ホワイトカラー・エグゼンプションで労働時間は短縮されるか

ホワイトカラー・エグゼンプション(WE)FAQシリーズです。

安倍首相はホワイトカラー・エグゼンプションが労働時間短縮につながると発言したそうですが、本当にそうなるのでしょうか?

安倍首相はWEについて「日本人は少し働き過ぎじゃないかという感じを持っている方も多いのではないか」と述べ、労働時間短縮につながるとの見方を示したそうです(平成19年1月5日付朝日新聞朝刊)。たしかに、WEが適用されると労働時間の自由度が増しますので、人によっては労働時間短縮につながる可能性はあります。ただし、全般的な傾向としてはWEは労働時間についてニュートラルか、延びる方向にはたらくことが多いものと思われます。安倍首相の発言は、ミスリーディングというか、誤りに近いものでしょう。
先日のエントリで書いたように、今回のWEの対象になるのは、仕事を任されて、昇進昇格をめざすホワイトカラー幹部候補生です。彼ら・彼女らは来月の賃金より、次回の人事考課のほうにはるかに関心があります。高い評価を得るためには、組織の期待どおりの仕事ではダメで、期待以上の仕事をしなければなりません。また、彼女ら・彼らは自分の仕事への関心も高く、能力を伸ばしたいとの気持ちも強いでしょう(これは高い評価にもつながります)。
いっぽうで、企業にはおのずと経営上許容される人件費の限度がありますから、当然ながら残業時間も上限を決めて管理しなければなりません。したがって、幹部候補生の彼ら・彼女らが仕事の出来をできるだけ上げようと思っても、残業時間の上限に達したらそこで終わり、ということになります。あるいは、たとえばエンジニアが何億円もする最先端の実験設備を使って働いている場合など、それを利用して自分の関心のある実験をして技術力を高めたいと思っても、やはり残業の上限が来たら打ち切らざるを得ない、ということになります。
逆に、彼女ら・彼らが残業時間の上限に達しても、組織の期待どおりの仕事ができていなかった場合はどうかというと、残業時間の上限を超過して低い評価に甘んじることになります。
したがって、WEが適用されれば、彼ら・彼女らは残業の上限から解放されて、極端な表現をすれば「自分が働きたいだけ働ける」ということになります。もちろん、評価をギブアップすれば最低限の仕事だけこなしてさっさと帰っても賃金は減らない、最低でも年収900万円は確保されるということにもなりますが、どちらの人数が多いかといえば、やはり前者のほうがかなり多いでしょう。したがって、WEは全体としては労働時間が延びる方向に働くと思われます。
また、残業の上限がある中でより出来のよい仕事をしようと思うと、大げさにいえば息つく間もないくらいに働くことが必要になることもあるでしょうが、WEが適用されれば、時間の制約を気にせずマイペースで働くことができるようにもなるでしょう。これまた、労働時間は延びる方向になります。
もちろん、いかに「働きたいだけ働ける」とは言っても、健康を害するような長時間労働になるのはまずいですし、判例法理で使用者には安全配慮義務もあります(これは労働契約法で明文化される見込みです)から、そこは歯止めをかける必要があります。現実の人事管理では、評価を行う場合には在社時間などもそれなりに考慮され、いかに期待を上回る仕事をなしとげたとしても、それに費やした時間があまりに多ければ、やはり高い評価は得られないでしょうし、常識的に考えて、経営幹部を人選するときに、健康面が心配になるような長時間労働を継続している人の抜擢は後回しにされるでしょうが、それでもなお常軌を逸した長時間労働に励むワーカホリックな人もいるかもしれません。これに対する歯止めのためのしくみも今回のWEには組み込まれていますので、次に書きます。

長時間働いても残業代が支払われないと、どんどん仕事を増やされ、際限なく働かされることになるのではないでしょうか?

連合の古賀事務局長はWEについて「制度は、長時間労働を助長し、過労死を促進する役割しか果たさないだろう。」と述べたそうです(平成19年1月15日付毎日新聞朝刊)。「しか」というのは間違いですが、それはそれとして、上に書いたようにWEはたしかに労働時間が延びる方向に働きますので、長時間労働を助長する可能性もあります。使用者の命令によるものはもちろん、本人の意欲や関心にもとづくものであっても、過度の長時間労働、恒常的な長時間労働がよくないことは当然で、なんらかの抑止策が必要でしょう。今回のWEには長時間労働を抑止するしくみも織り込まれています。
現状すでに、WEに限らず、労働安全衛生法に「週40時間を超える労働が1月当たり100時間を超え、かつ、疲労の蓄積が認められるときは、労働者の申出を受けて、医師による面接指導を行わなければならない」という規制があります。加えて、週40時間を超える労働が1月当たり80時間を超えた場合で疲労の蓄積が認められ、又は健康上の不安を有している労働者が申出た場合や、その他事業場で定めた基準を上回った場合に医師の面接指導等を実施する努力義務があります。
さらに、WEにおいては、4週4日以上、かつ週休2日相当、つまり年間104日の休日の確保が罰則付きで求められています。さらに、健康・福祉確保措置として、労使委員会で「週当たり40時間を超える在社時間等がおおむね月80時間程度を超えた対象労働者から申出があった場合には、医師による面接指導を行うこと」を必ず決議し、実施することとするとされています。もちろん、それに加えて、各企業労使が実情に即した抑止策を講じていくことが望まれることは言うまでもなく、今回のWEでは労使委員会がその役割を果たすものとされています。
また、長時間労働が心配であればそもそも本人同意をしないということも可能です。今後、政省令などで定める細部の検討事項になるでしょうが、いったん本人同意しても撤回して通常の労働時間管理に戻ることができるようにしておく必要があるでしょう。また、その際に、就労の実態に応じて、WE手当と残業代の差額に相当する金額(厳密に計算することはできませんので、金額または計算方法を事前に決めておく必要がありそうです)が支払われるような仕組みも必要になると思われます。