佐藤博樹・連合総研編『バランスのとれた働き方』

全部書いてから、とか思っているといつになるかわからないので、とりあえず最初の三章を。

第1章/千葉登志雄「必要な人にセーフティネットを」

ここでは、どういう人が雇用不安を感じているのか、雇用不安に対するセーフティネットはどのようなものが考えられ、それが現状どれだけ確保されているのか、といったことが論じられています。結論のコアは「40代など特に雇用不安のあるグループの自己啓発が重要であり、そのために労働時間短縮などの環境整備が必要」というもののようです。
いかにも自己啓発に偏りすぎの感があるのですが、これは「厳しい経営状況にある企業に能力向上やキャリア開発への支援を求めても無理な相談」といった現実的な判断から消去法的に導き出された結果であり、著者自身も「40代の悩みを解決する処方箋を提示することは、筆者の力量を大きく超える」と率直に認めています。
ただ、それに続く「40代に関わる気になるデータを一つ紹介しよう。この1年間自己啓発を行ったかという設問に対し、「今のところ自己啓発の必要はない」と答えた者の割合は、男性で30代が14.6%であるのに対し、40代は25.5%にのぼる」「本当に自らが学ぶべきことはないのか、今一度自問自答してみる価値はある」との見解は、まことにもっともなものではありますが、ややOJTの役割を軽視しすぎな感はあります。OJTは未熟練の若年労働者ばかりではなく、より高度な業務においても重要です。企業内で責任ある立場を占め、あるいは専門的で高度な業務をまかされている40代(もちろん全員がそうだというわけではなく、一部ではあるでしょうが)にとっては、業務の遂行そのものがチャレンジの連続であり、得がたい訓練の場でもあります。こうした状況では自己啓発に時間を割くよりは業務に集中したほうがより能力が高まることも多いはずで、であれば「今のところ自己啓発の必要はない」と回答する人が一定割合存在することは自然ですし、30代から40代にかけて増加することは仕事や能力の高度化を示すものとして歓迎できるという考え方もあるでしょう。

第2章/川島千裕「「過労死予備軍」と「賃金不払い残業」」

この章は長時間労働不払い残業にあてられています。長時間労働については「そもそも仕事が多すぎる」ことがその最大の原因であり、企業が業務量や人員の調整を適正に実施することを求めています。不払い残業についても、第一は実労働時間の短縮で、第二に労働時間管理の適正化が必要だが、その効果は限定的としています。
「過労死予備軍」の長時間労働を減らす・なくすという意味ではそういうことだろうと思うのですが、労働時間が減れば収入も減るということがまったく考慮されていないのには不満が残ります。労働時間が長いほど生活の満足度が低いという結果が紹介されていますが、それでは労働時間が短縮して賃金が減少したら満足度は上がるのか?というと人それぞれではないでしょうか。
不払い残業についても、たとえば残業時間の上限が決められているのは不適切な労働時間管理であると短絡しているところなどはやや不満も残ります。ホワイトカラーの仕事の中には、仕事の出来上がり品質を必ずしも厳格に指示できない仕事も多く、いっぽうで時間をかければかけるほど品質が上がる、という状況においては、「残業○○時間の範囲でできるだけのことをやってください」という指示も十分ありうるからです。違和感があるかもしれませんが、たとえば「今日の5時までしか時間がないから、それまでにわかる範囲で調べてくれればいいよ」といった指示と似たようなものではないかと思います。
なお、この章の「メッセージ」として、こう述べられています。

 私が会社の社長になったとしたら、労働時間について2つのことを実行したいと思います。

  • 新入社員には、入社後1年間は毎日定時で働いてもらい、残業をさせない。
  • 新入社員には、入社後1年間は年休を完全取得させる。

「新入社員には、入社後1年間は年休を完全取得させる」というのは、言いたいことは非常によくわかるのですが、現実には労働基準法が定める「入社後6ヶ月間勤務し全労働日の8割以上出勤したら10日」の年次有給休暇を付与している企業も多いでしょうし、仮に入社してすぐ年休付与される企業だったとしても、では1年めに完全取得すれば2年めは取得しなくてもいいのか、と言われかねません。なにごとも最初が肝心、というのもわかりますが、やはり1年めだけではなく、2年め以降もふくめて全体的に考えていく必要があるように思います。

第3章/佐藤香「働く女性の二極化」

この章では勤労者短観の調査結果をもとに働く女性の就労・家事の実態や意識などを分析しています。女性の就労の世帯所得(不)平等化への効果を検証した部分など非常に興味深いのですが、全体としてみると「女性は大変だ」との訴求が強く、章題にもかかわらずいまひとつ「二極化」が論じられている印象は薄いように思います。
さて、この章では女性の賃金年収の推移を正社員とパート・アルバイトについて検証しているのですが、その中で正社員の年収について以下のような記述があります。

 正社員では2002年の317万円から2006年の360万円まで上昇しているが、これは2002年には35.5歳であった平均年齢が2006年には37.0歳まで上昇していることから、その影響と考えられる。正社員として働き続ける女性が増えていることと、正社員では年功賃金が適用されていることが、ここからわかるだろう。

そ、そうなりますか?この時期、物価上昇もベアもごく小さかったので単純な議論でいいと思うのですが、317万円から360万円というと13%以上の大幅な伸びです。それが、平均年齢の1.5歳の伸びだけで説明できるのでしょうか?人事屋の常識である「定昇2%」で計算すれば、平均年齢1.5歳では年収には3%ちょっとしか効かない、ということになります。もっとも、2%はあくまで平均変化率で、30代後半は賃金カーブがけっこう立っているでしょうから効き目はもっと大きいとは思いますが、それにしても1.5歳で13%も上がるような賃金カーブはちょっと考えられません。
これは単なる直観で、検証したわけではないので私が間違っているのかもしれませんが、やはりこれだけ収入が上がったのは、同じ正社員でも内容が変わっている、すなわち補助・定型業務中心のいわゆる「一般職」の比率が低下し、より高度な業務に従事する「総合職」の比率が増えた、さらにはそれにともない労働時間が増えた(この効果はばかにならないと思うのですが)ことの影響は無視できないのではないでしょうか。で、これは補助・定型業務が「一般職」の正社員からパート・アルバイト・契約社員派遣社員に移行したということでもあり、それはある意味で「二極化」といえるのかもしれないわけで。

続きはまたいずれ…いつになるやら…