最賃部会報告

今日のエントリでは、昨年末の12月27日に発表された最低賃金部会の報告を取り上げたいと思います。
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/12/dl/s1227-12a.pdf
最初に検討の経緯がざっと紹介されており、続いて本論です。まずは「見直しの趣旨」です。

 最低賃金制度については、今後とも賃金の低廉な労働者の労働条件の下支えとして十全に機能するようにすることが必要である。現在の最低賃金法においては、地域別、産業別など多元的な最低賃金の設定が可能な体系の下で、運用上すべての都道府県において、地域別最低賃金が整備されているが、就業形態の多様化、低賃金の労働者層の増大等の中で、地域別最低賃金がすべての労働者の賃金の最低限を保障する安全網として十全に機能するようにする必要がある。
 一方、安全網としての役割は地域別最低賃金が果たすことを前提に、産業別最低賃金等については、関係労使のイニシアティブにより設定するという観点から、その在り方を見直す必要がある。

現状、都道府県別の地域別最賃とその毎年の改定は完全に定着したと言っていいと思いますが、もともと最賃法には各都道府県ごとに地域別最賃を定めるということは書いてありません。早期に最低賃金を普及させ、全国をカバーすることができるように複数の方式が設定されており、その運用を通じて現状があるわけです。そこで、まずは全都道府県に地域別最賃ができているという現状に最賃法を合わせた上で、「十全に機能」させるための見直し、あるいは産業別最賃の在り方を見直す、ということでしょう。
そこで、地域別最賃をどうするか、については、こうなっています。

(1)必要的設定
・国内の各地域ごとに、すべての労働者に適用される地域別最低賃金を決定しなければならないものとする。
(2)決定基準の見直し
・決定基準については、「地域における労働者の生計費及び賃金並びに通常の事業の賃金支払能力」に改めるものとする。
・「地域における労働者の生計費」については、生活保護との整合性も考慮する必要があることを明確にする。
(3)減額措置の導入
・現在適用除外対象者について運用により講じられている減額措置を、法律に基づくものに改めるものとする。
(4)罰則の強化等
・地域別最低賃金の実効性確保の観点から、地域別最低賃金違反に係る罰金額の上限を労働基準法第24条違反よりも高いものとする。
・監督機関に対する申告及び申告に伴う不利益取扱いの禁止に係る規定を創設するとともに、申告に伴う不利益取扱いの禁止に係る罰則を整備するものとする。
・その他の最低賃金法違反(周知義務違反(第19条)、報告の懈怠等(第35条)、臨検拒否等(第38条第1項))の罰金額の上限を引き上げるものとする。

(1)と(3)が現状の追認の部分で、(2)の前段はそれに決定基準の表現を合わせたということのようです。生計費、賃金の実態、支払能力の3つを基準にするという点で現行法と考え方の変更はないようです。
残りの部分が「十全に機能する」に該当するということになるでしょうが、なんといっても注目されるのは(2)の後段でしょう。先般の格差騒ぎの中で、最賃が生活保護よりも低いのはおかしいという感情論が多々みられましたが、それに応えるものということになるのでしょうか。これに関しては、報告の最初の議論の経過を記述した部分でも、「使用者側からは、労働の対価である地域別最低賃金の決定に際して、国が社会保障として行う生活保護との整合性を考慮することは疑問であるといった主張がなされる一方、労働者側からは、地域別最低賃金生活保護を下回らない水準とすべきであることは当然であるといった主張がなされた」と、労使間で意見の不一致があったことが記されています。報告書はこれを踏まえ、最賃の決定基準の三つの要素の一つである生計費について、生活保護との整合性を考慮する、という書きぶりになっています。最賃法と生活保護法はその理念も趣旨も異なりますが、ともに生計費考慮をうたっていますから、相互に参考としようという理屈はわからないではありません。「整合性を考慮」というのは、両制度の理念・趣旨の相違も踏まえて考慮するということでしょうし、最賃の決定基準の一要素でとしての生計費が生活保護を必ず上回ることを求めるものでもないでしょう。言うまでもなく、最低賃金生活保護を必ず上回らなければならないという意味でもなかろうと思われます。
あまりに生活保護との関係を強くしすぎると、たとえば議会が生活保護の水準を大幅に上げた場合に、連動して最低賃金も大幅に上昇し、職務や能力、成果と賃金との均衡が崩れてしまうという危険性があります(自治体にしてみれば企業の財源でバラマキができるのですから目先では最高の施策かもしれません。中長期的には雇用も税収も失うことになりますが、発電所や製鉄所のように簡単に逃げ出せない大規模設備のある企業は相当の苦境に立たされそうです)。適切な距離感を持った運用が望まれるところです。
次は産別最賃です。

(1)産業別最低賃金
・労働者又は使用者の全部又は一部を代表する者は、一定の事業又は職業について、厚生労働省令で定めるところにより、厚生労働大臣又は都道府県労働局長に対し、最低賃金の決定を申し出ることができる。
厚生労働大臣又は都道府県労働局長は、上述の申出があった場合において必要があると認めるときは、最低賃金審議会の意見を聴いて、一定の事業又は職業について、最低賃金の決定をすることができる。
・一定の事業又は職業について決定された最低賃金については、最低賃金法の罰則の適用はないものとする。(民事効)
・産業別最低賃金の運用については、これまでの中央最低賃金審議会の答申及び全員協議会報告を踏襲するものとする。
なお、使用者側の一部から、産業別最低賃金の廃止に向けての議論は継続すべきであるとの意見があった。
(2)労働協約拡張方式
労働協約拡張方式(最低賃金法第11条)は廃止するものとする。

これについては検討の経緯の部分で「使用者側から、すべての労働者を対象とする地域別最低賃金に屋上屋を架すものとして廃止すべきであるといった主張がなされる一方、労働者側からは、公正な賃金決定の確保、労使交渉の補完という観点から継承・発展を図るべきであるといった主張がなされ」たとの記述があり、やはり労使の意見の対立があったようですが、公益委員からは「労働市場や賃金制度の変化も踏まえ、産業別最低賃金を廃止し、基幹的な職種について賃金の下限を定める民事的なルール(職種別設定賃金)を最低賃金法とは別の法律において措置する」という提案もなされました。私は、地域別最賃が全国をカバーし、毎年見直される仕組みが出来上がっていることや、現行の産別最賃のカバー率の低さを考えれば、産業別最賃も職種別設定賃金も必要性は低く、産別最賃の存続は役所と労組の仕事を温存する以上の意味はないという印象を持っていますが、まあ罰則の適用がなくなったのは廃止に向けた一里塚と受け止めておきましょう。カバー率が低いということはすなわち実務への影響は比較的少ないということですし(笑)。同じく労働協約拡張方式ももはや不要であり、廃止は妥当といえましょう。
なお、「その他」として以下があげられています。

3 その他
派遣労働者に係る最低賃金は、派遣先の最低賃金を適用するものとする。
最低賃金の表示単位を時間額に一本化し、併せて所定労働時間の特に短い者についての適用除外規定を削除するものとする。

派遣労働者には派遣先の最賃を適用するというのは、現実に派遣労働者が生活するのは派遣先においてであるということで、生計費という観点からは妥当だろうと思いますが、いっぽうで賃金や支払能力という意味では、派遣会社の所在地の賃金や支払能力を適用するのが妥当であるような気もします。まあ、労使の力関係を考えれば、この程度は派遣業者が負担してもいいかなという感じはあります。
最賃もパート労働法と同様、格差騒ぎや再チャレンジ騒ぎの中でクローズアップされた感はありましたが、政治的プロパガンダには格好の材料であるだけに、労働政策と福祉政策の役割分担を踏まえて、冷静な議論が必要ではないかと思います。諸般の情勢を考えれば、この報告はまあこんなものかという印象です。