賃金出し惜しみの構造、ねぇ。

今朝の日経新聞の社説は、全欄を使って「賃金出し惜しみの構造どう脱するか」と題して論じています。

 「いざなぎ景気」を超えて4年10カ月続いた景気拡大をこのまま持続できるかどうか。米国経済の減速などで輸出環境の先行きが怪しくなる中で、個人消費の動向が注目されている。しかし一向に火がつく気配がない。マクロ的に見て企業業績が好調な割に、賃金があまり上がらない点に基本的な問題がありそうだ。
 最近、企業活動が活発になり部分的に人手不足も起き始め、いずれ賃金も全般的に上がるとの見方がある。だがバブル崩壊後、経済のグローバル化などの影響で従来の賃金決定方式は機能しなくなっている。
(平成18年11月27日付日本経済新聞朝刊(社説)から、以下同じ)

企業の業績が好調で、労働力不足の状況になれば、賃金が上がるのが自然だ、ということはそのとおりでしょう。実際、パートタイマーなどの時給は上がっているようですし、派遣社員の単価も上昇していると聞きます。そういう分野では、「従来の賃金決定方式」はそれなりに機能しているといえましょう。
ということは、日経が「機能しなくなっている」というのは、それ以外の分野において、ということでしょうか。具体的には、いわゆる正社員、ということになりそうですが。しかし、こと正社員については、昨年末でも有効求人倍率が0.6倍台にとどまっており、まだまだ人手不足とまではいえない状況にあります。したがって、正社員の賃金がなかなか上がらないのは、需給の観点からは妥当であるともいえそうです。

 企業は危機的な状況を乗り切るために、様々な方策によって賃金を抑え込んできた。当然の対応だったわけだが、結果的に、賃金を出し惜しむ構造が根付いたようにみえる。

さてこれはどんなものなのでしょう。厚生労働省が調査した「民間主要企業年末一時金妥結状況」をみると、主要企業では平成15年夏賞与以降、中小企業でも平成16年夏賞与以降は前年比3%前後の増加となっています。一時金だけに産業・企業によってかなりの違いはあるでしょうが、利益が出ればかなり気前よく賞与をはずんでいる企業は多いはずで、「出し惜しむ構造」というのはやや一面的なとらえ方のように思えます。

 バランスを欠いたままにしておけば、経済にいろいろな副作用をもたらす。国内総生産の6割近くを占める個人消費の抑制はその1つである。就業者の85%を占める雇用者への適正な分配のあり方を、あらためて考えるべきときである。
 今回の景気拡大が戦後最長と聞いても、「実感がない」という人が多い。1970年までの「いざなぎ景気」は平均して年率11%強の高成長で、名目雇用者報酬も70年度で前年度比21.1%も増えた。これがマイカーなどの耐久消費財ブームを引き起こしたのである。

そういえば、旧日経連が「業績はベアではなく賞与に反映」と言い出したころ(90年代なかば?)、連合は「ベースアップが消費増につながる」と反論したことがありました。まあ、変動の可能性が高い賞与が増えるより、将来的にも継続的な収入増となるベアのほうが「安心しておカネを使える」ということなのかもしれません(そういえば、「恒久減税でなければ消費は伸びない」という議論もありましたし)。いっぽうで、旧日経連は「社会保障財政赤字などの先行き不安感が強い中では、ベースアップは消費ではなく債務返済に向かう」と主張したこともありました。このあたりは検証が必要なような気はしますが、実際には景気や物価の動向に大きく左右されるような気がします。まあ、ベアに経済を刺激する働きがあることは事実でしょう。

 労働分配率は景気に遅れて上がる傾向があるので、これから振り子が戻るように雇用者への分配が高まってもおかしくないが、そうは簡単にいかない理由がある。まず「春闘」崩壊後、それに代わる賃金決定の方式が確立していないことだ。

 企業別に組織している日本の労組は企業防衛意識がもともと強く、他社より突出した賃上げを好まない。横並びが崩れて相場観を失うと、自社の競争力を優先して賃上げを自制する姿勢が一段と強まった。

これは少々労組に気の毒な感じがします。賞与はそれなりに獲得しているわけですし、今年の春闘でも「賃金改善」を実現しています。たしかに「確立」してはいないにしても、経営サイドも横並びでなければ一定の理解は示すということもわかったわけで、これから模索していくということではないでしょうか。

 経営者の姿勢もかつてとは一変した。従業員共同体のトップという性格がまだ強かった90年代前半には、旧日経連が「ベアゼロ」方針を掲げると、反発する経営者がいたほどである。現在は存在感を増した株主、投資家に顔を向け、株主への利益配分を重視するように変わった。

うわ、おまえが言うかおまえが!(笑)そうしろ、そうしろと言っていたのは日経新聞サンじゃありませんか。なにをいまさら。

 05年度の東証1部上場企業の配当総額は5兆5000億円と過去最高に上った。自社株買いも積極的に進めている。M&A(企業の合併・買収)の標的にならないように、株価を高めに保ちたいとの考え方が背景にある。バブル期に劣らぬ収益力を回復しても、経営者は国際競争力を考えて設備投資や財務体質強化の手をゆるめない。労組も空洞化を警戒して総じて経営側に協力的である。
 しかし国際的な大競争の中で、個々の企業にとっては合理的であっても、それが全体となると構造的に過少賃上げになりかねない。好業績の主要企業の経営者は現状に安住せず、自社および産業全体の賃上げのあり方を見直すべきである。

いや、株主への配分を増やすくらいなら賞与を積み増したほうが消費の活性化、経済成長につながるだろうというのは同感なのですが、だからといって経営者も闇雲なことはできないわけで、株主の力の制限などもセットでなければうまくいかないでしょう。また、現実に正社員の需要は少ないということは無視できないわけで、正社員も不足で不足で困っている、という状態になれば、それこそ日経さんもいうように賃金も自然に上がるはずです。全体でみれば、失業率が下がって就業者が増えている分、賃金の総額は増えているわけで、現段階ではそういう形で労働者への分配が増えているということでしょう。もちろん、最初に書いたようにパートや派遣の単価が上がっているのも、労働者への分配増ということになるでしょう。

 政策的にも、パートタイマーと正社員との「均衡処遇」や、生活保護費との逆転も起きている最低賃金制度の改革などをどう進めるか、課題が多い。経済全体の最適化を求めて総合的な取り組みが必要である。

ずっと正社員の賃上げの話をしてきて、最後に取って付けたようにパートの話が出てきました。一応忘れてないよ、ということでしょうか。ただ、案外、まずは失業減、非典型の賃金アップ、そして非典型の減少と正社員雇用の増加、といった形で労働者への分配を増やしていくというのは、けっこう賢明な方法なのかもしれません。賃金が比較的高水準で、賞与による業績の還元があり、雇用も相対的に安定している正社員のベアは、あとまわしでいいという考え方も十分あり得るのではないでしょうか。