成長力底上げ戦略

きのう、政府の「成長力底上げ戦略」が明らかになったそうです。

 政府の格差対策の基礎となる「成長力底上げ戦略」の基本構想が14日、明らかになった。
 フリーターの就職活動を助けるため、公的機関が職業訓練の受講歴などを記載した証明書を発行する「ジョブ・カード」制度の創設のほか、授産施設で働く障害者などを対象とした「工賃倍増5か年計画」などの具体策を盛り込んでいる。
 16日の経済財政諮問会議に報告し、6月に決定する「経済財政運営と構造改革に関する基本方針(骨太の方針)」に盛り込んだうえで、2008年度から本格的に実施する方針だ。
 基本構想は、2月初めに発足した「成長力底上げ戦略構想チーム」(主査・塩崎官房長官)がまとめた。政府として具体的な低所得者層の所得向上策を示すのが狙いだ。
 構想はまず、「基本的な姿勢」として、「単に『結果平等』を目指す格差是正とは異なる」とし、低所得者層への公的扶助ではなく、自立支援策であることを強調している。
 そのうえで、(1)年長フリーターなどの職業能力を向上させる「人材能力戦略」(2)障害者や生活保護世帯などの就労を支援して自立を助ける「就労支援戦略」(3)中小企業の生産性を高めて賃金に反映させる「中小企業底上げ戦略」――の三つの柱を打ち出している。
 中小企業対策では、生産性向上と最低賃金の引き上げを一体的に進めるため、労使と行政でつくる「円卓会議」を国と都道府県の双方に設置するとしている。
(平成19年2月15日付読売新聞朝刊から)

国会などでは政府はかなりの気合で底上げ戦略とか上げ潮路線とか言っているわけですが、それにしては具体的施策が「ジョブ・カード」とか障害者の工賃倍増とか、妙に小ぢんまりしてるなあという印象です。まあ、格差問題といいつつ実質的には貧困対策ということでしょうから、こんなものなのかもしれません。
官邸のサイトにはすでに13日(とサイトには記載されています)の会合(有識者ヒヤリングらしい)に提出された「成長率底上げ戦略」(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/seichou/hearing/siryou1.pdf)と「「成長力底上げ戦略」の主な論点」(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/seichou/dai2/siryou1.pdf)という資料がアップされています。前者にはまず基本姿勢が記述されていて、

 努力した人と汗を流した人が、報われる社会にしていくことを目指す。ただし、格差が「固定化」することがあってはならない。
  ※ 単に『結果平等』を目指すような格差是正政策は、経済の活力を損ない、経済成長を阻害するおそれがある。

(目標) 成長を下支えする基盤(人材能力、就労機会、中小企業等)の向上を図り、働く人全体の所得や生活水準を引き上げつつ、格差の固定化を防ぐ。
(実現方法) 『機会(チャンス)の最大化』=意欲のある人や企業等に対して、自らの向上に向けての「機会(チャンス)」を最大限拡大する。

ということで、格差を容認したうえで、かなり徹底した機会均等路線になっています。私も基本的には結果平等ではなく機会均等という考え方ではあるのですが、いっぽうでいかに機会均等、公正な競争の結果であれ、あまりに大きな格差はそれ自体問題なのではないかとも思っています。しかし、そういう視点はとりあえずここでは出てこないようです。
続いて、戦略の柱として「三本の矢」が上げられていますが、ここでも「機会」という語が太字で強調されているのが印象に残ります。

(1)人材能力戦略
『能力を高めようとしても、能力形成の機会に恵まれない人』への支援
・特に、職業能力向上を求めているフリーター、母子家庭、子育て期の女性等
(2)就労支援戦略
『経済的に苦しく公的扶助を受けている人で、経済的自立(就労)を目指していながら、その機会に恵まれない人』への支援
・特に、就労を目指している生活保護世帯、母子家庭、障害者など
(3)中小企業戦略
『生産性向上を図るとともに、賃金の底上げをしようとしているが、その機会に恵まれない中小企業等』への支援

具体策についてはあまり記載がないのですが、人材能力戦略については基本的に能力形成機会の付与ということで、「主な論点」をみると「能力形成プログラム」を官民共同で付与していく、ということのようです。私はかねてから具体的な職場を念頭におかない企業外での公的な職業訓練は不効率であり、まずは就職したうえでOJTを中心に具体的な職場ニーズに沿った能力開発を行うのが効率的であるとの考え方を持っていますので、はたして「先に訓練すれば、よい就職先がみつかるだろう」という施策の効果がどれほど期待できるかという疑問はありますが、現状、雇用情勢が拡大基調にある中では、それなりの効果を見込んでもいいのかもしれません。
就労支援戦略については、「福祉から雇用へ」と明記されており、「公的扶助(福祉)と就労促進プログラムの連携」がうたわれています。やはり「福祉から雇用へ」を念頭に制定された「障害者自立支援法」は、案の定一部で大不評を買っていますが、政府としてはいわゆるワークフェアに梶を切っていくという方向性に変わりはないようです。
三つめの中小企業戦略というのが実はよくわかりません。生産性向上と賃金の底上げの機会に恵まれない、というのはいったいなんのこっちゃ、という感じですが、まあ生産性向上のための設備投資に必要な資金が調達できない=機会がない、ということで、これは結局のところ中小企業向けの新たな補助金バラマキとなるのかな、という印象なのですが、「主な論点」をみると、なぜか「賃金の底上げの観点から、最低賃金制度についてどう考えるか」との一文があり、さらに「特に、中小企業の生産性向上と最低賃金との連携について、どう考えるか」と記述されています。うーん、なるほど、最賃引き上げが中小企業に与える打撃をこれで緩和しようと、そういうわけですか。割賃引き上げも中小は除外する意向だそうですし、やはり選挙を考えると中小企業保護はやらざるを得ないということでしょうか。
さて、13日の会合は有識者ヒヤリングということで、各有識者御提出の資料も同時にアップされていて、これがまたいずれも興味深い。稲上毅先生の資料は、いかにも稲上先生らしいという感じがするものですが、ここでは中小企業対策として後継者育成支援などの具体策も提示されています。また、岩田規久男先生の「生産性向上のなくして、賃金上昇なし」、とりわけ「成長なくして、正社員は増えない」という指摘はまことに核心を突いた最重要のポイントといえましょう。小杉先生の資料も予測どおりのもので、島田先生の資料はよくわからないのですが、とりあえず「底上げの対象と確定−−緊急調査の必要」はもっともだと思いますし、「働き方の多様化、自由な選択」も大切だと思います。「成果の的確な評価」というのは、おいおいいつまでそんなこと言ってんだよ、という印象ですが、まあ「的確」は「正確」とかとは違うので、案外くふうのある表現かもしれません。少なくとも、均等待遇とかいったことを持ち出してないのは買えるところです。