最賃引き上げで生産性向上?

きのうの日経新聞「経済教室」に、日本総合研究所マクロ経済研究センター所長の山田久氏が「最低賃金見直しの視点 生産性底上げの突破口に」という論考を寄せています。
この人、どうにも『大失業』の印象が悪すぎる(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20051231)ので、どうしても批判的に読んでしまうのですが、この論考もいささか不可解な感を禁じ得ません。
ごく大雑把にまとめると、前段では、日本経済には大企業と中小企業、正社員と非正社員の「二つの二重構造」があると述べています。中段では、近年の経済のグローバル化により、景気が回復しても従来のように全体が底上げされず、中小企業や非正社員は改善されにくくなっていると指摘しています。そして後段で、中小企業や非正社員の生産性を向上させるための起爆剤として、最低賃金を中期的・計画的に引き上げるべきと主張しています。
実際の論考は、この議論を「格差問題」や「ワーキングプア」、「現代の貧困」といった当代流行のキーワードに無理やり結びつけよう(しかも「本質」「根本」といったレベルで)という努力が執拗に行われていて非常に読みにくいものになっていますが、そこさえ取り除いてしまえば、とりあえず中段部分までは、まあそんな考え方もあるかな、という内容だと思います。

  • 余談ですが、『大失業』もそうですが、流行のテーマでハッタリをかましまくって後は知らん顔、というのもこの業界の処世術として必要なのでしょうか。まあこれは余談ですが。

問題は後段で、こんなことが書かれています。

最低賃金の引き上げを、低生産性部門の革新・再生を促して経済全体の生産性底上げを実現するための突破口と位置づけるべきである。中期的に最低賃金が引き上げられていくことになれば、低生産性部門は賃金引き上げの原資を捻出するために、事業分野を高生産性部門にシフトする必要が出てくる。
 それにともなって、労働力を低生産性部門から高生産性部門にシフトさせることが求められる。…
…あるべき水準を設定したうえで、地域ごとにペースに緩急を付けた中期的な最低賃金引き上げスケジュールを提示することが望ましい。同時に行き届いた安全網を整備しつつ生産性底上げを強力に支援する包括的改革パッケージを策定することが望まれる。
(平成19年7月23日付日本経済新聞朝刊「経済教室」から)

むむむむむ。これは直観的には社会主義の計画経済を思い出させます。常識的には、生産性の向上が業績の拡大と労働条件の改善とに結びついていく(そのプロセスは一様ではないですが)わけですが、山田氏はそれをすっかり転倒させてしまえとおっしゃる。で、それを「政策パッケージ」でやれと。
まあ、最低賃金が段階的に引き上げられますよということになれば、経営者はこりゃえらいこっちゃということで設備投資をしたり、原価低減に取り組んだりしてそれを吸収しようとするかもしれません(自動化投資に向かうと雇用が減る可能性がありますが、それはここではおきます)。そこに政策的支援があるのも結構でありましょう。これは、放置した場合に業績が悪化することが「脅し」となり、それを防ぐことがインセンティブになっているということでしょう。
しかし、常識的に考えて、なにもしなくても賃金は上がるとわかっている労働者には、わざわざ苦労して効率化に協力したり、「高生産性部門への移動」をしたりするインセンティブはないわけですから、そうそう絵に描いたように生産性が上がるとはとても思えません。こういうやり方がうまくいかないことは、ソ連など社会主義国の失敗をみれば明らかだと思うのですが、そうでもないのでしょうか。
もちろん、経営者と同様に、労働者についても生産性が上がらなければ(最低)賃金も上がらないという「脅し」を与えれば、労働者も効率化に努力するかもしれません。しかし、それでは「最賃引き上げ→格差是正」という俗受けするストーリーが成り立たなくなってしまうのがつらいところでしょう。ということは、しょせんうまくいかない、ということでありましょう。