法務省が性犯罪者の住所を警察庁に情報提供へ

本日の新聞報道によれば、この年初から話題になっている「警察による性犯罪者の住所の把握」について、法務省が前向きな姿勢に転じたそうです。

 法務省は13日、性犯罪者の出所後の住所地について、警察庁からの要請に応じて同庁側に情報提供する方針を決めた。奈良市の小1女児誘拐殺害事件を受けた同庁の申し入れで検討を始め、「提供は公益目的であり、警察にも守秘義務があるので問題ない」と判断した。
 13日の初協議で、警察庁が提供情報は一般には開示しないことを約束し、法務省も了解した。両省庁によると、「公益上の目的を担う」行政機関同士の情報提供に該当するため、法律改正などの手続きは必要ないという。
 警察庁は、居住地が把握できていれば、性犯罪が起きた場合に、迅速で効率的な捜査が可能になるとみる。長期的には、前歴者の再犯抑止効果も期待できるとの立場だ。
 同省は当初、「プライバシーの侵害や社会復帰への支障がないのか。そうした問題は残る」と慎重な姿勢を示していた。しかし、性犯罪の再犯問題に対する関心の高まりに配慮。刑務所内での教育プログラムの遅れを指摘されているという事情もあり、柔軟な対応に転じたとみられる。
 両省庁は2月上旬にも再度、協議をし、提供情報の範囲や提供時期などの細部を詰めるという。米国では、性犯罪者の住所や犯罪歴を当局が住民に知らせる「メーガン法」がある。両省庁はそうした制度については、「効果や問題点を継続して慎重に検討する」としている。
(平成17年1月14日付朝日新聞朝刊)

賛否両論ある問題だと思いますが、今朝のNHKラジオでは、いわゆる「人権派弁護士」(だと思う)が反対意見を述べていました。うろ覚えなので不正確かもしれませんが、その理由は「性犯罪者が監視されることは更生を妨げる」「差別を助長する」「再犯防止に効果はなく、自主的なカウンセリング(?)などを充実すべき」・・・といったものだったと思います。
犯罪者の更正はたいへん重要ですし、いわれない差別はなくさなければならないことは当然です。これらの建前には私もなんら異存はありません。いっぽうで、犯罪者の人権に較べて被害者の人権が軽視されているという議論にも一理はあると思います。
ただ、この問題をこうした大上段からの人権論で議論するのは若干理屈の筋が違うようにも思います。
要するに、すでにいまでも警察は性犯罪者の居場所を確認するくらいのことは、当然やっているだろうからです。犯罪者に限らず、いわゆる虞犯者をリストアップすることは、捜査・検挙や防犯のためには重要な取り組みでしょう。問題は行き過ぎた見込み捜査や情報漏洩などであって、こうした警察の日常活動まで問題視するのはさすがにおかしいのではないでしょうか。
であれば、今回の「法務省から警察庁への通知」は、単に警察の仕事を効率化しただけのことであって、従来からある問題(問題がないとは申しません)をそれほど拡大することにはならないのではないでしょうか。
また、そもそもの問題は、性犯罪者の再犯率が高いこと(日本では明らかではないという議論も一部にあるようですが、海外ではすでに明らかな事実となっており、日本でも検証されれば確認されるでしょう)にあるはずです。性犯罪の多くは「病気」ではなく単に「好き」ということ(というのが精神医学や心理学の定説になっているそうです)なのだそうで、「治療」が困難だというのも再犯率が高い理由だということです。そういう人でも社会に出て更生の機会を得られるということが犯罪者の人権擁護という意味で重要だと考えるのであれば、「社会は性犯罪を強く嫌悪している」という一方の事実との均衡に配慮しながら、それを実現するためにどうするのか、ということを考えていくことが必要なのでしょう。
これに関しては、米国のミーガン法がたびたび紹介されますが、欧州ではドイツなど、服役後も更生施設に収容し、「治療」できないかぎり終身施設から出さないという国もあるそうです。事実上の終身刑であり、いかに性犯罪が憎まれ、その被害者人権が(犯罪者のそれと較べ)重視されているかが感じられます。これに較べれば、米国は服役後はとにかく社会には戻すわけですから、犯罪者の人権擁護に関しては強力といえましょう。しかも、わが国ではミーガン法ですべての性犯罪者が住民に周知されるかのような言われ方がされていますが、実際には住民に周知されるのは再犯の危険が高い一部の性犯罪者であり、多くは警察のみで情報が止まっているそうです。こうしたことも参考にしながら、現実的な議論が行われることを望みたいものです。
どうもわが国では、こうした問題が持ち上がるとすぐに「思想統制」や「言論の自由」などと関係づけた特定の観点から声高に反対する声があがるように思います。もちろんそれも自由ですが、どうにも硬直的な感は否めず、建設的で有意義な議論を阻害しているような気がしてなりません。