ワーク・ライフ・バランス(4)

 平成16年6月に発表された厚生労働省の「仕事と生活の調和に関する検討会議」報告書をみてみよう。以前にも紹介したが、この報告書では「仕事と生活の調和が図られている状態とは、一定の制約のある時間帯の中で働く者が様々な活動に納得のゆく時間配分ができるような状態であるということができる」とされている。したがって、総論に続く各論の最初に「労働時間について」が来る。おもな論点は2つあって、ひとつは労働時間を短くして生活時間を増やしましょうという点で、具体的には時間外労働の削減と年次有給休暇の取得促進があげられている。失業者や、労働時間と所得の増加を望んでいる人からすれば余計なお世話だろうが、全体的な傾向としてはそういうことなのだろう。もうひとつは労働時間の自由度を高めようというもので、労働時間規制の緩和などがあげられている。
 労働時間に続いては「就業の場所」があげられている。ここでのおもな論点は3つで、ひとつは転勤に関する配慮である。ふたつめは在宅勤務で、生活の場において仕事時間と生活時間を自らの希望に応じて調和させつつ働くことができるというだけでなく、通勤負担の軽減という利点もある。もうひとつは複数就業、いわゆる兼業である。在宅、複数といった働き方が拡大するよう諸制度の整備が必要としている。
 時間、場所に続くのは「所得の確保」である。おもな論点としては、最低賃金や退職金税制・企業年金制度などの就労多様化に対応した見直しがあげられている。たとえば最低賃金についてはフルタイム正社員を念頭においた日額、月額ではなく、時間額に統一していく、といった内容である。興味深いのは、「職業生涯の過程における多様な資金需要への対応」があげられていることで、「育児・教育・介護・住宅取得・長期休暇など職業生涯の各段階での様々な活動が円滑に行われるためには、直接・間接に資金の裏付けが必要となる」と、職業キャリアにとどまらない、生涯キャリアの観点をふまえて、資金確保・資産形成をめぐる政策的取り組みを求めている。さらに、その後にわざわざ「均衡処遇」の章を独立して設け、「雇用管理区分の間において賃金等の処遇の面での差がある場合でも、その差が合理的なものであることが重要である」として、「例えば何をもって均衡処遇というか、あるいはどのような処遇差を合理的というかといった判断について企業ごとに労使が話し合い、合意することを促すような仕組みを整備する」などの取り組みを促している。
 そして、最後の章は「キャリア形成・展開について」にあてられている。ここでは、「従来、キャリアの形成・展開については、職業キャリアを中心に据えて…議論されてきた。しかし、「仕事と生活の調和」を考えると、一度きりしかない人生をどのように生きるかといった人生キャリアの形成・展開全体を考える中で、職業キャリアの形成・展開に係る施策を考えていくという視点も併せて必要となる」との問題意識が提示されている。これは日本キャリアデザイン学会の理念とも大いに共通するものであろう。そのうえで、政府や企業の諸施策が多様化する生き方に対応したものとなることを求めている。「キャリア権」への言及があるのも注目されるところである。
 いろいろと興味深い論点、大胆な提言を含んでいて、発表当時はかなり話題になった報告書ではあるが、無理な議論も多く、実現した内容、実現に向かっている内容は決して多くない。今読んでみると、「仕事と生活の調和」よりも、「正社員の長時間労働非正社員の低賃金」そのものを問題視しているという印象を受ける部分も多々ある。報告書でも一応は言及されているが、「仕事と生活の調和」、ワーク・ライフ・バランスは労働時間や賃金の問題にはとどまらないし、職業キャリアの問題にもとどまらないだろう。広い意味でのキャリアデザイン、その背後にある個人の価値観といったものまで含めて考察を深めていく必要があるのではないだろうか。