誰のための労働政策か

今朝の読売新聞に、日本版デュアルシステムの就職率が上がっているという記事が載っていました。出所が役所なのかどうか、若干役所の宣伝っぽいところもあり、特に紙幅を多く割いている事例紹介はおそらく例外的な好事例でしょうから、話半分くらいで読む必要もありそうですが、それにしても人手不足を背景に、当初の予想からすると意外に健闘していると認めざるを得ません。いやこれは恐れ入りました。

 厚生労働省によると、日本版デュアルシステムの受講生は、初年度の04年度は2万2905人だったのに対し、05年度は2万6517人、06年度は2万7669人と着実に増えている。
 研修の受け入れ企業に就職した割合を示す「就職率」は、04年度の68.8%から、06年度には75.2%に上昇した。企業が業績回復に伴ってコンピューターシステムの整備に投資する余力が生まれ、「IT関連企業の求人が増えている」(厚労省)ことも一因だ。
 ただ、就職率は、正社員と派遣社員の別など、雇用形態の違いは反映されていない。このため、実際に正社員として採用された割合は低いという見方もある。
(平成19年11月5日付読売新聞朝刊から)

記事の前段で紹介されている好事例でも「もちろん、全員が採用されるわけではない。同社は24人の受講生を研修で受け入れたが、正社員として採用したのは半数の12人だ。」ということですから、たしかにそのとおりなのでしょう。とはいえ、「フリーター」時代に較べれば、フルタイムで、半年なり1年なりの期間は保証された雇用になれば大きな進歩でしょうし、半数でも3割でも正社員として採用されるのであれば収穫だと考えていいのだと思います。
それはそれとして、このコメントはいかがなものかと。

 玉川大学坂野慎二・准教授(教育学)は日本版デュアルシステムの効果について、「フリーターなどに就職する機会を提供する点で、一定の評価はできる」としながらも、「社会で通用する実践的な能力が身についているかは疑問が残る」という。
 そのため、「今のような受け入れ企業のニーズに応じた研修プログラムではなく、研修を受ける業界全体に共通するプログラムを組んだ方が、他の会社に採用される可能性も広がる」と、なお改善すべき点があると指摘している。

いやはや。どうも、教育学者という輩には「企業のニーズに応じた能力」=「企業への従属」=「けしからん」という単細胞な発想に凝り固まった石頭が多いようで(すみません、いいがかりです)。そりゃたしかに、「研修を受ける業界全体に共通する」能力はありますし、それを身に付けるプログラムもあったほうがいいかもしれません。しかし、別に業界全体に共通するプログラムを組んでみたところで、個別企業のニーズがなくなるわけではないんですよ。で、共通能力しか身に付けてない人を採用すると、個別企業ニーズ能力は企業で教えなければなりません。それ自体が手間ですし、もしその人がそれがどうしても修得できなかったらどうするのでしょうか。そうしたことを考えると当然企業は採用に二の足をふみやすくなります。「他の会社に採用される可能性が広がる」なんて能天気な話にはならないんですよ。
教育学者の偏狭な主義主張を実現するためならいざしらず、「フリーターを就職させる」という政策目的を迅速に実現するためであれば、「業界全体に共通するプログラム」などという迂遠な方法ではなく、現実に採用される可能性のある企業で、その「企業のニーズに応じたプログラム」を修得したほうがはるかに近道であるに決まっています。
そもそも、能力は「研修プログラム」のみで向上するわけではなく、むしろ実際の仕事を通じて、OJTで形成され、蓄積されていく部分のほうがはるかに多いというのが現実でしょう。そうして伸ばされた能力のなかには、かなりの割合で「業界全体に共通する」ものが含まれることも期待できるわけで、結局のところはある程度時間をかけて能力を高めていくことで他社への移動の可能性も増えてくるということなのではないかと思います。
現実を無視して理念ばかりを振り回す教育学者では、政策決定の場面でプレゼンスを発揮しえないのも致し方ないのではないでしょうか。以前のエントリでも書きましたが、教育関係の懇談会やらなんやらが教育学者ではなく専門外の有識者を多数起用せざるを得ないのもそこに一因があるのでは。もちろん、それでいいとも思えませんので、日の丸がヘチマとか侵略戦争が滑った転んだとかに血道を上げているような教育学者(藤岡信勝みたいなのも含めて)ではない、現実的で建設的な議論のできる優れた教育学者が増えてほしいものです。まあ、この記事のコメントからここまで話を広げるのは、これはさすがに話を大きくしすぎかもしれませんが。