ベーシック・インカムへの違和感

今朝の日経新聞の連載記事「インタビュー領空侵犯」で、経済評論家の山崎元氏がベーシック・インカム(BI)の導入を主張しておられます。

「例えば1人月5万円を配ると、家族4人なら月20万円。なんとか暮らせます。生活保護や年金、失業給付などはBIに一元化します。…社会を維持するためには所得の再配分が必要です。…”中抜き”無しでやる方が効率的です。BIは社会保障を単純化し、透明・公平・低コストにします」
───財源はどうしますか。
「1人月5万円なら1億2,500万人で年に75兆円。2007年度の社会保障給付は年金が約48兆円、医療が約29兆円、その他福祉が約14兆円でした。医療は今の仕組みを残し、年金と福祉の財源計62兆円を置き換えれば、あと13兆円。消費税なら5%強です。…社会保険庁もいらないので浮いた経費を回せます」
───誰も働かなくなるのではありませんか。
「…働く意欲を妨げません。稼げば稼ぐだけ自分の生活の改善になります。例えば私は物欲も旺盛だし、給付金が1人月5万円では不満足だから働きます。1人でも十分に生きていけるような金額なら別ですが、それは財源的に無理でしょう」
「収入の少ない芸術家などの世帯でも、生活のベースとしてのBIがあれば成り立つし、会社員が大学に入りなおすことも可能になります。多様な生き方を促し社会が面白くなりそうです。…給付金の範囲内の生活でよければ、働かない自由もあっていいでしょう」
(平成22年3月15日付日本経済新聞朝刊「領空侵犯」から、以下同じ)

社会保険庁ではなくて日本年金機構なんですが、これはまあありがちな間違い、というか昨年中にやったインタビューで編集がうっかりしたのかもしれません。私もいまだに「地労委」とか使い慣れた古い用語が出てしまいますので、他人のことは言えません。
それはそれとして、「1人月5万円を配ると、家族4人なら月20万円。なんとか暮らせます」とのことですが、それは4人家族であれば、ということで、単身者だと5万円です。それで生活保護、年金、失業給付などは一元化するというわけですから、これはゼロになるということでしょう(そうでないとその後の財源の話の辻褄が合わなくなります)。しかし、生活保護は地域により人により違うわけですが、年間100〜200万円くらいの人が多いのではないでしょうか(最低賃金といい勝負だというのですから)。年金も、これまた人によるのですが、普通に保険料を納付していた人なら老齢基礎年金だけで80万円弱くらいあるはずで、元勤め人であればこれに老齢厚生年金が上積みされることも多いでしょう。失業給付についても、最低賃金で働いてもフルタイムなら月額5万円は楽に超えるはずです。「例えば1人月5万円を配ると、家族4人なら月20万円。なんとか暮らせます。生活保護や年金、失業給付などはBIに一元化します。」という表現は、BIがあれば生活保護や年金、失業給付がなくても「なんとか暮らせます」という印象を与えますが、それはあくまで「4人家族」であればの話で、単身者や借家人などでは、別の収入がなければ「暮らせない」水準であることには注意が必要でしょう。実際、山崎氏自身も後のほうでは「1人でも十分に生きていけるような金額…は財源的に無理」と述べています。
つまり、山崎氏は「社会を維持するためには所得の再配分が必要です」「効率的です」などと、あたかも再分配機能が強化されるかのような表現を用いていますが(もちろん「必要」は存在すれば足り、「強化」までは要しないわけではありますが、与える印象としては)、従来の生活保護、年金、失業給付の対象者にとっては、負担が同じであれば(実際は消費税引き上げが必要な分はおそらく負担増になるのでなおさら)再分配機能は低下することにも注意が必要です。もちろん、これらのいずれも対象外の貧困者というのもいるでしょうから、そういう人には再配分強化になるわけですが…。
いずれにしても、効率化だのなんだの言っても、結局は消費税率を5%以上上げなければいけないわけですね。まあ、税率5%で月5万円ということは月100万円以下の消費であればプラスにはなるわけですが、それでもネットでみた給付は5万円以下ではあります。それで、生活保護も年金も失業給付もなくしてしまっていいものかどうか、まあ山崎氏のような売れっ子経済評論家なら年金がなくても平気かもしれませんが、私などはどんなものかと思うのですが…。
「収入の少ない芸術家などの世帯でも、生活のベースとしてのBIがあれば成り立つし、会社員が大学に入りなおすことも可能になります。」ってのも、それで収入がBIだけになってしまう他の家族はいい迷惑ですよねぇ。なにしろ、BI+勤労所得で月50万円とか60万円とかの収入があった家計が、いきなりBIのみの月20万円になってしまうわけですから…。そういうのは山崎氏にとっては面白いのかもしれませんが、当事者は面白いかどうか…。まあ、赤貧洗うがごとき売れない芸術家の中には、先進的すぎて没後ようやく評価される、という天才もいますから(ごくごく少数でしょうが)、そういう人にとっては干天に慈雨、その後の人類にとってもおおいにけっこうな話になるかもしれませんが。
ということで、「社会保険庁」という語を放置した編集委員は「聞き手から」の欄でBIを「所得や期間の制限のない、より確実なセーフティーネットができれば、生き方の自由度は大きく広がるだろう」と評しているのですが、残念ながら月額1人5万円は「生き方の自由度は大きく広がる」にはいかにも水準が低すぎて不十分という印象です。
さて、私がいちばん気になるのは、「働く意欲を妨げません」という部分です。山崎氏は自分を例に引いているのですが、日経新聞のインタビュー記事に登場するような有能な人はそれは当然働くわけであって、問題はそうでない人たちです。まあ、月額5万円はたしかに低額なので、給付が手厚すぎて貧困の罠におちる可能性は相対的に低いかもしれません。ただ、働いても月額5万円のBIに月額10万円の賃金で合計15万円、ということでも「働く意欲を妨げないからいいのだ」というわけには参らないでしょう。もちろん、「給付金の範囲内の生活でよければ、働かない自由もあっていい」というのは一面の正論ではあると思います。ただ、いっぽうで就労を通じて生計費を稼得し、「自立」することが望ましいことも私には間違いないことのように思えます。BIがあれば職業訓練や失業対策などは不要だ(ということだと思うのですが)、という考え方は、こうした「自立」を妨げる点できわめて問題が大きいように私には思えます。ただ、これは私が民間企業の人事屋だから特にそう思うに過ぎず、経済評論家からみれば「能力の低い奴等はBIを貰って清く貧しく生きてくれ」「BIを導入して職業訓練やマッチングにはカネを使わないのが『効率的』だ」と思うのかもしれませんが。
とにかく、私としては現役世代については失業者には失業給付(といわゆる第2セーフティネット)、就労していても所得の低い人には勤労所得税額控除、そして就労が困難な人にはミーンズテスト付の生活保護という組み合わせがいいのではないかと思っています。
なお、余談ながら、どこかでコピペできないものかと思ってウェブ上を渉猟していたら(結局コピペはできなかったのですが)、あちこちのブログでこのコラムが取り上げられていて、しかも大半は好意的に評価しているので驚きました。で、その大半、とまではいかないにしても相当部分は、ここに反応してるんですよねぇ。

「…例えば年金は積立金で無駄な施設が作られ官僚が天下りします。」

───実現の可能性は。
「非常に困難です。今の社会保障の仕組みで食べている官僚が多いからです。BIは官僚機構をシンプルにして権限と天下りを取り上げる、行政改革のツールでもあります。それゆえに大きな抵抗が必至です。…」

うーん、官僚が抵抗するものはすべて正しいとか、天下りをともなうものはすべてけしからんとか、きわめて情緒的に短絡した議論が多いこと多いこと。印象としてはザクザク出てくるという感じです(もちろん誇張です:具体的なブログ名を出す気もありませんのですべて私の印象論としてお読みください)。まずはなんとなく良さそうな話を上手にされたあとで、続けて「でもこれは官僚が抵抗するからできないんですよねぇ」と言われると、もう最初の話が無批判にすばらしいものに思えてしまうという、何なんでしょうかねこのメンタリティは。催眠商法に使えるかもしらん。いやホント、シャレにならなかったりして。(冗談ですよ、冗談)