NIRA「わたしの構想 高齢者が働く社会」

総合開発研究機構(NIRA)の辻明子さんから(だと思う)、機構の政策リーフレット「わたしの構想」No.9「高齢者が働く社会」をお送りいただきました。ありがとうございます。
以下から全文がお読みになれます。
http://www.nira.or.jp/pdf/vision9.pdf
「わたしの構想」はNIRAのウェブサイトによれば「複数の有識者へのインタビューを通じ、日本が直面する課題について、多様な論点を簡潔に提示します」というシリーズもので、NIRAの理事の先生方がそれぞれテーマを設定して有識者数人の見解を集めるというスタイルのようです。今回企画ご担当の理事は東大の柳川範之先生、実際のインタビューや編集にあたったスタッフとして榊麻衣子、川本茉莉、原田和義各氏のお名前が記載されています。
たいへん短いものなので内容は上記リンク先をおあたりいただくこととして簡単に感想を書きますと、まず高年齢者対象の人材派遣業を営む高齢者最高顧問(創業者)の上田研二氏と、高年齢労働力と仕事のマッチングシステム「高齢者クラウド」の開発に取り組む廣瀬通孝東大教授が登場されています。このお二方の意見から共通して浮かび上がるのが「マッチングの困難さ」で、高齢社は週3日程度の就労を念頭に原則2人で1人分の仕事をマッチングし、「給料は時給で賞与なし。年金受給者ならそれでも応じるので、会社として成り立っている」と率直に書かれています。廣瀬先生のほうは「高齢者クラウドでは、個々人の時間・空間・スキルを分解し、それらを組み合わせて1人分の働きをこなす“仮想労働者”を構成する。…それによって柔軟な就労と安定した労働力の効率的供給の両立が可能になる」ということでなんとか生産性を落とさないようにしようということのようですが、やはり使い勝手が悪くなってくることを考えれば賃金面での調整などは避けがたいということでしょうか。。
次いでオーリン工科大のリンチ(Caitrin Lynch)准教授で「ボストン郊外で注射針などの特殊な針を製造している“Vita Needle”という」「従業員の半数は74歳以上」の「家族経営の工場で、5年間に及び調査」を行ったということで、たいへん貴重な事例なのだろうと思います。ただこれは日本でもよくあるのですが「高年齢者が活躍する中小企業」の事例をあげて全企業に一般化したり「中小企業でできるのだから大企業でできないわけがない」といった議論を展開するのは危険だろうと思います。その後に出てくるBMWの事例もそうですが、うまくいった例があることはわかりますがだからあらゆるケースでうまくいくという保証はどこにもないわけで。
最後に八代充史慶大教授、大内伸哉神戸大教授と労働研究の専門家が登場しておられ、八代先生は「従業員が雇用延長を希望すれば、全て拒むことができない状況は問題がある」と問題提起され、「義務化によらずに、高齢者雇用に対する需要をどのように作るか、知恵が求められる。」と述べておられます。また、大内先生は(やや過大評価の感はありますが)実力主義の拡大やプロ型労働者への需要の増加といった雇用慣行・労働市場の変化を指摘して、「政府は、これからの雇用社会の変化を的確に予想し、国民が職業人生をとおして、高い生産性を維持して働けるような雇用政策の実現に力を入れる必要がある」と主張しておられます。
ということで5人の識者の提言から共通して浮かび上がってくるのは「マッチングの重要性およびその困難さ」であるように思われます。高年齢者は一般的に非常に多様なうえメリット・デメリットがはっきり出やすいという特徴があるわけで、もちろん個人差が大きいわけですが必ずしも使い勝手のいい母集団とはいえないでしょう。したがってマッチングも簡単ではなく、であればなるべく選択肢を広くとれるようにすることが望ましいでしょう。その意味からも、(選択肢を限定する)企業に対する雇用義務化は好ましくないと思われます。
具体的には、八代先生が指摘されるとおり「高齢者雇用に対する需要をどのように作るか」ということだろうと思うのですが、高年齢者の多様性を考えると高齢者雇用にフォーカスした需要を増やすというのはあまりうまくいきそうにありません。むしろ、労働需要全体を増やすことを通じて高年齢者への需要も増えるという考え方のほうがうまくいくのではないでしょうか。それが結局は同一企業での継続雇用にもつながっていく話ではないかと思います。
さてこのリーフレットは他にも「識者が読者に推薦する1冊」というコーナーがあって5人中3人は自著をあげておられるのですが(まあ専門家が記事の補完を意図するのであれば当然だ)、八代先生が玄田有史(2005)『仕事のなかの曖昧な不安』をあげておられたのには驚くとともに感心しました。なるほど高年齢者雇用問題の裏返しが若年雇用問題だという読み方も可能かもしれません。
さらに最後に企画ご担当の柳川先生による解題(「企画にあたって」)があるのですが、こんな記述があって、

…これらの提言から、浮かびあがってくるポイントは大きく分けて2つだろう。
 1つは、現在の高齢者は、今まで考えられてきた高齢者像とは大きく異なるという点である。…
 もう1つの点は、日本の諸制度は昔のままであり、元気な高齢者に活躍する機会や場所を十分に提供できる仕組みになっていない点である。

どうにも違和感があるのでなにかと思ったのですが、どうやら多様な高齢者ではなく元気な高齢者という議論になっているところがひっかかるようです。もちろんみんな元気がいちばんいいに決まっていますしそのための国の政策も国民の努力も十分とはいえないでしょうが、しかしやはり高年齢者は多様であって、いろいろな意味で必ずしも元気とはいえない人も多いでしょう。そうした多様性を踏まえて、それではどうマッチングしていくのか…という観点が重要ではないかと思うのですが。