すわ「残業代ゼロ」

この22日に政府の産業競争力会議が開催され、いよいよ多様で柔軟性ある労働時間制度の提案が出てきたということで、一部メディアがすわ残業代ゼロか、といい感じで燃え上がっておりますな(笑)。

 政府は22日の産業競争力会議(議長・安倍晋三首相)で、労働規制を緩和し、法律で定める時間より働いても「残業代ゼロ」になる働き方を一般社員に広げる議論を始めた。働き手本人の同意が条件だが、厚生労働省は、経営者の立場が強いため、本人同意が強制されるとの懸念から慎重な考えを示した。長時間労働の拡大につながりかねず、大きな議論を呼びそうだ。
 民間議員の長谷川閑史(やすちか)・経済同友会代表幹事が22日、労働時間ではなく、成果をベースに賃金を支払う仕組みを提案した。例えば、子育て中の女性などが退社後に自宅に持ち帰って仕事ができるようになれば、企業は子育て・介護世代を活用しやすくなり、雇用が増えると主張した。
 議長を務める安倍首相は「時間ではなく、成果で評価される新たな仕組みを検討してほしい」と指示した。今回の提案では、年収が1千万円以上など高収入の社員のほか、労使合意があれば一般社員も「残業代ゼロ」の対象とする。長時間労働の拡大を防ぐため、政府が労働時間の上限の基準を示し、労使で決定することも盛り込んでいる。
 一方、出席した田村憲久厚労相は「労使関係では企業の力が強い」と語り、対等な立場で本人同意を得られるかどうかについて懸念を示した。対案として、始業・終業時間を自由に選べるフレックスタイム制などを推進すれば、柔軟な働き方は実現できるとした。
 ほかの民間議員からは異論は出なかった。次期経団連会長の榊原定征東レ会長は「自分で働き方を選び、その成果により(企業が)お金を払う制度で、残業代ゼロの批判はあたらない」と会議後に語った。
平成26年4月23日付朝日新聞朝刊から)

そこで実際にどんな提案がされたのかを見てみますと、官邸のウェブサイトに資料が掲載されていて(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/skkkaigi/goudou/dai4/siryou2.pdf)、大別2種の案が示されているようです。
ひとつめは「Aタイプ(労働時間上限要件型)」ということで、ジョブディスクリプションがヘチマとか業務計画が滑った転んだとかいう人事管理の話が紛れ込んでいていささかまぎらわしいのですが(書ければいずれ追々書いていきたいと思いますが実際この長谷川主査提出資料はなにかと出来のよろしくないところがあります)、ごく大雑把にいえばこんなものでしょう。

  • 制度対象者は、国が示すガイドラインをふまえて労使(当初は過半数労組に限定)で決定し、適用には本人同意を要する。
  • 年間労働時間の上限や休日数の下限などを国が示した一定の基準を踏まえて労使で設定し、実際の労働時間に限らず賃金は一定額とする。
  • 健康確保措置は別途厳格に行う。

こんな感じでしょうか。もう20年くらい前になると思いますが、電機各社を中心に、一定時間分の残業代をあらかじめ支払ってしまい、それを超えなくても減額はしないという疑似ホワイトカラー・エグゼンプション制度が検討導入されましたが、それに近いイメージだと思います。当時は一定時間を超えて就労した場合は付加的に割増賃金を支払うこととなっていたと思いますが、今回の提案は(あまり明確ではないのですが)一応は上限を超えることは認めないというものに見えますので、より厳格なものといえるでしょう。だとすると、これは労働時間そのものの上限規制を導入するというものですので、けっこう画期的な提案なのかもしれません。
でまあこれが「労使合意があれば一般社員も」という話になるわけで、たしかに対象者の範囲をどうするか、労働時間や休日の規制レベルをどうするか、賃金水準をどうするかによって大きく異なってきそうです。行政が一定のガイドラインは示しつつも、労使合意に多くをゆだねる形になっているようなので、いかに労使の対等性を確保するかが重要になりそうです。まずは過半数労組ということにしているようですが、たとえば労働契約法の検討過程で示されたような2/3以上とかの特別多数労組とか、非正規が多くて過半数にはならなくても社員についてはユニオンショップ協定があるとかいうくらいにハードルを上げてもいいのかもしれません。
対象者については現時点での職務や地位だけではなく、キャリア全体を踏まえて考えることが決定的に重要でしょう。霞ヶ関のキャリア官僚が入省直後から労働時間の実態と割増賃金が一致していない(という実態があるのではないかと思うのですが)としても文句を言う人はあまりいないはずで、民間企業においてもいずれ幹部クラス昇進が確実なホワイトカラーやエンジニアなどは早い段階から対象者としていいのではないかと思います。というか、そういう人たちが思う存分働いて、技術力や専門能力を高めていくことで、未来のわが国産業経済が支えられるわけで。ただまあ、これは早期に幹部候補とそうでない人を区別することにつながるので、そこに抵抗感がある人はいるかもしれません。
労働時間や休日の規制も、職種などによって実態に応じたものとしていくことが必要でしょう。上記のニーズを考えれば、別途健康確保措置などを担保しつつ、それなりに思う存分働けるような規制であるべきではないかと思われます。「いくら思う存分といったって、さすがにこの仕事ならこのくらいにしておけよ」という水準を個別労使関係の中で適切に決定していくことが望まれるわけで、行政のガイドラインも過度に拘束的なものにならないことが求められるでしょう。
さてもう一つのご提案は「Bタイプ(高収入・ハイパフォーマー型)」ということで、こちらは集団的合意は要せず、一定の年収用件(概ね1,000万円以上)を満たせば本人同意で適用できる、健康確保策は別途行う、というもののようです。集団的合意を要しないのに当面は過半数労組のある企業に限定するというのはやや不思議な感じがしますが、まあ健康確保や就労状況の把握などに労組の牽制が期待されているのでしょうか。
こちらは、さすがに年収1,000万円も稼ぐ/支払うような労働者であれば、当然その仕事も時間の切り売りではないでしょう、ということでしょうか。年収と個別同意という要件はシンプルでわかりやすく、予見可能性も高いので、その点では優れた提案だと思います。ただ、「高度な職業能力を有し、自律的かつ創造的に働きたい」というだけだと、場合によっては現場監督職などが含まれてしまう可能性があり(まあなかなか年収1,000万にはならないのかもしれませんが)、とりあえずホワイトカラーに限るといったようなごく緩やかな職務要件はあったほうがいいのかもしれません。また、集団的合意を必要とすることで年収用件を下げる(たとえば700万円以上とか)しくみもあっていいように思います。
ということで、提案は人事管理の話に立ち入りすぎていてわけがわからなくなっている感はあるものの、基本的な考え方はそれほど悪くなく、まあ(特にAタイプ)今後の具体的な制度設計次第だなと思います。私としては、わが国の将来を担うべき、潜在能力と意欲のある若者が仕事を通じて思う存分にその能力を伸ばしていく、その阻害要因がなくなるような制度にしてほしいと願うところです。
さてこれに対しては田村厚労相から対案も示されたとのことですが、本日は少々長くなってきましたので提案の他の部分もふくめて次回以降に続きます。


(おまけ)
例によって、hamachan先生が「カネじゃなくて長時間労働だろう」とメディアに苦情を申し立てられているのですが…。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/post-e622.html
日経テレコン21を使って、全国紙5紙+東京の各紙がどんな見出しでこれを報じたか抜き出してみました。

「残業代ゼロ」公明懸念 連合も 長時間労働を不安視
2014/04/25 朝日新聞 朝刊 3ページ
「残業代ゼロ」乏しい規制 立場弱い働き手、抵抗できず
2014/04/25 朝日新聞 朝刊 7ページ
政府合同会議、「労働時間規制を緩和」、首相、柔軟な働き方求める。
2014/04/23 日本経済新聞 朝刊 1ページ
安倍政権、宿願に再挑戦、労働時間規制見直し、女性活用、専門職念頭に――働く人保護に課題。
2014/04/23 日本経済新聞 朝刊 2ページ
「残業代ゼロ」厚労省懸念 「企業の立場強い」 競争力会議
2014/04/23 朝日新聞 朝刊 1ページ
労働時間:制限緩和 「成果で評価を」 首相が検討指示
2014/04/23 毎日新聞 朝刊 1ページ
労働時間:規制緩和案 労使合意で大半適用 際限ない労働時間に不安
2014/04/23 毎日新聞 朝刊 6ページ
長時間労働 見直し指示 諮問会議で首相 子育て、介護…多様な働き選択
2014/04/23 東京読売新聞 朝刊 9ページ
首相「時間でなく成果」 合同会議 労働制度見直し指示
2014/04/23 産経新聞 東京朝刊 11ページ
労働報酬 時間より成果 首相、新制度検討を指示
2014/04/23 産経新聞 大阪朝刊 1ページ
首相「時間でなく成果で評価」 残業代ゼロ 検討指示
2014/04/23 東京新聞朝刊 1ページ
「過労死ない社会 逆行」 残業代ゼロ検討へ遺族が指摘
2014/04/23 東京新聞朝刊 3ページ

ということで、hamachan先生ご指摘の朝日新聞が3回にわたり・毎回「残業代ゼロ」を叫んでいるほか、東京新聞さんも見出しにしておられますな。記事本文をみても、「残業代ゼロ」が出現するのは基本的にこの2紙だけです(毎日新聞の記事には前回のホワイトカラー・エグゼンプションが「「残業代ゼロ法案」と批判され」たとの記載はあります)。
まあ記事本文中では各紙とも長時間労働健康被害への懸念を表明しているので、そこが問題だという認識はしているのだと思うのですが、それでもなお「残業代ゼロ」が見出しになるのは、長時間残業しておカネをたくさん受け取りたいという意識が国民の間にまだまだ根強い(と見出しにしている2紙が考えている)ということでしょうか。
ちなみにこれは「産業競争力会議」で検索した結果から該当する記事をピックアップした結果なので、抜け洩れがあるかもしれません。というか、「首相動静」のような記事を除けば、これらの他にこの回の産業競争力会議の内容を紹介しているのは日経新聞の「競争力会議、企業の農業参入後押し、公的ファンド、出資対象に。」という見出しの記事がひとつあるのみ。まあそれが各紙の考えるニュースバリューというものかもしれませんが、なんかバランスが悪いような気も。