「労働法、守られないのは日本だけ」by舛添厚労相

asahi.comから。

2009年7月2日16時23分
 舛添厚生労働相は2日、政策要望に訪れた連合の内藤純朗副会長らとの会談で、「日本では労働法が順守されていない」と嘆いた。労働法が守られているか監視するのは労働基準監督署を抱える厚労省の重要な仕事だが、「連合の大きな目標として、労働法を国民に意識させて」と逆注文する場面もあった。
 舛添氏は労働法の現状について、「スピード違反は捕まるからみんな順守する。労働はもっと大事なのに、労働基準法も(労働者)派遣法も、みんな目をつぶっている部分が相当ある」と述べた。
 労働法軽視の背景には旧労働省の力不足があったとした上で、「最大官庁の厚労省になり、前みたいに弱くなくなった」と自賛。労働法の定着に向け、連合にも組織率の向上などの努力を呼びかけた。
 会談で連合側は、09年度補正予算に盛り込まれた職業訓練中の生活費給付制度の恒久化や、最低賃金の引き上げなどを求めた。
http://www.asahi.com/national/update/0702/TKY200907020211.html

見出しは「「労働法、守られないのは日本だけ」舛添厚労相が嘆き節」となっていますが、本文記事を読むと必ずしも日本「だけ」と発言されたのかどうかは定かではありません。私の見聞の範囲なので真偽のほどには留保がつきますが、しかし諸外国でも決して労働法がすばらしくよく守られているとは申せないようですし、そもそもまともな労働法がないとか、結社の自由が制限されているとかいった国だって珍しくはないわけで。だから日本で労働法が守られなくていいというわけには決してなりませんが。
それはそれとして、「スピード違反は捕まるからみんな順守する」っていうのはどんなもんなんでしょうか。まあ、現職の閣僚がスピード違反で捕まったらシャレにならないですから大臣ご自身は制限速度を順守しておられるのでしょうが(というか、そもそも運転の機会自体があまりないのではないかと拝察しますが)、一般論として「捕まるから」制限速度を「みんな順守」しているというのは事実と異なるのでは…。
で、スピード違反をなくそうというのであれば、罰則の強化、取り締まりの強化というのは当然取り組まれるべきものであり、現実に飲酒運転の例などをみても、相当の効果があることも見込めます。いっぽう、制限速度についていえば、道路や交通の実情に合っていないことが順守されない一因であるとの指摘もあり、実態に応じてその緩和(引き上げ)も行われているところではあります。もちろん、実態に合ってないから制限速度を守らなくても仕方ないとか、労働法についても同じことだとかいうつもりは一切ありませんが。ただ、これは舛添大臣とも連合とも関係ありませんが、違反が多いから罰則や取締の強化で対応するというのは正論であり効果的でもあるでしょうが、一部には違反が多いから規制を強化する、たとえばスピード違反が多いから制限速度40km/hを30km/hにすべきだというような議論があるのは理解に苦しみますが…。
そこで、舛添大臣は「連合の大きな目標として、労働法を国民に意識させて」と逆注文をつけたそうですが、たしかに無知ゆえに法違反が起きている実態もありそうですので、これはこれで大切な取り組みと申せましょう。連合の存在意義を考えれば、大臣が連合に期待を寄せるのも、これまたもっともでありましょう。労組だけではなく、行政や使用者団体もすでに取り組んではいるわけですが、さらに一段の取り組みが望まれるものと思います。コンプライアンスへの意識は近年とみに高まっていますが、それでもなお労働法を十分に知らない経営者というのも残念ながらまだいるようです。労働法の周知は企業のリスク管理という意味でも重要ではないでしょうか。
もっとも、それこそ制限速度のように、標識が多数配置されて十分周知されているはずなのに守られていない規制というのもあるわけで、周知することの効果はやはり限定的でしょう。
それはそれとして、舛添大臣は「労働法軽視の背景には旧労働省の力不足があったとした上で、「最大官庁の厚労省になり、前みたいに弱くなくなった」と自賛」したそうですが、そんなものなんでしょうかね?もちろん、ここ数年現場の労働基準監督署不払い残業の是正に精力的に取り組んでいることはよく知られていますし、その尽力は多とするわけではありますが、しかし厚生省と合併したことによって労働行政が「弱くなくなった」という印象はあまりないのですが…。このあたりはちょっと意味がわかりません。また、「労働法の定着に向け、連合にも組織率の向上などの努力を呼びかけた」というのもちょっと…。もちろん、組織率向上は重要な課題ですし、連合には大いにその努力を期待したいところではありますが、それが「労働法の定着に向け」てやるものなのかというと、少なくとも一義的には違うのではないかという気がするのですが…。