いよいよ無期転換

この件についても意見照会をいただいておりました。ご回答を約束したわけではないのですが、ここで整理しておくのも有意義と思うので書いてみたいと思います。業界の一部ではかねてから2018年問題といわれていた「有期労働契約反復更新5年超で無期転換」ルールがいよいよ4月から発効するわけですが、なにやらあちこちの大学で職員や非常勤の雇い止めが相次いでいるようですね。
これについては大学の特殊性というのがかなりあるような気がするのでなんともいえないのですが、しかし2012年の法改正当時にあれだけ騒がれた(このあたりだなhttp://d.hatena.ne.jp/roumuya/20121025#p1http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20121029#p1)ことを思うとこの期におよんでジタバタしてるのは人事管理にかなり問題ありと言わざるを得ないですよねえ。5年以上も準備期間があったわけであって(いやきちんと準備して対応済なので問題ありませんという大学も多かろうとは思いますが)。
さて世間全体としてはどうなりそうかというのについてはJILPTが昨年実施した調査結果が公開されています。
「改正労働契約法とその特例への対応状況 及び 多様な正社員の活用状況に関する調査」結果
これを見ると雇い止めを基本方針とすると決めている企業はフルタイム・パートタイムとも8%程度で1割に満たず、その他の選択肢(適性を見てとか未定とか)の中にも結果的に雇い止めとなるケースが出てくるでしょうが、しかし心配されていたのに較べると企業は無期転換にかなり前向きな感はあり、これはやはり人手不足の影響が大きいように思われます。これを予期して施行をこのタイミングにしたとしたら絶妙という感じですが、まあ偶然かな(失礼)。いずれにしてもけっこうな話だと思います。
このように対応が分かれているのはおそらく有期雇用を活用する理由によるのではないかと思われます。ひとつは製造業の生産現場などに典型的な数年単位の中期的な需要変動に対応するためで、上下15%くらいの触れがあるとすると最繁忙期には有期雇用が3割くらいになり、最閑散期にはゼロになるという調整をするわけです。その調整可能性が核心なので、無期雇用転換前に雇い止めが必要になるわけですね。したがってクーリング期間の有無は雇い止めとは無関係で、クーリングがなくなれば無期転換されるという話ではありません(もちろん欠員補充のために正社員登用するということは別途行われているわけですが)。クーリングを制度の抜け道のように言っている人がいるようですが、クーリングがなければ二度と同じ職場で働けなくなるだけなので誰も得しませんし、再就労が可能になるようにクーリング期間を設けているわけです。その期間もこの人がいないと困るなら無期化してくださいという判断を企業に求めているわけで、意味のある制度です。ということで、雇い止め方針を固めている8%というのはそういう企業でしょう。これら企業では古くからそのような雇用管理がされてきたものと思われ、雇い止めルールに抵触しないよう慎重に運用しているでしょうから、今回特段問題になることもなさそうです。
もうひとつは広く見られると思うのですが、昇進・昇格させなくていい労働力としての非正規雇用です。やはりJILPTにこんな面白い調査があり、
「短時間労働者の多様な実態に関する調査」結果
(短時間正社員でない)非正規のパートタイマーでも実は無期雇用の人が相当割合いるのですね。特に中小企業で多く、これは定着があまり良好でない中小企業においてはできるだけ長く働いてほしいとの趣旨でしょう。大企業がなぜ有期にするのかというとおそらくは雇用保障との関係と思われ、こうした従業員には無限定正社員総合職のような強い雇用保障は提供できないということではないかと考えられます。
そしてこうした有期雇用の中にはけっこう基幹的な仕事まで担っている例も増えているものと思われ、それが今回雇い止めではなく無期転換する企業が多くなっている理由ではないかと思われるわけです。この想像があたっているとすれば(確たる根拠があるわけではない)、ここではスローキャリアこそが核心ということになるわけで、となると無期化=正社員化(無限定の)ではないということになり(労働者も望まないことも多そう)、おそらくは従前の職務と労働条件のままに期間のみ無期化するということになりそうです(まあ昇給についてはまったくなしではモチベーション上支障があるので多少は行われるようになるだろうと期待したいところですが)。
そこで問題になるのは雇用保障がどうなるかで、有期から無期に変わったわけなので雇用保障への期待も強まるのは当然としても、無限定正社員と同じでいいのかといえばそうでもないでしょう。まあその間の手頃なところを実態に応じて判断していくことになるのでしょうか。これは同一労働同一賃金の話とも関わってきて、非正規雇用が労働条件をベンチマークするのであれば働き方が違いすぎる無限定正社員ではなく、スローキャリアの無期労働者のほうが適切だろうと思われるからです(実際同一労働になることも多いと思われる)。この際には、雇用保障の程度の低い有期雇用は相対的に低くない無期雇用に較べて他の労働条件は高くてよい(例のプレミアム論)という考え方もありそうで、そのあたりもどういうルールになっていくのか興味深いところです。

濱口・中村対談

もうひとつ、これはお名前を出してもいいと思いますが、先日溝上憲文さんと呑んだときにこの対談記事を書かれたとご紹介いただき、非常に面白いのでぜひ読んでくださいと推薦されて、では読んで感想を書きましょうと約束しました、という経緯で以下書きたいと思います。記事はワークス研究所のウェブサイトに掲載されたこちらです。
メンバーシップ型・ジョブ型の「次」の模索が始まっている
hamachan先生ご自身は先生のブログで「中村さんは、私にジョブ型論を展開して欲しかったようですが、その期待を裏切り(?)、いやその「ジョブ型」が、第4次産業革命によって崩れていくかも知れないよというお話をしました。」と書かれていますね(溝上さんもそんな話をされていました)。加えて以下のくだりを紹介されています。

濱口 日本では今、メンバーシップ型に問題があるのでジョブ型の要素を取り入れようという議論をしています。ですが、今の私のすごく大まかな状況認識は、これまで欧米で100年間にわたり確立してきたジョブ型の労働社会そのものが第4次産業革命で崩れつつあるかもしれないということです。欧米では新しい技術革新の中で労働の世界がどう変化していくのかに大きな関心が集まっています。・・・
・・・しかし今の欧米は違う。欧米ではこれまで事業活動をジョブという形に切り出し、そのジョブに人を当てはめることで長期的に回していくことが効率的とされた。ところがプラットフォーム・エコノミーに代表されるように情報通信技術が発達し、ジョブ型雇用でなくともスポット的に人を使えば物事が回るのではないかという声が急激に浮上している。私はそれを「ジョブからタスクへ」と呼んでいます。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/03/post-c4fd.html

情報通信技術の発展にともなってクラウドソーシングが拡大しており、従来の労働政策・雇用政策の枠組みでは十分に対応できないという状態が拡大しているように思われます。これについては大内伸哉先生がかねてから積極的に問題提起しておられますし、行政においても研究会、検討会が開催されて報告もまとめられています。とはいえ、まだまだこれからの議論ではあるのでしょう。
その後のベーシック・インカム論もなかなか興味深いのですが割愛させていただいて、結論としてはこうなっています。

濱口 タスク型社会になると、ごく一部の本当にプロフェッショナルとして活躍できる個人はいるでしょう。しかし、20世紀にジョブ型やメンバーシップ型のおかげで中流になった人たちはいわゆるデジタル日雇いになってしまう。その人たちを救済するためにBIを導入するというのは決して健全な社会とは言えません。だから意識的に何かを作っていく必要があります。
 それが一体何なのか。少なくともメンバーシップ型がだめだからジョブ型に移行しようという話ではありません。ジョブが崩れつつある中で、それに代わる中間レベルの社会の安定装置をどのようにして作っていくのかを真面目に考えなければいけないと思います。労働者の利益や利害をどのようにして代表し、束ねていくのか。労働者がどんどん希薄化し、自営業化していくとすれば、これまでのメンバーシップ型の一部局にすぎない労働組合が中間装置の役割を果たせないかもしれません。そうであれば団体交渉と団体協約権を持つ中小企業協同組合的なものを創造していくのか、いずれにしても真剣に議論していくべきだと思います。
https://www.works-i.com/column/policy/1803_01/

私も過去何度か書いたようにとりあえずクラウドソーシングに関してはクラウドワーカーの中間団体が報酬はじめ商慣行の改善に関与できるようなしくみとルールを作れないものかとなんとなく考えているのですが、しかし確たる意見があるというわけでもありません。AIの話が持ち上がってこのかた、関心をもってあれこれ調べてはいるのですが、今のところこの先どうなるかさっぱり見当つきませんというのが正直なところです。クラウドソーシングには在宅で働けて通勤が不要といったメリットもありますし、「デジタル日雇い」もそれなりの単価の仕事がそれなりに安定的に確保されるなら悪い話ばかりでもないはずですが、そこがわからないので、まあ最悪も想定しておく必要はあるよねという話はよくわかります。
ただ、メンバーシップからジョブへ、という話はどちらかというと潜在成長率の低下といった経済の変化にともなうものである一方、hamachan先生のいわゆるジョブからタスクへという話は技術革新にともなうものなので、少し性格が違うのかなという気はしています。対人サービスのように端的に新技術への置き換えが難しい仕事もありますし、組織的に品質保証しなければならない仕事ではクラウドソーシングの活用余地も限定的だろうと思います。そうした分野では雇われて働くという働き方も相当に存続するでしょうから、まあ「AIで90%の人の仕事がなくなるからBI」という議論に較べればぐっと地味な印象はありますが、しかし雇用や人事管理のあり方についても引き続き考えていく必要は残りそうに思えます。