政府による需要創出が重要

RIETIホームページの「雇用危機:克服への処方箋」、きょうはいよいよ大竹文雄先生の登場です。タイトルは「景気悪化と非正規雇用」、前回までと較べてかなり長文なので、失礼ながら端折っていきます。ぜひ原文におあたりください。
http://www.rieti.go.jp/jp/projects/employment_crisis/column_05.html
ということで、前段部分はこれまでのご紹介と重複する部分も多く、割愛させていただきます。

…派遣労働をはじめとする非正規労働に問題がなかったとはいえない。2002年以降の景気回復期に日本企業の利潤が増えた大きな理由は、非正規雇用者が増えたことによる人件費の低下である。つまり、非正規雇用者の賃金が、生産性よりも低かった可能性は否定できない。

経済学ではこうした議論になるのはよくわかります。ただ、現実の人事管理がそうなっているかというと、やはりそうではない。その時々の生産性が正確に測定できて、それに応じて賃金を自在に増減できればいいのですが、なかなかそうはまいりません。また、働く人たちがそれが経済学的に正しいと理屈で理解できたとしても、それで働く人の意欲が高まるかどうかというとそれはまた別問題でしょう。非正規雇用者の賃金が、生産性よりも低かった可能性は否定できないにしても、だから非正規雇用者の賃金が不当に低かったと考えることは無理があります。

非正規雇用の中でも、派遣労働には、社会保険への未加入、低賃金といった問題点がある一方で、派遣労働のメリットがあることも事実である。それは、派遣労働がもつ仕事と労働のマッチング能力である。失業者の多くは、職に関する十分な情報をもたない上、職探しには慣れていない。一方、求人側の企業も労働者の採用に苦労している場合も多い。そういう場合に、派遣労働は優れた役割を果たしてくれる。派遣労働があるおかげで、労働者にとっては失業期間が短くなり、企業にとっては欠員が早く解消できる。
 では、派遣労働の問題はなぜ発生するのだろうか。それは、派遣会社が、労働者よりも情報をより多くもっていることから生じる。派遣労働者は、自分が派遣先でどれだけの生産性を発揮しているかに関する情報や賃金相場に関する正しい情報をもっていない。もし、派遣会社間に十分な競争がなければ、派遣会社は高い手数料をとって、派遣労働者には低い賃金を支払うインセンティブがある。派遣会社間に十分な競争がなかったり、所得が少なく一日も早く所得を得たい失業者が多ければ、派遣労働者に支払われる賃金が、生産性よりも低くなってしまう可能性がある。派遣労働は、派遣を使わない場合に比べて早く仕事を見つけることが、多くの海外の研究で確認されている。しかし、問題点も明らかにされてきている。それは、派遣労働は、すぐに仕事を見つけることができるが、直接雇用に移行せず、長い間派遣に留まった場合では、その労働者の所得をあまり引き上げないという傾向があることだ。
 こうした問題点を解決するためには、正社員の雇用契約期間に、5年、10年といった任期付きの雇用を認めていくことも1つの方法である。そうなれば、派遣から直接雇用への転換も容易になる。短期で契約が終わるのであれば、企業は派遣労働者に訓練をするインセンティブはないが、中長期の雇用契約になってくれば、訓練して生産性を上げることが得になる。派遣会社が労働者を訓練することに政府が補助金を支給すれば、派遣労働者の中長期的な所得向上につながるかもしれない。

「長い間派遣に留まった場合では、その労働者の所得をあまり引き上げないという傾向がある」ことが問題だ、というのはよくわかります。しかしそれは「直接雇用に移行」しないのが悪いのでしょうか?たしかに、長期間雇用する人に対しては企業が教育訓練を行うインセンティブが高いのに対し、短期間雇用する人、とりわけ直接雇用でもない派遣労働者についてはそれが低くなるということはあります。したがって、たしかに5年、10年といった長期の有期契約を可能とすることには効果がありそうです。ただ、現実の教育訓練の大半はOJTであり、使用者や派遣先が意図していなくても行われるものであることにも注意が必要でしょう。つまり、より大きな問題点は教育訓練のインセンティブの高低というよりは、能力が伸ばせるような、有意義な仕事につける機会が多いか少ないか、ということではないかと思います。
ですから、常用派遣、とりわけ常用の技術者派遣などでは、派遣元が派遣労働者に教育訓練を行ったり、能力が伸びるような派遣先に派遣するように努めたりするといったことが行われています。これは登録型派遣でも決して不可能ではないはずで、派遣労働者にそうした人事管理を行う派遣会社がよい派遣会社であり、いい人材が集まって高い派遣料金を得られる、派遣先もコストパフォーマンスの高い派遣元としてそうした派遣会社を選ぶ、といった好循環を作っていく、人材派遣産業の健全育成、高度化も考えられるべきでしょう。キャリアが伸び、能力が高まれば、それにつれて雇用も安定し、賃金も上がるでしょう。一律に派遣から直接雇用への転換が必要としてしまうのには抵抗があります。大竹先生も「派遣会社が労働者を訓練することに政府が補助金を支給」と提案されていますので、一律にお考えではないようですが。

目の前の失業者を救う方法を間違えると、その何倍もの失業者が発生するだけでなく、将来、日本全体が貧しくなってしまう。急激な不況による大規模な失業を防ぐためには、政府による需要創出しかない。そのためには、増税も選択肢になる。増税してでも有益な公共投資・サービスを増加させれば、勤労者から雇用される失業者に対する所得再分配にもなる上、公共投資が私たちの生活を豊かにしてくれる。学校などの公共施設の耐震化、電柱の地中化、都市部の道路整備など明らかに暮らしの質を高める公共投資は多い。また、教育、医療、介護、育児などのサービスも不足している。公共投資や公的サービスによる雇用創出は、単なる規制強化よりも、就職氷河期世代を救い、貧困問題の解決策にもなる。

これはまったく同感です。問題は、いかに必要なところ、効果的なところで需要と雇用を創出していくか、にあるでしょう。それが担保されないと、増税に理解を得るのはなかなか困難です。現実の政策も、一応はこうした方向ですが、残念ながら財源は増税ではなく「埋蔵金」とか国債とかいう議論に終始しているのも、結局はそこが問題なのでしょう。
さて、以下は余談なのですが、このエントリでは大竹先生のコラムの後半部分をほぼ全文引用しご紹介しています。「ほぼ」というのは、実は次の短い一部のみを省略しているからです。

 欧州では、経営上の理由による解雇は認め、失業保険や職業訓練は充実するというのが大きな流れだ。この点は、日本も参考にすべきである。

さて、この部分はどこに挿入されていたか、おわかりになるでしょうか?私はこの部分が前後の流れの中で非常に唐突で、意味がつかみにくいと感じたので省略したのですが…。私の理解力不足なのでしょうか?