現場からみた労働政策(7)セーフティネット

転載転載でなんとか遅れを取り戻しました(笑)。今日は「労基旬報」1422号(2009年10月5日号)に寄稿したエッセイの転載です。
http://www.jade.dti.ne.jp/~roki/backnumber2009.html


 8月31日に実施された総選挙の結果を受けて、9月16日には民主党を中心とする鳩山新政権が発足しました。新政権は民主党が「マニフェスト」で公約した諸政策の実現に意欲を見せていますが、労働政策ではどのようなメニューが盛り込まれているのでしょうか。最低賃金については前回取り上げましたので、今回はマニフェストで「セーフティネット」としてうたわれている項目をみていきたいと思います。具体的には「月額10万円の手当つき職業訓練制度により、求職者を支援します」というものと、「雇用保険を全ての労働者に適用する」というものの2つです(前回取り上げた最低賃金も重要なセーフティネットですが、なぜか民主党マニフェストでは最低賃金の項目にはセーフティネットという記載はありません)。
 民主党マニフェストの「政策各論」には、それぞれの個別項目について「政策目的」「具体策」「所要額」が記載されています。「月額10万円の手当つき職業訓練制度により、求職者を支援します」については、政策目的が「雇用保険生活保護の間に「第2のセーフティネット」を創設する」「期間中に手当を支給することで、職業訓練を受けやすくする」の2つで、具体策は「失業給付の切れた人、雇用保険の対象外である非正規労働者、自営業を廃業した人を対象に、職業能力訓練を受けた日数に応じて「能力開発手当」を支給する」というものです。所要額は5000億円程度となっています。一方で「月10万円」と書き、他方では「職業能力訓練を受けた日数に応じて」となっていて、少しわかりにくいのですが、これは10万円が上限という趣旨でしょうか。
 これについては、すでに類似の制度として前政権が2008年8月の「安心実現のための緊急総合対策」で創設した「訓練期間中の生活保障給付制度」があります。非正規雇用から失業した人の中には雇用保険の受給資格がなく、失業給付や訓練延長給付を受けることができない人も多いため、それに代わる制度として設けられました。当初は対象者がかなり限定されていましたが、その後繰り返し拡充され、現在では原則として公共職業訓練(離職者訓練)を受講している人に月12万円(扶養家族を有する場合)を貸し付け、一定の要件を満たせば返済が免除される制度になっています。
 さて、マニフェストにはこれ以上の記述はありませんが、今年(2009年)3月に民主・社民・国民新党が共同提案した「求職者支援法案」をみると、現行制度がまずは貸し付けて一定要件を満たせば返済免除となっているのに対し、民主党はこれを渡し切りの手当にしようとしているようです。また、現行制度は雇用保険特別会計(二事業)による3年間の期限付となっていますが、民主党はこれを一般財源による恒久的な制度としようとしているようです。
 財源については、雇用保険の被保険者以外も広くカバーする制度であり、事業主のみが拠出している二事業ではなく、一般財源を使うのが正論と言えそうです。一方で、民主党が主張するように「雇用保険をすべての労働者に適用する」のであれば、上限2年+αの訓練延長給付もすべての労働者が対象となるわけで、となるとこの制度はそれをさらに上回る長期失業者が主たる対象ということになります(加えて、自営業をたたんで新たに仕事を探しはじめた失業者のように被保険者とならなかった人や、被保険者であっても加入期間が短いために失業等給付の給付対象とならない人なども対象となるでしょう)。もちろん全員が上限まで受給するわけではありませんが、それにしてもこの制度の必要性が高いのは失業が長期化しがちな、雇用失業情勢が相当厳しい時期に限られるでしょう。となると、恒久的な制度とするよりは、必要性の高くなった時点で機動的に発動できるような制度としたほうがいいかもしれません。なお、月10万円ですから一人の受給者が受け取る年額は最高120万円となります。それで計算しても所要額5,000億円は単純計算で40万人分以上に相当しますが、そこまで対象者が多いかどうかは疑問が残ります。
 次に「雇用保険を全ての労働者に適用する」をみてみると、政策目的が「セーフティネットを強化して、国民の安心感を高める」「雇用保険の財政基盤を強化するとともに、雇用形態の多様化に対応する」となっており、具体策は「全ての労働者を雇用保険の被保険者とする」「雇用保険における国庫負担を、法律の本則である1/4に戻す」「失業後1年の間は、在職中と同程度の保険料負担で医療保険に加入できるようにする」とされています。
 やはりマニフェストに記載されているのはこれだけですが、昨年末に民主党などが提出した「緊急雇用対策関連4法案」の中の雇用保険改正案などをみると、65歳以上の高齢者を除き、雇用される人は原則全員雇用保険の被保険者とするということのようで、これはたしかにセーフティネットの強化といえます。また、雇用保険における国庫負担については、失業者給付の大半は1/4(正確には給付によって異なる)となっているものの、平成19年度以降当分の間は暫定措置としてその55%とされています。これはそもそも雇用保険の財政に余裕があったことから負担を下げたものなので、財源が必要となれば「財政基盤を強化する」ために元に戻すというのは理屈が合っています。医療保険についてはわかりにくいのですが、雇われて働いていた人が失業した場合、任意継続被保険者となるか、国民健康保険に加入するかのいずれかになります。この場合、保険料が前年度年収を基準に算定され、かつ事業主負担がなくなって全額自己負担となることから保険料が高額になりがちなため、それを救済すべく1年間は保険料を在職時並とし、不足分は国庫が負担するというわけです。他にも、給付要件の緩和や給付額・給付日数の引き上げも検討されていました。
 さて、これを実現するには当然財源が必要となりますが、民主党マニフェストではこれは「ムダづかい」を改めることで確保できるとしています。被保険者の範囲を拡大することはセーフティネット拡充として望ましいでしょうが、給付については適切な金額・給付日数および要件を設定しないと、たとえば「2週間働いて60日間失業等給付を受ける」といったことが発生しかねません。民主党は一応受給には被保険者期間6か月を必要とすることを考えているようなので、それほど心配はなさそうですが、必要以上に給付を手厚くして安易な保険料率の引き上げ=労使双方の負担増につながることのないよう留意してほしいものです。
 なお、国庫負担に関しては、国際的にはむしろ行わない国が大半で、わが国でも廃止すべきとの議論が一方にあります。民主党は「雇用に対する国の責任を明確にする」という趣旨で国庫負担を維持すべきとの主張のようで、経団連や連合、あるいは厚生労働省なども概ね国庫負担は必要との考え方で一致しているようです。
 また、もう一つ注目されるのは、公務員の取扱いです。公務員は原則として解雇されることはない、したがって失業のリスクは低いということで、現在では雇用保険に加入していません。これに対し、公務員も自らの意思で退職して失業状態となることはあることから、雇用保険に加入すべき(当然、失業等給付なども受給できる)との意見もあります。民主党がこれをどう考えているのかははっきりしませんが、検討は必要でしょう。
 本稿執筆時点では、新政権は製造業派遣を禁止する意向を示した程度で、雇用政策についてはまだあまりメッセージを発信していませんが、本稿が掲載される頃にはある程度の方向性は見えてくるでしょうか。いずれにしても引き続き注目が必要でしょう。