やはり円高をなんとかしないと

9月9日のエントリ(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20110909#p1)のフォローです。本日の日経新聞1面の連載特集「揺らぐ世界経済 リーマン破綻3年」で、米国の雇用情勢について紹介されていますので備忘的に。

 「金融危機当時は、まさか自分に降りかかると思ってなかった」。オバマ米大統領の地元、シカゴ市の南部。ロキシー・キングさんは自己破産の手続き中だ。医療関連の職を失ったのは2010年春。1年半を経ても定職が見つからない。
 週に数時間のアルバイトと失業保険だけが収入で「食費と光熱費を払えば何も残らない」。住宅のローン返済は滞ったが価格がピークの半値以下では売るに売れず、金融機関に差し押さえられた。
 危機後に10%に達した失業率は今も9%台で高止まり。危機の震源地である住宅市場では価格の低迷が続き、ローン負担は重い。仕事と住宅をともに失ったキングさんの姿は、米家計に吹く逆風が依然強いことを示す。
 高い失業率の背景にあるのが雇用の受け皿不足だ。米国のグローバル企業は過去10年間、海外への展開を加速する一方、米国内での雇用を絞ってきた。例えばアップルの社員は5万人弱だが、同社製品を製造する台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業は中国中心に100万人規模の雇用を持つ。
 海外流出分を住宅や金融サービス分野で補うモデルも金融危機で崩れた。足元では連邦債務上限を巡る政治の混乱や欧州債務不安も嫌気され、企業の採用意欲が低下。8月は10カ月続いた雇用増が途絶え、失業率の再上昇も懸念されている。
 家計の債務調整も道半ば。可処分所得に対する債務比率は07年の130%から115%まで下がったとはいえ、このままだと過去の平均(75%)へ戻るのに10年かかる。家計が失業などのショックに弱い状態が続く。
平成23年9月16日付日本経済新聞朝刊から)

そういえば「ニューエコノミー」なんていう話もありましたがあれは何だったんでしょうねえ。米国では製造業は空洞化したが高付加価値な金融産業などが成長して産業構造高度化を果たして「うまいことやった」と賞賛されていたわけですが、結局は「海外流出分を住宅や金融サービス分野で補うモデルも金融危機で崩れた」ということと相成り、今日では大統領が製造業と輸出の重要性を訴えているわけです。
いまの円高が続けばわが国の製造業も米国同様に空洞化していくことは避けがたいと思われるところ、したがって産業構造を転換すべきだというような議論がある(9日のエントリの小幡先生とか「超」整理日記の人とかね)わけですが、米国のこの実態をみるとそうそう上手く行くような感じはあまりしません。
ということでやはり円高をなんとかしないと大変なことになるのではないかと心配しているわけです。「例えばアップルの社員は5万人弱だが、同社製品を製造する台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業は中国中心に100万人規模の雇用を持つ。」なんてことがソニーパナソニックで起こったら、というかすでに起こりつつあるわけで、一度出て行ってしまったらなかなか戻ってこないだろうことも明白でしょう。わが国では労働力人口が減少するのだから高年齢者雇用の拡大とか女性労働力の活用とか呑気なことを行っている場合ではないのではないか、労働力人口以上に仕事が減少しないようにするのが先決ではないかなどと考えています。

最低賃金、7円引き上げ

上のエントリを書いていて思い出したのでちょっと古いのですが14日の日経から。本年度の地域別最賃の結果がまとまり、全国平均では標題のような結果となったようです。中賃目安は6円でしたし、難しいだろうと言われていた被災県でも1〜2円の引き上げが実現していて、今年も組合は頑張ったということのようです。まあ最賃が上がること自体はたいへん好ましいことなのでまずはご同慶です。生活保護との逆転も6都府県で解消され、残るは北海道、宮城、神奈川の3道県となりました。

 厚生労働省は13日、2011年度の地域別最低賃金額の改定結果を発表した。各都道府県の審議会で話し合った結果、全国平均額は737円となり、前年度に比べ7円上がった。被災地を含むすべての地域で上昇したが、企業業績の悪化に配慮し、上げ幅は5年ぶりに1ケタにとどまった。各都道府県は10〜11月から新しい最低賃金額を適用する。

 最低賃金は専門家の間でも考え方が分かれる。同志社大橘木俊詔教授は今回の結果について「地震の影響で上げ幅が限定的だったのはやむを得ないが、震災復興が進む来年以降、民主党が掲げた“全国平均1000円”を目指して再び大きく引き上げるべきだ」と指摘する。最低賃金の上昇は企業経営を圧迫するリスクがあるものの「生活保護を下回るレベルの賃金しか払えない企業はもっと生産性を伸ばす努力が必要。低賃金の企業は、高い賃金を払える企業に取って代わられるべきだ」と強調する。
 一方で日大の安藤至大准教授は引き上げに対して慎重な立場だ。「被災地では仕事がないという現状がある。最低賃金を下げて働く場を増やし、1人でも多くの人が日々の仕事に就けるような方法も真剣に検討されるべきだ」と指摘する。今まで、生活保護との逆転解消を目指し最低賃金は引き上げられてきたが、「生活保護の受給者の多くは医療費で困っている人。生活保護最低賃金を単純に比べるのは問題」と疑問を呈している。
平成23年9月14日付日本経済新聞朝刊から)

以前も書きましたが(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20100927#p1)日本の最低賃金が米国を上回り、英国に並ぶという現行の円高ってどうなんだろうと思うわけです。橘木先生は破綻した民主党マニフェスト*1にある1,000円を主張しておられますが、仮にそれが実現すると現行レートではフランスをも上回ってしまいます。
従来からどうも橘木先生のご所論は私には違和感を覚えるものが多く(ご関心のむきは左上の検索窓に「橘木」と入力して検索してみてください)、今回のこれも、低賃金だけど多数を雇用する企業が高賃金だけど少人数しか雇わない企業に取って代わられたら困る人がいそうですよ?とか思うわけです。いやマクロでは最賃と雇用の関係については議論があって必ずしも決着していないということは過去何度か書いたとおりですが、雇用失業情勢が厳しい中では慎重に考えたほうが賢明だろうというのは大方の同意が得られるのではないかと思います。最賃引き上げは救貧政策としては筋悪だということも過去何度も書きました。
安藤先生のご意見はうなずけるもので、まあ「最低賃金を下げて」とまで言われるとこれまで労使で苦労して上げて来たんだけどなあという思いはありますが、被災地限定で仕事のない被災者に対して例外的に最賃割れで簡単な復旧作業をやってもらうというキャッシュ・フォー・ワーク的な就労は十分に考えられるものだと思います。なにしろ復旧作業はボランティアという大幅な最賃割れの労働力との競争になっているという見方もできるわけですから。まあできれば最賃割れにならないようにしっかり予算確保した上で仕事のない被災者に働いてもらえるようにしてほしいとは思いますが。
生活保護最低賃金を単純に比べるのは問題」というのはまったくそのとおりで、これは過去のエントリのコメント欄で教えていただいたのですが、生活保護費の過半は医療給付なのだそうです。となると元気で働いている人の最賃が生活保護を下回ることはありうるということになるでしょう。もちろん、就労促進の観点からは最賃が生活保護を上回ることが望ましいとは私も思いますが、絶対に下回ってはならないと考えるのは行き過ぎではないかという話です。

*1:いや政労使で合意した雇用戦略対話の目標も1,000円じゃないかとのツッコミはありそうですが、しかしその前提は「実質2%・名目3%の経済成長の実現」ですからそのようにお願いします。