均等分科会報告案(パート労働法)

昨日のエントリで取り上げたように、ホワイトカラー・エグゼンプション制をふくむ労働基準法が政府と与党の間で揉めていますが、2007通常国会にはそのほかにも多数の労働関係の法改正が上程される予定になっています。昨年末に審議会の建議や分科会の報告などが多数公表されましたので、今日からいくつか取り上げていきたいと思います。まずは「再チャレンジ」の一環として位置付けられている(らしい)パート労働法の改正です。厚労省のホームページに、昨年12月8日の雇用均等分科会に提出された報告(案)が掲載されています。
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/12/s1208-11a.html
主要部分をみていきたいと思います。まず最初に総論がいくつか記載されていますのでその中から。

○  パートタイム労働者については、自分の都合の良い時間に働けるといった柔軟で多様な働き方を求める労働者のニーズに合致した面がある一方で、正社員への就職・転職機会が減少して非自発的にパートタイム労働者となる者が増加しているという状況も存在している。また、平成15年のパートタイム労働指針の改正以降、労働条件の明示や均衡処遇の確保について一定の改善が図られた一方で、その働き方に見合った処遇がなされていない場合もあり、これに対する不満も存在している。

○  パートタイム労働は、短時間であることから多様な働き方となるため、一律な雇用管理を行い難い雇用形態であり、個々の労働者の労働条件が就業規則のみによっては明確にならない場合が多い。また、多様な働き方であるにもかかわらず一律に処遇されることもあり、そのような場合には働きに比して低い処遇であるとのパートタイム労働者の不満も生じやすい。

労働時間の長短にかかわらず働きに見合った処遇を、というのはまことにもっともな主張ではあるのですが、それではなにをもって均衡とするのか、というのは非常に難しい問題です。「その働き方に見合った処遇がなされていない場合もあり、これに対する不満も存在している。」とあっさり書いていますが、「自分の処遇が本当に働き方に見合ったものになっている」と心から信じている人のほうがむしろ少数派なのではないでしょうか。
もちろん、企業としてもなるべくそうした不満が少なくなるような、多くの働く人が意欲を高められるような処遇をしていくことが業績向上につながるわけですから、当然ながら出来る限り「働き方に見合った処遇」にしていきたいと考えるのは自然な話です。当然ながらそこには試行錯誤もあり、成果主義騒ぎもそうしたトライアル・アンド・エラーのひとつだったわけでしょう。つまるところ、なにが「働き方に見合った処遇」であるかは、経営に責任を持つ使用者以外には判断できないのではないでしょうか。それを法律で規制しようというのがそもそも無理のある話で、今回の報告(案)もなかなかの苦労がうかがわれるものになっているように思います。
それはそれとして、「多様な働き方であるにもかかわらず一律に処遇されることもあり、そのような場合には働きに比して低い処遇であるとのパートタイム労働者の不満も生じやすい。」という認識が示されているのは興味深いところです。これは要するに、働き方(仕事や、労働時間なども含まれるでしょう)が多様であるにもかかわらず全員一律「時給950円」といったケースを指しているのでしょうから、よく言われる正社員との格差ではなく、パート労働者間の格差を問題にしているのでしょう。なるほど、パート労働者にも働きぶりの良好な人とそうでない人は当然いるわけで、その場合に働きぶりの良好な人がそうでない人と較べて「なぜあの人と同じ時給」と思うというのはいたって自然な話です。もっとも、差をつけたらつけたで感情的ないさかいのタネになるから、時給950円の世界なら差がないほうが気が楽だというケースも多いでしょうから、必ずしも差をつけることが意欲の向上につながるとはいえないわけで、たいていの企業はそうしたことも考えて処遇しているとは思いますが…。いずれにしても、これまではもっぱらいわゆる「通常の労働者」との直接的な均衡に目が向いていたように思われるわけで、パート労働者間に格差を設けることが間接的に「通常の労働者」との均衡にもつながるというのはけっこう新しい考え方なのではないかと思います。
続いて、具体論の第一として「労働条件の明示等」が示されています。

(1)  パートタイム労働法において、労働条件に関する文書を交付するように努めることとされている規定については、労働基準法(昭和22年法律第49号)において義務付けられた事項に加え、一定の事項(昇給、賞与、退職金の有無)を明示した文書等を交付することを事業主の義務とする規定とすることが適当である。
 なお、パートタイム労働法に基づく助言・指導・勧告を行っても履行されない場合の担保措置として、過料を設けることが適当である。

これは実務的には雇入通知書の交付を義務化する、ということになりそうです。
たしかにこれはパートを多数雇用する事業所では実務的な影響がかなりありそうです。そもそも手間は手間ですし、顔見知りのご近所さんに「ちょっと手伝ってよ」感覚でパートに来てもらうときまで、わざわざ書面を使うなんて水臭いことはできないよ、というのも情においてわからないではありません。とはいえ、この程度のことはしっかりやるようにするのが人事管理の近代化というものではないでしょうか。

(2)  パートタイム労働指針において、待遇について説明を求められたときはその求めに応じて説明するように努めるとされている規定については、パートタイム労働法において、パートタイム労働者から求めがあったときは、1(1)、後述の2及び3に列記するもの等パートタイム労働法において事業主が措置しなければならない事項、禁止される事項及び措置に努めることとされている事項に関して考慮した事項について説明することを事業主の義務とする規定とすることが適当である。

要するに、「通常の労働者」との待遇の違いについて説明を求められたら説明しなさい、ということで、当然ながら納得させることまで求めているわけではなさそうです。聞かれて説明するというのはごく当たり前のことでしょうが、職場上司の中には「知らん」「文句あるか」というような豪傑?もいなくはないでしょう。そういう人に少なくとも「人事部から説明してもらうよう手配します」という対応が取れるようにしておくくらいの実務対応は必要になりそうです。
続いて、いよいよ均衡処遇についての具体的な記述です。
まず、

(1)  通常の労働者と職務、職業生活を通じた人材活用の仕組み、運用等及び雇用契約期間等の就業の実態が同じであるパートタイム労働者については、パートタイム労働者であることを理由として、その待遇について差別的取扱いをすることを禁止することが適当である。

「職業生活を通じた」「雇用契約期間等」というところに苦心がうかがわれます。つまりは「採用から定年まで」人事管理はまったく同じで、違うのは所定労働時間が短いだけ、というパート労働者(これは短時間正社員よりはるかに狭い概念になるでしょう)については、労働時間が違うことだけを理由に差別的取り扱いをしてはならない、ということでしょう。となると、はたしてそんなパート労働者がどれほどいるのか、という印象すらあります。まあ、企業によっては育児時間を利用している正社員などは該当するかもしれません。禁止規制なので厳しいには違いありませんが、現実にはきわめて例外的な内容で、企業実務への影響はほとんどなさそうです。
続いて、

(2)  (1)以外のパートタイム労働者については、賃金、教育訓練及び福利厚生について、職務及び人材活用の仕組み、運用等の差異に応じて、均衡ある待遇の確保のために講ずべき具体的な措置について、それぞれ次のように規定することが適当である。

イ  事業主は、通常の労働者との均衡ある待遇の確保を図るため、パートタイム労働者の職務、意欲、能力、経験、成果等を勘案して、職務関連の賃金(基本給、賞与、役付手当等の勤務手当及び精皆勤手当)を決定するよう努めることとすることが適当である。
 また、通常の労働者と職務及び人材活用の仕組み、運用等が同様であるパートタイム労働者については、その賃金の決定方法を通常の労働者と共通にするよう努めることとすることが適当である。

「イ」の前段が「多様な働き方であるにもかかわらず一律に処遇されることもあり、そのような場合には働きに比して低い処遇であるとのパートタイム労働者の不満も生じやすい。」に対応する部分ですね。もっとも、本当に補助的・定型的な業務に従事しているパート労働者については、企業としてもさほど意欲や能力を高めてもらうニーズを感じない、したがって賃金決定などにもあまり手間をかけたくない、マーケットプライスで一律にやれば十分…というケースも現実にはあるでしょう。この書きぶりならば、それはそれで「職務を勘案して決定」ということで許容されそうに思われます。
後段のほうは、さきほどの「(1)」とは異なり、「職業生活を通じた」「雇用契約期間等」が消えています。定年まで勤務するとは限らない、有期雇用のパート労働者も含まれる、ということでしょう。そのうえで「人材活用の仕組み、運用等が同様」というのは、たとえばスーパーで単に売場係をずっとやるというわけではなく、働きぶりによっては「通常の労働者」と同様に売場主任になったり、店長になったりすることもあるパート労働者、というくらいの意味なのでしょうか。そういう人は賃金制度を同じにしなさい、ということのようです。賃金制度にまで法が口出しするのは余計なお世話という感はありますが、人事管理の方向性としては決して間違っているわけではありませんし、格差自体は否定されているわけではありません。これはすでに指針に示されていることもあり、パート労働者を多数雇用する有力企業ではこうした制度の導入が進んでいます。
いずれも規制強化方向には違いありませんが努力義務にとどめられており、実務的な悪影響はほぼなさそうです。

ロ  通常の労働者に対して行っている教育訓練であって、職務遂行に必要な能力を付与するためのものについては、事業主は、一定の場合(既に職務遂行に必要な能力を備えた者に対する場合等)を除き、職務が同じであるパートタイム労働者に対しても行わなければならないこととすることが適当である。
 また、事業主は、通常の労働者との均衡ある待遇の確保を図るため、パートタイム労働者の職務、意欲、能力、経験、成果等に応じ、教育訓練を行うよう努めることとすることが適当である。

「職務遂行に必要な能力を付与するための」教育訓練については、そもそもそれを行わなければ職務遂行ができないわけですから、現に職務を遂行している以上は教育訓練も行われている、ということにならないでしょうか。まあ、職務遂行に必要な資格等を「通常の労働者」には会社負担で取得させるが、パート労働者は自己負担させている、といった例外的なケースは考えられるのかもしれません。ただ、「一定の場合(既に職務遂行に必要な能力を備えた者に対する場合等)を除き」となっていますから、有資格者限定で募集すればこの問題はなくなるわけで、やはり実務面での影響はあまりなさそうです。
後段については一般論の努力義務で、「職務、意欲、能力、経験、成果等に応じ」とフレキシブルな取り扱いも可能になっていますから、やはり実務面での影響はほとんどないとみていいでしょう。これは行政として「今以上にパート労働者にも教育訓練をしてほしい」という要望の現れとみておけばいいのではないでしょうか。

ハ  通常の労働者に対して実施している福利厚生の措置であって、業務を円滑に遂行するための施設(給食施設、休養施設及び更衣室)については、事業主は、パートタイム労働者に対しても利用の機会を与えるよう配慮しなければならないこととすることが適当である。

そもそもパート労働者には社員食堂や更衣室を利用させない、という企業がどれほどあるのか知りませんが(ほとんどで利用させているのではないかと思います)、社員に限り食事代の補助があるとか、正社員のほうが更衣室のロッカーが大きいとかいった実態はあちこちにありそうです。「利用の機会」ということですから、こうした取り扱いの違いはおそらく許容されるのでしょう。であれば実務的にはさほどの影響はなさそうです。
次に「通常の労働者への転換の促進」があります。

(1)  事業主は、パートタイム労働者に対し、通常の労働者への転換の推進に向けた措置を講じなければならないこととすることが適当である。
 この措置としては、例えば当該事業所の通常の労働者の募集に関する情報を遅滞なく周知すること、通常の労働者の募集に応募する機会を与えること、通常の労働者への転換制度を導入すること等が考えられる。

これは要するに「なんでもいいから、なにかすればいい」ということで、現実に転換させることを求めているものではなさそうです。特に、「通常の労働者の募集に応募する機会を与えること」というのは、結局は「通常の労働者を募集するときに、短時間労働者をそれだけの理由で門前払いしない」ということで足りるのでしょうから、これならほとんどの企業は現状のままで該当するのではないでしょうか。「措置を講じる」ということですから、求人票や求人広告に「当社パート労働者の方も応募できます」と書くくらいのことは必要でしょうが。
次に苦情処理です。

(1)  事業主は、パートタイム労働法に基づき措置しなければならない事項及び禁止される事項に関し、パートタイム労働者から苦情の申出を受けたときは、その自主的な解決を図るよう努めることとすることが適当である。

(2)  (1)の事項に関して、パートタイム労働者と事業主との間で紛争が生じたときは、紛争解決援助の仕組みとして、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(昭和47年法律第113号)に規定する紛争解決援助の仕組みと同様のもの(都道府県労働局長による紛争の解決の援助及び機会均等調停会議の調停)を設けることが適当である。この場合において、調停のために必要があるときは、当該事業所の労働者を参考人として出頭を求め、意見を聴取することができるものとしておくことが適当である。

苦情があればまずは内部処理に心がけるというのは当然のことでしょう。調停制度の新設については、ここでモデルとされている均等法の調停の利用状況がきわめて低調であることを考えるとどれほど意味があるのか、役所の仕事づくりではないのかという感もありますが、まあ解決方法のオルタナティブが増えるという点では意味もあるかもしれません。
最後に「その他」としてこんな記述があります。

 以上を踏まえ、パートタイム労働法の目的規定等を整備するとともに、パートタイム労働法第3条において、事業主の責務として、通常の労働者との均衡ある待遇の確保を規定することが適当である。

「事業主の責務として、通常の労働者との均衡ある待遇の確保を規定する」ですか。まあ、初めのほうで書いたように、事業主としても「許される総額人件費の範囲内で、経営成績が向上するよう、なるべく多くの人が意欲を高められるような待遇を実現する」ことは重要な経営課題でしょうから、そういう意味で「均衡ある待遇の確保」ということであれば、それを「責務」に追加されてもさほどの問題はないでしょう。
パート労働者の処遇については、「今現在の仕事が同じであれば、時間単価を正社員と同じにすべき」といった極端な意見も往々にして見られますが、今回の報告(案)の内容は、均衡待遇についてはわが国企業における人事管理の実態をふまえた現実的なものとなっており、むしろ労働条件の明示や説明、苦情処理などに力点のおかれた、かなりリーズナブルなものとなっていると評価できるでしょう。普通の人事管理が行われている企業であればそれほど問題になる内容ではなさそうに思われます。