日本キャリアデザイン学会研究大会

ということで学会つながりで、もう一か月以上も前に開催された表記学会の感想を簡単に書いておきたいと思います。2012年9月15日(土)・9月16日(日)の両日、「前へ!!生活・家族・仕事、そしてキャリアデザイン」をテーマに東北学院大学で開催されました。
もっとも今回は別件とセットの出張だったり、ちょうど日中関係でバタバタしていた時期で学会どころではなかったという事情もあったりであまり学会そのものの感想は多くありません(笑)。今回とにかく参ったのはホテルがとれなかったことで、なんでも大物の国際学会(もちろんキャリアデザイン学会ではない)が開催されているところに桑田圭祐が何年振りだかのコンサートをやるということで、どうやら出張できそうだという目途がたった4月下旬にはすでに市内はどこも満室。どうにか手配できたのが岩沼市の駅から徒歩25分というホテルで、16日の被災地見学セッションが仙台駅7:00集合でしたのでこれは参りました。ということで前泊も不可だったところ今回私のお役目は土曜1限めの自由論題セッションのファシリテータということで15日も東京を早朝に出発することに。
ということで開会式途中で現地に到着してすぐに自由論題ということで、私のセッションの報告は学習院大学の松原光代さんの「短時間正社員制度の長期利用がキャリアに与える影響」とベネッセの鬼沢裕子さんの「ワーク・ライフ・バランスに関する意識や経験が中高年期のキャリアの見通しに及ぼす影響」の2本でした。
松原さんの報告は電機連合ワークライフバランス調査の一環として実施した電機大手で短時間正社員として勤務している人たちのヒヤリング調査を中心としたもので、そもそも短時間正社員そのものが珍しく、かつ(通常の)正社員の人材育成やキャリアパスがそれなりに整備されていて比較対象ができるケースについてこれだけまとまった数のインタビューができたというのはそれ自体きわめて貴重な調査と申せましょう。
結果もなかなか興味深いもので、私の第一感は短時間正社員がんばってるなあというものでしたが、やはり向く仕事と向かない仕事というものがあり、大雑把にいえば拘束度の高い仕事や突発の多い仕事、あるいは試行錯誤の多い仕事は向かないが、一律に短時間だからどうとは言えないという結論だったと思います。もちろん向かない仕事ができない分キャリアには当然影響があるわけで、そこまで含めて働く人と職場の双方がしっかり理解したうえでキャリアを考えていくことができれば、スキルはあるけれど時間的制約があるとか、ポテンシャルは高いけれど一時的に時間的制約がかかるとかいった人たちのキャリアの可能性が相当に高まるということだろうと思います。ちなみに松原さんのこの調査は立派な論文になって日本労働研究雑誌の最新号(本年10月号、通巻627号)に掲載されているのでご関心のむきはぜひご参照ください。
松原さんの報告は電機連合という先進事例の紹介でもあったわけですが、鬼沢さんの報告はベネッセ(報告では一応社名は出しておられませんでしたが質疑ではカミングアウトしておられましたのでここで書いても差し支えないでしょう)というさらに最先端の事例報告でした。ちなみに鬼沢さんは(無粋ながら見た目たいへんお若く見えたので驚いたのですが)ベネッセのはえある育児休業取得者第一号という、我が国のパイオニアの一人でいらっしゃいます。
ということで世間に先駆けて女性活用・機会均等やワークライフバランスなどに取り組んだ最先進企業でなにが起きたかという内容で、まあやはりワークライフバランスに対する意識がキャリアに対する意欲やビジョンに影響することが示されたわけですが、そういう人事管理をする企業だからそういう人が集まるのだろうなあとか、周りで見ている男性もそれなりに意識やビジョンに変化があるのだろうなあとか、いろいろと想像の広がる報告であったと思います。
コメンテータに指定された新島短大教授の山口憲二先生による適切なコメントと、永瀬伸子先生や武石恵美子先生はじめ多くの方による活発なディスカッションにより、たいへん有益なセッションになったと思います。私はといえば、ちょっとタイムキープに失敗して(いや何度かチーンと鳴らしもしましたが)しまい、山口先生のコメントの時間が窮屈になってしまいました。山口先生申し訳ありません、って読んでないか。いずれにしても出席各位のご協力もあって時間内になんとか収まりましたし、私個人の身びいきな感想としては、どちらの報告も(特に我が国では)先行研究も少なく、機会均等もワークライフバランスポジティブアクションも政策として一定の歴史を持つに至り、まだまだ先進事例に限られるとはいえ、これらがキャリアデザインという中長期のテーマとの関連性で論じることができるようになりつつあり、そこに研究の新たなフロンティアが開けていることを示した有意義なセッションであった…などと思ったところです。出席各位のご協力にあたらめて感謝申し上げます…ってだから誰も読んでないって(笑)。
さて先に書いたとおり私は不真面目にもここで学会を抜け出して岩沼市に向かい、別件の野暮用を片付けてからまた学会へと舞い戻りました。なんとか川喜多先生の会長公演には間に合わせたいと思って急いで帰ってきたところ演壇に中村恵先生が立っておられ、そこではじめて会長が交代したと知りました(笑)。まあ総会をさぼったから仕方ないよね。もちろん中村先生のお話はたいへん立派かつ有益なもので、働き方やキャリアは従来から多様であったところ近年はその多様性がさらに急速に拡大していてキャリア研究も従来の先入観や固定観念などにとらわれない自由さが求められていることや、自らの関心分野を狭く限らず、広く興味を持って知見を広めることの大切さを訴えられて、わが身を顧みて反省するところの多いご講演でした(いやこうまとめると中村先生としては「そんなこと言ったかね」と思われるかもしれませんが)。
2日めの午前中は前述のとおり学会企画の被災地見学プログラムで、長くなってきましたので感想はまた追って書くこととして午後のプログラムの感想に移りますと、まず学習院遠藤薫先生が「震災後社会とキャリア・デザイン」と題して基調講演をされたのですがすみません寝てました。早起きの話をくどくどと書いたのはこの言い訳でして(笑)、と笑ってごまかす私。切れ切れに聞こえた中ではレジリエンシー、レジリエントということばが印象に残りました。というか、後日別の国際シンポジウムに参加した際にも実はこれが隠れたキーワードになっているのに気が付いて、ああそういえばと今さらながらに思ったのでありました。
続くパネルは、地元でキャリア支援のNPOをやっておられる中山聖子さん(NPO法人ハーベスト代表理事)、印刷会社経営の針生英一さん(ハリウコミュニケーションズ(株)代表取締役)、東北学院大学教授の阿部重樹先生がパネリスト、学会新会長の中村恵先生が指定討論に立たれ、コーディネータは吉田祐幸宮城県北部地方振興事務所長が務められました。
実は各パネリストが一通り発言され、中村先生とのやりとりがだいたい一巡したかな…というところで携帯電話で呼び出されてしまい、結局戻れず仕舞になってしまいましたので、全体的な感想はありません。ということで断片的な感想を簡単に書きますと、中山さんは地元の各界で活躍しておられる社会人講師をネットワーク化し、少人数の学生さんがその社会人講師を囲んで話を聞き、意見交換するというセミナーイベントを主宰して大成功を収められている方(なにしろ、こちらから「営業」をしなくても学校サイドから十分な数の開催要請があるというのですから大したものです)とのことでした。なるほど、仙台くらいの規模の都市であれば、こうした社会人講師もそれなりに相当数を集められるでしょうし、そのネットワークで営業先をカバーするにも手頃なスケールでしょうし、なによりある程度の規模で人材を独占できるので競合が現れないというところが強みなのだろうと思います。
針生さんは親の代からの印刷会社経営とのことでしたが、社名にもみられるように単なる印刷業を脱却し、地方政府刊行物の印刷を手掛けたところからスタートして自治体や公共団体に機関誌や情宣物の企画をプロモートして採用されればその印刷だけでなく取材・編集まで請け負ってしまうというビジネスモデルで業容を拡大しているとのことです。その一部にキャリアデザイン物があった関係で、印刷・編集だけではなく、キャリア教育の委託事業も受託したりして、やはり中山さん同様に社会人講師によるキャリア教育をコーディネートする事業を手掛けてもしたりしているということのようです。
お二方ともに、あまり上段に構えず、力みも感じられず、たいへんいい感じで、ローカルでニッチなところにいいポジションを構えているなという印象でした。特にいいのは、政治がけしからんとか教育はかくあるべきとか社会が問題だとか企業の人事管理を変えるべきだとかいったことをほとんど言わずに、自分たちの事業を通じて社会に役立てばいいなという自然体なところだろうと思います。まあ私がいなくなってからそういう話も出たのかもしれませんが、できうればお二方にはそういう余計なことに力をさかずにこのまま自然体でご活躍願いたいものです。
阿部先生はボランティアを大学教育・キャリア教育に積極的に活用する試みをされているとのことで、まあ印象としては学生によるだろうなという感じでしたが、まだ試行錯誤しながらということのようですし、震災ボランティアという特殊環境もあることですから、よりよい成果とその定式化が期待されるところでしょうか。中村先生からは、先生勤務の神戸学院大でも類似の取り組みを進めており(こちらは震災の先輩でもあり)、やはりいろいろな困難があるとのお話もありましたが、まあ素人目には学校の特色という意味でも値打ちがあるような気もしました。
ということでもう1ヶ月半も過ぎてしまったのでやや印象の薄れている部分もあるのですが、頭のこのところ使っていない部分を活性化できたので、やはりたまにはこういうイベントに出ることも大切かなと思っています。そう考えると本日の日本労働法学会に出られなかったのはやはり残念です。