都留康・阿部正浩・久保克行「日本企業の人事改革」

日本企業の人事改革―人事データによる成果主義の検証

日本企業の人事改革―人事データによる成果主義の検証

本来ならホームページで書評を書きたい、書かなければならない本なのですが、そういう本が何冊もたまってきてしまいました。時間がとれるめども立たないので、残念ながらここで感想を書くにとどめることにします。今日から続けて何冊か書きます。
さてこの本ですが、研究書で、実務家には難しい計量分析がふんだんに出てきますが、なにしろ実務家にとってきわめて身近な人事管理、賃金制度に関するものなので、おおそうなのか、やっぱりそうなんだよな、と非常に面白く読めました。


とにかく、使っているデータがすごい。企業3社からデータの提供を受けているのですが、賃金制度変更(しかもうち一社は合併)の前後数年間にわたって、賃金額や年齢勤続だけではなく、職能資格や人事考課までも含むパネルデータで、こんなデータを、いかに企業名は伏せるとはいえ(しかし比較的容易に想像はつきますし)、公表を前提に社外に出すというのは実務家の感覚としてはちょっと信じられません。研究者と企業とのあいだによほどの信頼関係がなければできない話で、まずはその点について、著者に深い敬意を表します(データを出した企業の勇気にも)。
内容についても、賃金制度変更は中高年の格差を拡大するとともに平均すると賃金カーブを寝かせる効果があったこと、評価の高い人は意欲が高まり評価の低い人は意欲が低下すること(あたりまえの話ですが、かつては「成果主義を導入すれば、評価の低い人でも今後高い成果を上げれば高い賃金を得られるのだからやる気が高まる」というようなことが一部でマコトシヤカに云われていました)、合併では吸収される側が割を喰うこと、希望退職は一定人数までは企業が退職してほしい人が退職すること、など(かなり雑にまとめてます)、世間の俗説よりは実務家の実感を裏付ける結果が多くなっているように思いました。
欲をいえば、せっかくこれだけのデータを使い、各企業の担当者も深く関っている(かどうかはわからないのですが、これだけのデータを出す以上は関っているでしょう)のですから、もっと実務的に深掘りしてもらえればよかったのですが。たとえば、成果主義であれなんであれ賃金が下がれば意欲は低下することは実務的には常識で、それを防ぐために通常は調整給を使ってソフトランディングをはかるわけですが、それによる意欲低下抑止効果はどうなのか、といった問題が実務家としてはいちばん興味があるところなわけです。研究者と人事担当者のコミュニケーションは難しい部分も多いでしょうし、いかにいいデータでもそれなりにデータの制約もあるでしょうから、あまり欲もいえないのだろうとは思いますが。