現場からみた労働政策(11)雇用保険

「労基旬報」第1433号に寄稿したエッセイを転載します。
http://www.jade.dti.ne.jp/~roki/backnumber2010.html


 昨年末、労働政策審議会職業安定分科会は雇用保険法の改正に向けた報告書を取りまとめました。本稿が掲載される頃には、すでに改正法案が国会に提出され、審議が進んでいるかもしれません。
 非正規労働者が趨勢的に増加し、2000年代の半ばには雇用者全体の3分の1を占めるようになっていたのに対し、雇用保険制度の対応が十分追いついていなかったため、一昨年秋以降に雇用失業情勢が急速に悪化した際に、失業した非正規労働者が失業給付を受給できないといったケースが多発しました。そのため、昨年3月には雇用保険の適用基準の緩和(1年以上雇用見込みから6か月以上雇用見込みへと拡大)、雇止めとなった非正規労働者に対する基本手当の受給資格要件の緩和(離職日以前2年間に被保険者期間通算12ヶ月以上から離職日以前1年間に被保険者期間通算6か月以上に拡大)、いくつかのケースにおける給付の時限的な拡充、平成21年度の雇用保険料率の引き下げ(一般事業の場合1.2%から0.8%)などを主な内容とする改正法が施行されたところです。
 これに対し、当時野党であった民主党はまだ不十分であるとして、昨年行われた衆議院議員選挙におけるマニフェストに「全ての労働者を雇用保険の被保険者とする」ことと「雇用保険における国庫負担を、法律の本則である1/4に戻す」ことを織り込みました。今回の法改正は、これをふまえたものとなっています。
 具体的な内容を職業安定分科会の報告書から拾っていきますと、最大の改正点は適用基準を昨年改正の6か月以上雇用見込みからさらに短縮し、31日以上雇用見込みとすることです。非正規労働者の中には2か月、3か月といった短期の雇用契約を繰り返している人も少なくないと言われ、この改正によってこうした人たちにも雇用保険を適用するようにしようということでしょう。ちなみに厚生労働省はこの改正によって新たに約255万人が雇用保険を適用されると試算しているとのことです。昨年3月の改正では約109万人が新たに適用されたということで、単純に足し算すれば2回の改正であわせて約364万人が適用を受けるようになるということになります。非正規労働者の総数が約1,700〜1,800万人と言われているのと較べればかなりの拡大です。そもそも非正規労働者、それも契約期間の短い人ほど失業のリスクは高い傾向にあるだろうことを考えれば、こうした人ほど雇用保険を適用する必要性が高いという考え方もあり得るわけで、そういう意味では今回の改正は労働市場の変化に適応した適切なものであるといえると思われます。
 もっとも、これで民主党マニフェストがいうように「全ての労働者を雇用保険の被保険者と」したかというと、必ずしもそうではありません。民間労働者についてはこの改正でかなりの程度「全て」に近づきそうですが、公務員については引き続き雇用保険は適用されないからです。これは公務員は基本的に意に反して失職することはないからということのようで、実際、労災保険などについては公務員については共済組合等がそれに代わる役割を果たしていますが、雇用保険に関しては、国家公務員退職手当法で自己都合退職などの場合に退職手当が民間労働者が受け取る失業給付相当額を下回る場合はその差額が補填されるにとどまっています。これは公務員は基本的にその意に反して失職することはないからということのようですが、現実には社会保険庁から日本年金機構に移行した際には分限免職も発生しました。制度的にはいろいろ難しい問題もあるでしょうが、公務員への雇用保険の適用も検討に値するのではないかと思われます。
 さて、適用範囲を拡大するいっぽうで、受給要件については変更しないとされています。これは短期の就労と離職・失業給付受給を繰り返すといったケースを回避するためで、就労促進の観点からはやはり適切なものといえるでしょう。
 もうひとつマニフェストに記載された「国庫負担を1/4に戻す」については、平成18年に行政改革推進法で「廃止を含めて検討するものとする」と定められ、これを受けて平成19年の雇用保険法改正で当分の間本則の55%である13.75%とすることとされたものです。実際、国際的にみれば失業給付の財源は全額保険料でまかない、国庫は負担しないのが一般的ですから、行政改革という立場からはこれを廃止すべきという意見もありうるものです。これに対し、わが国では政府も雇用失業対策に責任を担うという考え方から、国庫が失業等給付の費用の一部を負担してきました。現実には、行政改革推進法が示した国庫負担の廃止については経団連や連合など労使もそれぞれに反対を表明しており、今回の報告書も「雇用保険の保険事故である失業については、政府の経済対策、雇用対策と関係が深く、政府もその責任を担うべき」との考え方から「法律の本則である1/4とするのが本来」としました。その上で、国の厳しい財政状況に鑑み、平成23年からの実施を確実に実現することを求めています。
 もちろん、行政改革の必要性も明らかであり、国庫負担の廃止もまったく検討の余地がないわけではないと思います。ただし、その場合は国庫負担の対象となっている給付だけではなく、雇用保険制度の全体にわたって総合的に見直しを行い、労使の負担する保険料のみで運営される制度としてふさわしいものに再設計することが必要になるでしょう。
 そのほか、今回の改正で注目されるのは保険料率の改定で、平成21年度に限り特例として0.8%とされていた失業等給付に係る料率は、それ以前の1.2%に戻すこととされました(法律の原則は1.6%)。これについては、もともと0.8%に引き下げる際に、すでに労働組合などを中心に多くの反対意見が示されていました。雇用失業情勢が急速に悪化し、給付が大幅に増加する可能性が高い中にあって保険料率を引き下げることは、保険財政の理屈とは正反対のものです。にもかかわらず料率が引き下げられたのは「景気対策」などの政治的要請によるもので、今回保険財政の状況に応じてあらためて引き上げが行われたことは妥当な成り行きではないかと思われます。
 また、いわゆる雇用保険2事業については、度重なる雇用調整助成金制度の拡充などによって積立金が急速に減少し、財源確保が必要な状況となっています。これに対しては、報告書は二事業の内容の徹底的な見直しを行った上で、雇用調整助成金等のために必要な額について、特例的に失業等給付の積立金からの借り入れを行うことで、料率については現行の3.0%から原則の3.5%に戻すにとどめるとしています。
 なお、現在平成22年度末までの時限措置として実施されている「訓練期間中の生活保障」については、報告書では平成23年度以降恒久的な制度とすべきとされています。その財源は現在一般会計でまかなわれていますが、報告書は「雇用保険の適用範囲との関係も考慮しつつ」「当部会において、早期に具体的な検討」としました。これは平成23年以降は雇用保険会計でこの制度を運用することを念頭においているのかもしれませんが、はたしてこれが雇用保険制度の範囲内の事業として適当かどうかには疑問もあります。また、恒久化する際に、制度設計によってはかえって失業を長期化させる懸念も否定できず、就労促進的な制度とするという観点から、予断のない検討を期待したいと思います。