できない失業者(雇用保険に加入できなかった人、雇用保険を受給中に再就職できないまま支給終了した人、雇用保険の加入期間が足りずに雇用保険を受けられない人、自営業を廃業した人、学卒未就職者など)に無料の職業訓練(求職者支援訓練・公共職業訓練)を実施し、本人収入、世帯収入及び資産要件等、一定の支給要件を満たす場合は、職業訓練の受講を容易にするための給付金を支給するとともに、ハローワークにおいて強力な就職支援を実施することにより、安定した「就職」を実現するための制度とされています。 ここで「求職者支援訓練」とは厚生労働省の認定を受けた民間訓練機関が実施する職業訓練で、「基礎コース」と「実践コース」に分かれています。
 「職業訓練の受講を容易にするための給付金」については、支援が真に必要であり、かつ職業訓練による能力形成を通じて真剣に就職を目指そうとする人に給付を限定するため、かなり厳しい受給要件があります。具体的には、本人収入が月8万円以下、世帯収入が月25万円または年300万円以下、世帯の金融資産が300万円以下、現住所以外に土地・建物を所有していない、全ての訓練実施日に出席する、などの要件を満たす必要があります。金額は職業訓練受講手当が月10万円に加え、訓練受講に必要な交通費として通所手当(原則実費・上限あり)の支給があります。
 ここは前身の緊急人材育成支援事業(基金訓練)と異なる部分があり、たとえば本人収入要件は基金訓練では年200万円でしたのでかなり厳しくなっています。世帯収入要件も、親と同居の学卒未就職者だと対象とならない例が多いと思われます。また金融資産の上限も800万円から300万円と大幅に引き下げられており、こちらは若い人はともかく、ある程度の年配者は病気や冠婚葬祭などへの最低限の備えとして300円程度の貯蓄は持っていることが多いのではないかと思われます。
 出席要件も、基金訓練では出席率80%とされていましたが、求職者支援制度は皆勤が必要です(やむを得ない理由があれば80%以上でも受給できますが、理由はかなり限定されています)。さらに求職者支援制度は訓練終了3か月後まで月1回ハローワークでの職業指導が必要とされているなど、真に支援が必要で、訓練を通じて真剣に就職を目指す人に限ろうとの意図が明らかです。なお給付額は基金訓練は扶養家族ありで月12万円、なしで10万円でしたが、交通費が出るようになっていますので人により損得がありそうです。
 また、給付金だけでは生活費が不足する場合には、求職者支援資金融資を利用することができます。同居または生計を一つにする別居の配偶者、子、父母がいる場合は月10万円、それ以外の人は月5万円の融資を労働金庫から受けられるというものです。基金訓練では有扶養で月8万円、それ以外は月5万円となっていましたので金額はやや増えたようにも見えますが、基金訓練では訓練終了後6か月以内に就職した場合には50%の返済を免除する制度がありましたので、やはり厳しくなっているといえそうです。
 次に訓練機関への助成ですが、求職者支援制度でも基金訓練と同様に認定職業訓練を提供する民間訓練機関への奨励金が支給されますが、これもかなり厳しく見直されています。基金訓練では、奨励金は1日以上出席した在籍者1人についてコースにより月6万円または10万円が支払われ、さらに新規にコースを設定した場合には、初期費用の助成のための新規訓練設定奨励金、具体的には期間・受講者数に応じた奨励金(最大期間9か月以上・受講者20人以上で300万円)と施設・設備の設置・整備に要した費用などの5分の4(上限あり)を支給する奨励金とが設定されており、訓練機関にはかなり手厚い給付となっている感がありました。これに対し、求職者支援制度では80%以上出席した在籍者1人について月6万円に加え、就職実績に応じて上限2万円が付加されるとされており、明らかに厳しくなっています。なお基金訓練の新規設定奨励金は先行して今年3月に廃止されており、求職者支援制度には設定がありません。
 さらに、認定職業訓練の不認定基準についても、基準値の引き上げや「退出を求める基準」の設置など、基金訓練に較べて厳しい内容となっています。基金訓練においては訓練が十分に就職に結びついていないとの批判もありましたので、認定職業訓練に対しても「訓練を通じて就職に結びつく」ことをより強く求めているということのようです。
 さて、求職者支援制度の検討にあたっては、財源が大きな課題となりました。この制度の対象となるのは雇用保険を受給できないか、受給を終わった人なので、本来であれば一般財源で全額を手当てすることが正論であり、労働政策審議会の部会においても公労使でそうした議論がありましたが、とにかく国の財政事情が厳しい、財源確保が困難とのことで、厚生労働相財務相、国家戦略担当相の三者雇用保険の附帯事業として原則2分の1を国庫が負担することで合意が成立しました。これに対しては、制度の趣旨に反するとのほか、公労使の議論を経ていないという手続きの問題も指摘されましたが、結局は施行後3年後には雇用保険から切り離すべく検討を続けることなどを条件として、3大臣合意の内容で決着しました。
 こうした経緯を考えると、求職者支援制度の内容が基金訓練に較べてかなり厳しくなっている背景には、財政面での制約があるのではないかと考えられなくもないように思われます。実際、認定職業訓練を実施する訓練機関への奨励金に関しては、常識的には良質な訓練にはそれなりに費用が必要であるとの考え方もあり、奨励金の減額などはかえって就職実績を悪化させるのではないかとの懸念も聞かれます(逆に基金訓練は手厚すぎたとの意見もあります)。
 いずれにしても新制度はまだ始まったばかりであり、今後どの程度の利用があり、効果が上がるか、注目していく必要がありそうです。もちろん、セーフティネットですからたくさん使われることがいいとは必ずしもいえず、また経済情勢などによってもその働きは異なってくると思われます。よりよい制度とするべく、管理のサイクル(PDCAサイクル)を回していくことが求められるでしょう。