自由度の高い働き方にふさわしい制度

新聞紙上でもけっこう大きく取り上げられていますが、今日の労政審労働条件分科会でホワイトカラー・エグゼンプションについてかなり具体的な資料が提示されました。「自律的」から「自由度の高い」に変わっているのは濱口先生の意見に近いですね。
まず資料を抜き書きします。

○自由度の高い働き方にふさわしい制度の創設

 一定の要件を満たすホワイトカラー労働者について、個々の働き方に応じた休日の確保及び健康・福祉確保措置の実施を確実に担保しつつ、労働時間に関する一律的な規定の適用を除外することを認めることとしてはどうか。

1.制度の要件
(1)対象労働者の要件として、次のいずれにも該当する者であることとしてはどうか。
i 労働時間では成果を適切に評価できない業務に従事する者であること
ii 業務上の重要な権限及び責任を相当程度伴う地位にある者であること
iii 業務遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする者であること
iv 年収が相当程度高い者であること
(2)制度の導入に際しての要件として、労使委員会を設置し、下記2.に掲げる事項を決議し、行政官庁に届け出ることとしてはどうか。

2.労使委員会の決議事項
(1)労使委員会は、次の事項について決議しなければならないこととしてはどうか。
i 対象労働者の範囲
ii 賃金の決定、計算及び支払方法
iii 週休2日相当以上の休日の確保及びあらかじめ休日を特定すること
iv 労働時間の状況の把握及びそれに応じた健康・福祉確保措置の実施
v 苦情処理措置の実施
vi 対象労働者の同意を得ること及び不同意に対する不利益取扱いをしないこと
vii その他(決議の有効期間、記録の保存等)
(2)健康・福祉確保措置として、「週当たり40時間を超える在社時間等がおおむね月80時間程度を超えた対象労働者から申出があった場合には、医師による面接指導を行うこと」を必ず決議し、実施することとしてはどうか。

3.制度の履行確保
(1)対象労働者に対して、4週4日以上かつ一年間を通じて週休2日分の日数以上の休日を確実に確保できるような法的措置を講ずることとしてはどうか。
(2)対象労働者の適正な労働条件の確保を図るため、厚生労働大臣が指針を定めることとしてはどうか。
(3)(2)の指針において、使用者は対象労働者と業務内容や業務の進め方等について話し合うこととしてはどうか。
(4)行政官庁は、制度の適正な運営を確保するために必要があると認めるときは、使用者に対して改善命令を出すことができることとし、改善命令に従わなかった場合には罰則を付すこととしてはどうか。

4.その他
 対象労働者には、年次有給休暇に関する規定(労働基準法第39条)は適用す
ることとしてはどうか。

かなり現実的になってきた感じがします。
「対象労働者の要件」のi〜iiiについては、基本的に訓示的な性格のものとすることが必要でしょう。もちろん、実態として働き方の自由度が乏しく、この制度の適用がふさわしくないにもかかわらず他の要件では排除できないケースもあるかもしれませんので、こうした規定は必要でしょうが、これにあてはめてどうか、という議論をあまり厳格にやりはじめると、使いものにならない制度になってしまう恐れがあります。特に権限とか責任とかは、自分の仕事について逐一上司の指示を仰ぐことは求められていない、という程度にとどめる必要がありそうです。
これに対して、「相当程度の年収」はデジタルで白黒はっきりつきますので、予測可能性を高めるという意味では非常に好ましいのですが、i〜iiiとは性格がかなり異なりますので、ここで「対象労働者の要件」として一緒くたにして定めるのがいいのかどうか、疑問符がつきます。対象労働者の要件に違いはありませんが…。
また、この「相当程度」がいかほどかというのはきわめて重要で、たとえばこれが十分に高ければ労使委員会での集団的手続や本人同意などを要件としなくても保護には欠けないでしょうし、ある程度低くなってくるとそれなりに別の要件を噛ませないと保護に欠けるおそれが出てくるでしょう。
労働法では他にすでに年収を要件とした規制があるので、それが参考になるものと思います。ひとつは、5年有期が認められる「大学卒で実務経験5年以上、短大・高専卒で実務経験6年以上又は高卒で実務経験7年以上の農林水産業の技術者、鉱工業の技術者、機械・電気技術者、システムエンジニア又はデザイナーで、年収が1075万円以上の者」「システムエンジニアとしての実務経験5年以上を有するシステムコンサルタントで、年収が1075万円以上の者」があります。これとの比較においては、「自由度の高い働き方」が適用されるのはほとんどが期間の定めのないいわゆる「正社員」でしょうから、5年間は拘束され(現時点では暫定措置で1年後以降は労働者からは解約できますが)、かつ5年終了後の保障のまったくない5年有期のほうが手厚い保護が必要と考えられるでしょう。労使委員会や本人同意などの要件も加わるとすれば、1075万円は相当下回っても保護に欠けないのではないかという印象があります。
もうひとつ、有料職業紹介で労働者本人から手数料を徴収できる「就職後1年間の賃金が700万円超に相当する経営管理者、科学技術者及び熟練技能者」があります。こちらは、これまでの議論で度々登場した「管理監督者の一歩手前」とか、専門型裁量労働制が想定している専門技術者などを連想させるものがあります。これはもともと1200万円でスタートした規制ですが、高すぎるとの批判があり700万円に引き下げられた経緯があり、さらに現状でも格別の問題が指摘されていないことを考えると、まだ高すぎる可能性があるように思われます。そうした事情も考慮すれば、労使委員会や本人同意他の手続要件も加えればこの「700万円」という数字で低きに失することはないのではないかという印象を受けます。ちなみに、年収700万円以上は(統計によってかなり異なるのですが)正社員の約2割程度をカバーするらしく、営業職やブルーカラーはこの制度の対象にならないことを考えると、おそらく正社員の1割くらいのカバー率になるのではないでしょうか。ホワイトカラー正社員の10人に1人、というのもまずまず順当なように思われますが、どうなのでしょうか。むしろ、もっと多くの人がこの制度の対象になるような高度な働き方をしないと、日本の将来は明るくないような気がしますが…。
次に労使委員会決議ですが、労使で話し合ってルールを明らかにしていくという方向性は間違ってはいないだろうと思います。たしかに手続としてはかなり煩雑な印象はあり、それが企画業務型裁量労働制の導入が進まない一因となっていることも指摘されていますが、まずはこの程度のことはきちんとできる企業に導入を限定するというのも、現実的な安全策としてはありうるのかもしれません。もちろん、これは年収要件がどのレベルになるかに大いに依存するわけで、たとえば1000万円を超えるような水準になるのなら、労使委員会はなくても保護に欠けることはないでしょう。
なお、決議事項もこんなものかとは思いますが(医師の面接指導をわざわざ別項目にして「必ず」と強調しているのは、この点に対する厚労省の心配の現れでしょうか)、「休日の事前指定」については、あまりやりすぎるとかえって自由度を低めてしまい、制度の趣旨に反することになります。プロジェクト型の業務では、プロジェクトのヤマ場では集中して働き、完了後にまとめて休むといったメリハリのある働き方が望ましく、こうした要請にも現実的に対応可能な制度とする必要があるでしょう。また、「労働時間の把握」についても、当面は健康問題への懸念などから実施することは否定しませんが、そもそも自由度の高いホワイトカラーはどこまでが労働時間でどこまでがそうでないかを完全に区別することは不可能なので、在社時間マイナス休憩時間くらいの大雑把な把握で足りるとすべきでしょう。
あと、本人同意については、今回の議論が労働契約法に付随するものである以上は、個別契約的な発想で本人同意が求められるというのは致し方のないことのような気がします。実務的には、同意しない人が多額の割増賃金を受け取ることで同意した人との不公平が発生することが心配されるわけですが、それは基本給部分と制度適用者だけに支払われる手当の部分とを適切に設定し、相当の長時間残業をしなければ割増賃金が手当を上回らないようにするといった賃金制度上のくふうで対応可能だろうと思います。
履行確保に関しては、たしかに休日の確保は必要であり、一定の規制を行うべきものだろうと思います。ただ、繰り返しになりますがこれはそれなりの柔軟性を持たせることが必要で、たとえば「休日確保」は「出社しない日の確保」とすべきでしょう。実際、出社しなければ社外でなにをしているかは企業サイドで把握することはできませんし、仮に自宅で仕事をしていたとしても、会社で働くのとはやはり負担はかなり異なるはずです。
なお、年次有給休暇については、「時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしない」がどの程度の自由度を想定しているかによるでしょう。たとえば、出退勤時間や就業場所をまったく管理されず、遅刻欠勤等についても賃金の減額等が行われないのであれば、そもそも年次有給休暇という概念自体があまり意味のないものになります。まあ、これは週休2日程度は必ず休み、さらに+20日も休むようにしましょう、という意味かもしれませんが。
報道によれば労使の意見はまったく合っていないようですし、細部がどうなるかにもよりますが、この「自由度の高い働き方にふさわしい制度」はかなり現実的な提案に近づいているように思われますので、ぜひとも労使双方にとって良い制度として導入されることを期待したいと思います