マクドナルド、定年制を廃止??

これはなかなかのサプライズ。日本マクドナルドが定年制を廃止するそうです。

 ハンバーガーチェーン大手の日本マクドナルドは23日、現行の60歳定年制を今年4月にさかのぼって廃止することを決めたと発表した。改正高齢者雇用安定法の施行により、企業に65歳までの雇用が義務づけられたが、大半の企業は再雇用で対応しており、定年廃止は極めて珍しい。
 対象となるのは約5,000人の社員。平均年齢が33.7歳と若く、定年対象者は今後5年間で5人にとどまる。このため今後1−2年をかけ、定年廃止に対応し、会社への貢献度が公平に反映できる給与制度や退職制度などの人事プログラムを構築する。
 原田泳幸社長は「年功序列が崩れ、能力に応じた給与制度が一般化する中、企業が能力のある人を定年で辞めさせるのは矛盾がある」と指摘。低賃金で再雇用したり、定年を短期間延長するのではなく、会社に貢献できる限り雇用する必要性を強調した。
 定年廃止に当たっては社員と話し合った上で、能力に応じた仕事を提供する考えで、原田社長は「仕事をしない社員が会社にしがみつくようにはならないだろう」とした。高齢者の消費を喚起する狙いもあるといい、「将来の日本の経済発展にも寄与する。議論のきっかけになってくれれば」と話している。
(平成18年5月24日付産経新聞朝刊から)

ただ、「会社への貢献度が公平に反映できる給与制度や退職制度などの人事プログラムを構築する」と「退職制度」がしっかり入っていますので、「死ぬまで雇用する」文字通りの「終身雇用」にするということかというと、そうでもないでしょう。


報じられた内容をみても、「能力のある人を定年で辞めさせるのは矛盾がある」(=能力のない人は定年でもなんでも辞めさせる)「社員と話し合った上で、能力に応じた仕事を提供する」(=能力が低ければそれなりの低賃金の仕事しか与えない)「仕事をしない社員が会社にしがみつくようにはならないだろう」(=しがみつこうにもしがみつけないくらいの処遇にして辞めさせる)ということで、要するに高齢者については降格、賃下げ当たり前にして、特に65歳以降は本当に貢献のある人以外は「こんな仕打ちを受けるなら退職して年金生活したほうがマシ」という処遇にして退職させていくのでしょう。まあ、それでも定年で一律退職ではないのですから、定年制廃止には違いありません。
ただし、これが「将来の日本の経済発展にも寄与する」かどうかは大いに疑わしいように思います。まだ人数が少ないのでそれほど問題には感じていないのでしょうが、本当に「社員と話し合った上で、能力に応じた仕事を提供する」なんてことをしようとしたら、社員と会社の意見が一致しなくて紛争が多発するでしょう。実際、企業組織の拡大が停滞している多くの企業では、経験を積んで能力が高まった人が、必ずしもその能力を発揮できる仕事にありつけないいわゆる「ポスト詰まり・仕事詰まり」が多発しています。口で言うほど簡単なことではありません。
それ以上に問題なのは、後進の育成に支障をきたすことです。たとえば、62歳のベテラン課長であれば、課の仕事については熟知していて、十分にうまく課長職をこなしていけるでしょう。しかし、会社が組織として存続していくためには、後に続く人材を育成していかなければなりませんから、ときにはベテラン課長に、まだ十分その仕事ができる能力があるにもかかわらず、場合によってはその仕事に関しては能力の低い後進のためにポストを譲ってもらわなければならないということが発生します。もちろん、ベテランを昇進によって処遇できれば問題ないかもしれませんが、現時点ではまだ能力は高くても、衰えはじめているベテランだと、昇進で処遇することはできません。しかし、課長が務まらなくなるまで能力が衰退するまでは待ちきれない。こういう状況では、「能力に応じた仕事」以外の理屈が必要になります。そのとき、「年齢」というのはまことに公平かつ客観的で、納得の得られやすいしくみなのです。社長は簡単に「能力のある人を定年で辞めさせるのは矛盾がある」といいますが、実はこの「矛盾」こそが定年制の大きな役割の一つなのです。
いっぽうで、定年制がハッピー・リタイヤメントを演出する効果も忘れることはできません。「会社への貢献度が公平に反映できる給与制度や退職制度」となると、結局はまだ働きたいと思っている高齢者に対して「あなたは使えないから退職しなさい」ということになるのでしょう。定年退職であれば、本音はともかくとしても、建前上は「惜しまれて定年退職」とか、「あの人が定年して、残った私たちは大変だ」といった美しい退職の場面が演出できます。その実は、職場が定年退職を指折り数えて待っていた「お荷物」「重石」であったにしても。
これは要するに年齢による人事管理が合理的かどうかという問題かもしれません。客観的に、疑問の余地なく判定できる評価基準がまことに乏しい人事管理の世界において、年齢というのは稀に見る客観的指標であり、しかも誰しも例外なく1年に1歳加齢するという意味できわめて公平であり、かつ、死亡しない限りは誰しも必ず1年間は25歳のときがあり、1年間は40歳のときがあるという意味でまことに機会均等です(もちろん、25歳のときの周囲の環境の違いといった問題はあるにしても)。そして、それゆえに意外にも?納得性の側面などでは人事管理の実務上は使いやすい指標になっています。
へんに理屈や理念に走って定年制を廃止するのが本当にいいのかどうか……私はかなり怪しいと思っているのですが、どんなものなのでしょうか。