連合

 今日の読売新聞に、連合幹部のインタビュー記事が掲載されていました。記者が面白おかしく書いたり、理解不十分なまま書いたりしているせいもあるのだろうと思いますが、少しコメントしてみたいと思います。

 非正社員など、非正規労働者に格差問題が起きている背景には、正社員が置かれている厳しい労働環境がある。そこに手を着けず、非正規の側だけを対象に手当てしようとしても問題は解決しない。
 今の正社員は、入社すると、会社からろくに能力育成の機会を与えられないまま、いきなりノルマや成果給で追い立てられ、超長時間労働を強いられる。ちょっと前なら、先輩からノウハウやスキルを教えてもらい、5年後10年後の自分の姿を描きながら働けたから、ある程度の残業も我慢できた。だが、今の世の中、企業が永続する保証はない。「それじゃあ割に合わない」と、非正社員に転じるケースが多い。
 労働時間別に労働者の増減を見ると、週35時間未満と60時間以上が増え、その間が減っている。正社員は長時間労働しかなく、それができない人には短期の仕事しかないという二極化が進んでいる。この両極を正す必要がある。(平成19年2月23日付読売新聞朝刊から)

「今の正社員は、入社すると、会社からろくに能力育成の機会を与えられないまま、いきなりノルマや成果給で追い立てられ、超長時間労働を強いられる。」ってねぇ・・・まあ、そういう会社もあるでしょうし、増えているのかもしれませんが、それにしても大半の企業ではそれなりに新入社員に仕事を教えたり、面倒をみたりしていると思うのですが・・・で、「ちょっと前なら、先輩からノウハウやスキルを教えてもらい、5年後10年後の自分の姿を描きながら働けたから、ある程度の残業も我慢できた。だが、今の世の中、企業が永続する保証はない。「それじゃあ割に合わない」と、非正社員に転じるケースが多い。」ということですが、要するにこれは「仕事を教えてももらえない、しかも企業もいつまでもつかわからない、それなのにこんなに残業するのは『割に合わない』」ということで退職したけれど、さりとてマシな再就職先もなく、結局非正社員にならざるを得ない、ということでしょうか。だとすれば、(とりあえず「二極化」が進んでいるという怪しい仮定をおくとして)その解決策は「両極の是正」ではなく「両極の間を埋める」ということでありましょう。残業はそれほどしなくてよい、そこそこに育成もされて労働条件もそれなり、雇用もほどほどに安定している(まあ、連合の論法だといつ倒産するかわからないのでこれはあまり意味はないということになるのかもしれませんが)、という仕事を増やしていくことが大切なのではないでしょうか。

 そのためにはまず、低過ぎる労働分配率を引き上げて、労働側の取り分を大きくしなければならない。その上で、正社員の残業を減らし、その分、雇用を増やすことだ。仕事をみんなで分かち合うワークシェアリングの発想が必要だ。
 格差の問題を、正規と非正規の労働者間の利害対立ととらえる見方はおかしい。生産性を上げている人たちやがんばった人たちには、見返りが公正に配分されなければならないが、それは分配率を引き上げた後の話だ。

まあ、労働運動、しかもナショナルセンターの立場なので、まずは「取り分を増やして、増えた分をどう割り振るか」という理屈を唱えるのは当然なのでしょう。とはいえ、現実にはそうそう潤沢に「取り分を増やす」ことは難しいでしょうから、結局は多くの部分が労働側内部での分配の問題になるでしょう。「分配率を引き上げた後の話」だといって労働者間の利害調整から逃げ回るのではナショナルセンターとしていささかお粗末ではないか、と言ったら理不尽でしょうか?本当に労働者間の利害調整を不要にしようと思ったら(これはすべてのたぐいの労働者を満足させるということに近いでしょう)、ことによると労働分配率を100%にしてもまだ足りないかも知れません…。
ワークシェアリングの発想が必要だというのももっともなのですが、多様就労型ワークシェアリングを拡大していくためにはやはり一定の柔軟性の向上が必要なわけで、連合には労働法制の規制緩和や労働条件のあり方についてより柔軟な対応をお願いしたいものです。

 今の経営者は労働者を単にコストとしてしか見なくなった。資本主義である以上、競争は昔からあったが、今は短期で業績を示すことが求められるから、先発ピッチャーを休ませたり、二軍を育成する余裕がない。先発が倒れたら金銭トレードでどっかから持ってくればいいという考え方だ。

これは記者のせいでしょうが、いまひとつ言わんとしていることがわからないのですが、要するに企業が人材育成をしなくなった、と言いたいのでしょうか?まあ、たしかに短期の業績を求められる風潮はあるようなので、そのせいで従来ほどには育成が行われにくくなったという面もあるかもしれません(組織拡大が見込みにくくなったとか、製品のライフサイクルが速くなったとか、ほかにももっと理由はあるように思いますが)。ただ「先発が倒れたら金銭トレードでどっかから持ってくればいい」という考え方になっているかというと、そうとも言えないのではないでしょうか。プロスポーツの世界と違って、わが国のビジネスではまだまだそうはカネで引き抜くというのは一般的ではありません(というか、プロスポーツだってそうそう金銭トレードが成立しているわけではありませんし)。先発メンバーのような高度な位置づけの人材は、まだまだ素質のある新卒者を採用して内部育成するのが主流でしょう。もちろん、打撃投手やブルペン捕手のような仕事であれば必要に応じて外部労働市場から確保することになるでしょうが、それは今も昔も同じことではないでしょうか(育成のために若手に一時期経験させるということはあるとしても)。

 企業の側に望みたいのは、例えば電機業界なら家電系や情報系といった分野ごとに、その仕事をする上で最低限身につけていなければならない知識や技術の基準を定め、それを職業訓練にすることだ。必要な技能の基準を作れば、雇用の確保につながる。

これまた、なにやら妙な日本語で意味がとりにくいのですが、技能の基準が雇用の確保につながるというのは理解不能です。例えば家電系の仕事の最低限の基準を満たす人が仮に10万人いるとしましょう。ところが、家電系の仕事は中国に移転してしまって、国内では5万人しか雇用機会がないとすると、残り5万人の雇用は確保できません。まあ、職業訓練をするということですから、やらないよりは雇用の確保に多少はつながるでしょうが…そもそも「最低限身につけていなければならない知識や技術の基準」なるものを作れるのかどうか、さらにそれを技術革新などに応じて適切にメンテナンスすることができるのかどうかといったことからして疑わしいわけで、英国のNVQなどがここをどう解決しているのか知りたいところです。少なくともわが国においては、それほどの手間をかけてどれだけの効果があるかというとどうも心配なのですが。

 国には、最低賃金の引き上げも求めたい。
 今の最低賃金は、それだけで生活することを想定していない。例えば、かつては主婦のパートタイマーには所得のある夫がいたり、年金があった。農家の出稼ぎも、基本的には農業で食えていた。だから、最低賃金生活保護で得られる収入を下回るなどの矛盾が放置されていた。ところが今は、そこからの収入だけで生計を立てざるを得ない人がどんどん増えている。つまり、本当に生活をするための賃金になっている。

このブログでもたびたび書いてきましたが、労組が生計費確保を政策的に要求することは理解できるにしても、それを賃金でやるのか、福祉でやるのかの議論は十分にする必要があるでしょう。

 企業中心社会で、一人の男性が家族を支えるというモデルは、もう良い意味でも悪い意味でも成り立たなくなった。共働きや女性が家計を支える家庭が当たり前になっている。仕事と生活のバランスを両立させるためには、例えば、6時間勤務の正社員など、働き方の選択肢を増やしていける柔軟な仕組みが必要だ。

これはそのとおりで、労組がこれまで「標準世帯」とか「夫婦子ども二人の生計費」とかいった前提で運動してきたのを見直すということなのであれば、これは前向きに評価したいと思います。夫婦がともに1日6時間勤務で残業はなし、年収250万円という安定した雇用についていれば、世帯の年収は500万円で、育児休業などをうまく利用して子育てすることは十分可能でしょう。そうした考え方を取り入れていく必要があると思います。

 07年には、団塊の世代が大量退職を始める。就職市場が相当な売り手市場になれば、働き手が働き方を選べるように企業が変わる可能性がある。その意味で、大きなチャンスだと期待している。

これもそのとおりで、労働力は減少する、いっぽうで景気は拡大して人手不足になる。これは労働条件改善の絶好のチャンスです。労組はぜひこのチャンスをつかむべきでしょう。