小沢新代表さん、大丈夫?

新たに民主党の代表となった小沢一郎氏が、報道各社によるインタビューで終身雇用と年功序列を高く評価したそうです。

 ――格差社会の問題をどう考えるか。
 「終身雇用と年功序列は、日本社会が考えたセーフティーネットの最たるものだ。非正規社員ばかり採用すると、忠誠心がなくなる。自分の会社に骨を埋める層を確保する方が、会社にとっても良い。一方で、総合職やキャリアをめざす人は身分保障をなくす。日本社会はキャリア層まで年功序列や終身雇用になっているのが問題で、そこに自由競争の原理を採り入れればいい」
(平成18年4月11日付朝日新聞朝刊から)

なんだか意味不明の発言ですねぇ。大丈夫でしょうか、小沢一郎さん。


まずは「終身雇用というのは死ぬまで雇用するのか」というお約束のツッコミを入れたうえで、「終身雇用と年功序列セーフティーネット」というのは、生計費が安定的に確保されるというくらいのつもりで言っているのでしょうか?まあ、年功序列にもいろいろな水準があるにしても、たとえば年功序列を代表する公務員の賃金はおよそ「セーフティーネット」というには高すぎるでしょう。セーフティーネットというのは「落ちたときに網があるから大怪我をしない」という趣旨なのですから、多分に家族生計費が念頭におかれた(かつての)日本の年功賃金の水準が「セーフティーネット」だ、というのはいくらなんでも無理があり、意味不明です。まあ、セーフティーネットを高くすることは格差の縮小にはなるのでしょうが…。
また、長期雇用と年功序列が「忠誠心のため」というのはいかにも表面的な理解でしょう。もちろん、忠誠心が高く、「自分の会社に骨を埋める」覚悟があることは一般的には望ましい(個別には例外も多々あるでしょうが)ことだろうとは思いますし、安心感が意欲や生産性を向上させることも間違いないだろうとは思います。しかし、長期雇用はなにより長期的な人材育成・能力開発を意図したものであり、年功序列はその結果として傾向的にそうなったというのが多くの実態でしょう。
ですから、「総合職やキャリアをめざす人」(というのがどういう人なのかはっきりしませんが)にとっても長期雇用は重要です(むしろ、めざさない人以上に重要かもしれません)し、すでに民間企業では経営幹部層では年次の逆転はあたりまえのことで、年功序列の傾向はかなり薄れています。自由競争(というのがどういうものなのかも実ははっきりしませんが)の原理といいますが、なにも長期雇用だから企業に拘束されているわけでもなんでもなく、基本的に転職はいつでも自由にできるわけですから、長期雇用だから自由競争ではないということにもならないでしょう。また、身分保障(これまた意味するとことがはっきりしませんが)も労働条件の重要な一部であり、それが人材確保のために必要となることも多い(だから公務員が就職先として人気が高いわけで)のですから、こと採用に関しては「身分保障をなくせ」というほうがそれこそ自由競争に反するのではないでしょうか。逆にいえば、「総合職やキャリア」でない、比較的スキルの高くない仕事については長期雇用も必ずしも重要ではなく、したがって現実にもこうした仕事については長期雇用でも年功序列でもない雇用が多用されています。
格差社会の問題」を問われてこう答えたということは、現状を逆転させて、スキルの高くない仕事を長期雇用・年功序列にして、高スキルの仕事を自由競争(ってホント何なんだ)にしろと言っているのでしょうか。しかし、スキルの高くない仕事まですべて長期雇用・年功序列でやってきたことはこれまでもなかったはずですし、スキルの高くない仕事に年功賃金を支払うことは人事管理上かなりの無理があります。
また、高スキルの仕事を自由競争にしろというのも、そもそも転職を繰り返していては形・蓄積できないスキルもたくさんあるということは別として、「格差社会の問題」の解決にはつながらないでしょう。自由競争になれば企業は高スキル人材を育成しなくなり、能力向上のコストは労働者に転嫁されます。その回収の必要もあり、稀少なスキルの人材は現状よりはるかに高額の報酬を得るようになるでしょう。高報酬を受け取る人はより高い能力を得るために高いコストを負担できますから、ますます高報酬を得ることになる一方、比較的低報酬で能力向上コストの負担力の乏しい人は、いかに小沢氏のいう「年功賃金のセーフティーネット」があるとしても、スキルが陳腐化して低報酬にとどまるでしょう。結果として格差は拡大するはずです。
おそらく小沢氏は正規・非正規の格差を念頭においているのでしょうが、企業の人材戦略や賃金制度を直接的に規制することで格差を縮小させようという考え方には無理があるのではないでしょうか。人事・賃金で平等を実現しようというのは、つきめれば全員を国家公務員にするというような発想であり、これがうまくいかないことはすでに明らかです。政府の役割は、賃金で格差が発生することを前提に、それが大きすぎると考えるのであれば、たとえば所得税をより累進的にするなどの再分配政策を強化することではないかと思います。