つまらんことをしたもんだ

夕刊各紙によると、原子力安全・保安院プルサーマル発電に関するシンポジウムでやらせ発言を仕掛けようとしていたことが判明したそうです。これって何のどういう報告書なのでしょうね?

 経済産業省原子力安全・保安院が、2007年8月に国が静岡県御前崎市で開催したプルサーマル発電に関するシンポジウム前に、地元の住民に賛成の立場で発言してもらう「やらせ質問」を中部電力に要請していたことが29日、分かった。…中部電が資源エネルギー庁に提出した報告書によると、保安院のシンポジウム担当者から07年7月下旬に中部電に対し、(1)会場に空席が目立たないよう参加者を集めること(2)質問がプルサーマル反対派に集中しないよう、賛成・中立の立場の質問を作成し、地元住民に質問させること――の依頼があった。
平成23年7月29日付日本経済新聞夕刊から)

ここには国のシンポジウムとありますが社会面の記事では「中部電力プルサーマル説明会」とあってどっちなんだと思ったわけですが、どうやら問題のイベントはこれですね。
http://www.nisa.meti.go.jp/koho/symposium/pluthermal/shizuoka070826.html
森山現対策監も出講していたとの報道もありますので、まずこれで間違いないでしょう。まあこれなら「中部電力プルサーマル説明会」と書いても間違いではなさそうですが、原子力安全・保安院(NISA)の広聴・広報活動の一環として実施されており、つまり主催者は国であり、NISAはバリバリの事務局ということになります。
以前も書いたとおり私は原子力やエネルギー政策については素人であり、特定の定見があるわけでもありません。ここでは現実に学会などのシンポジウムの企画・運営にあたった経験を持つ一人として、乏しい経験をもとに感想を述べてみたいと思います。
最初に一言で言ってしまえば「気持ちはわからないではないけれどつまらないことをしたものだ」ということになりましょうか。
もちろん、原則論としてはシンポジウムには動員やサクラなどはないのがあるべき姿であることは間違いないと思います。とはいえ、現実問題としてシンポジウムの主催者なり事務局なりが「(1)会場に空席が目立たないよう参加者を集めること」に努めるのはむしろ自然な話であり特に大物の講師をお呼びしたところ思いのほか不入りだったりするとご機嫌を損ねてあとあと困ったことにこらこらこら。その成果あってか、上記ページでみたところ会場は御前崎市民会館の大ホールで客席数約800であり、当日写真ではとりあえず1階席はほぼ満員の盛況となっています。まあNISAとしてしっかりやってますというPRの場でもあるわけなので、なるべく多くの人に聞いてもらいたいというのはわからないではありませんし、あまりガラガラだと関心を持たれていないとか予算のムダ遣いとか言われるとかいう心配もあったのかなあ。意地悪く考えれば反対派の席数を減らすための動員という見方もできなくはないですが、まあ現時点での報道をみる限り動員への批判はそれほど強くはないようですね。
いっぽう「やらせ質問」、「(2)質問がプルサーマル反対派に集中しないよう、賛成・中立の立場の質問を作成し、地元住民に質問させること」を要請したことに対しては大変に批判が集まっています。まあシンポジウムの趣旨や性格を考えれば批判を受けるのは当然でしょう。もっとも、シンポジウムの主催者なり事務局なりが会場との議論を活発なものにするために(典型的には質問がなくて会場が静まり返ってしまうとかいうことがないように)あらかじめ口火役となるサクラの質問を仕込んでおくというのも、良し悪しはともかくまあ普通に行われていることではないかと思います。特定の意見ばかりが声高に主張されることで、異なる意見を持つ人が発言しにくくなることが想定される場合(それほど珍しいシチュエーションではないと思いますが)には、それへの善意の配慮としてサクラを仕組むこともあり得なくもないでしょう。
ただ、このシンポジウムでそれをやろうとしたというのは、やはり手際としてはよろしくなかったのではないかと思います。やはりテーマがテーマだけに手続き的な慎重さは十分に必要で、「動員・サクラなし」という原則に忠実であるべきでしょう。したがってまず頼まれた中電が困るだろうというのがあり、実際中電に断られていますね。
もう一つは何のためにということで、実はこのシンポジウムは体裁としてはたいへんに整っており、前半はNISAによるプルサーマルの説明ですが、後半はNISAは加わらない、ジャーナリストのコーディネートによる学者4人のパネルであり、パネリストは賛成派2人・反対派2人とバランスが考慮されています。さらに会場参加者との質疑応答の時間が1時間以上確保され、会場からの発言にも手厚く配慮されています。しかもシンポジウムの内容は上記ページで配布資料および動画がすべて(だと思う)公開されており、当日アンケートの記述も公開されています。ここまでやれば、仮に質疑応答が反対一色に塗りつぶされたとしても、それを見て地元には反対の人しかいないという誤解を与えることもないのではないでしょうか。しかも、実際の質疑応答は必ずしも反対の立場だけではなく、賛成または中立の立場からの発言も出ています(もっとも、これはNISAが中電以外のところで仕組んだ結果である可能性は否定できません)。反対意見に対する説明を公開することを通じて理解者を増やしていくこともこうした広報活動の大きな目的のはずで、反対意見ばかりだからダメだということでもないと思うのですが。
まあ、すべて公開するということで、地元にも多様な意見があることをきちんと示さなければならないと考えたのでしょうかねえ。しかし、こんな事態は想定できなかったにしても、自治体や地元との協議のプロセスで、なにかのはずみで「実は」という話になる危険性は十分想定されるわけです。となると、今まさにそうなっているように(まあ福島の事故の時点でそうなっているとも言えそうですが)、パネリストのバランスを取ったり、全編を公開したりなどのせっかくの苦労が水の泡となり、シンポジウム全体が「信頼ならない」という受け止めになってしまうわけで、多分に結果論であるにしてもつまらんことをしたものだという結論になるわけです。