経済財政諮問会議民間議員ペーパー「雇用問題について」

きょう、経済財政諮問会議で「雇用問題について」という民間議員ペーパーが提出されたそうです。
http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2009/0116/item6.pdf
まずは足元の厳しい状況に対する対応について言及されているのですが、続いて将来的な方向性についても提起されています。正直なところ、まずはなにより足元の対策が重要であり、なにも力んで生煮えの中長期の議論を持ち出さなくても、という感想もあるのですが、それはそれとして、内容的にはなかなか面白いので、中長期のところについて少しコメントしてみたいと思います。
まずは民間議員ペーパーの該当部分を引用します。


2. 雇用対策・雇用創出

(中略)

(3)中長期の雇用機会創出
 10年展望に掲げられた新たな成長戦略の取りまとめに向けて、特に雇用の観点からは、以下の点が重要である。
1. 高度成長期にみられた公共事業による「直接雇用創出」からの転換が必要である。
2. 高度消費・成熟社会においては、新たな成長戦略による「戦略的市場創出」による付加価値の高い雇用創出や雇用吸収力の強化、それに応えられる人材育成が急務である。
3.「戦略的市場創出」のためには、産業政策、雇用政策、福祉政策などの垣根を越えて、横断的に対応することが必要である。政府・自治体はそうした特長を持つ先導モデルを集中的に支援すべきである。

4. 雇用増分野が労働投入型産業から技術、サービス両面でのイノベーション主導型産業へと替わっていくのに伴い、以下の点が重要となる。
‐ 柔軟な労働市場とセーフティ・ネットの強化を同時一体で行なっていくこと
OJTと公的職業訓練から、大学も含めた再教育の機会提供へと人的資本の多様なレベルアップの仕組みをつくること
‐ ミスマッチ解消の観点から、失業給付・生活支援とこうした再教育機会の提供をセットにして強化していくこと など


3. 雇用システム改革
 当面の対策はセーフティ・ネットの強化や雇用機会確保を中心としつつ、雇用機会・柔軟性創出の観点を踏まえながら、必要な雇用システム改革を十分な議論を行ったうえで、年金・医療等の社会保障改革の取組とあわせ、パッケージとして進めていく。
【論点】
雇用保険及び年金・医療等の社会保険について、ユーザー目線で制度設計すべきではないか(一体的運用、適用拡大のあり方等)
‐ 中期的には労働市場の柔軟性を高めるような制度設計を、企業の競争力の源泉となる質の高い人的資本の蓄積が損なわれることのないように配慮しつつ、検討すべきではないか
職業訓練などの積極的労働政策を組み合わせることで、入職を高める仕組みを構築すべきではないか
‐ システム改革に向けて労使双方において応分の対応が必要ではないか

直接雇用創出からの転換とか、戦略的市場創出とかいうのは、まあそのとおりなのだろうなあという感じです。それに向けて国や自治体が政策的取り組みを進めるべきだというのもそのとおりなのでしょう。いずれにしても、いわば産業なくして雇用はないわけではありますので。
で、ちょっと危ない感じがするのが「雇用増分野が労働投入型産業から技術、サービス両面でのイノベーション主導型産業へと替わっていく」という前提の置き方です。これはうっかりすると、これからは労働投入なんて必要ない、イノベーションを主導できる人材こそが必要で、そういう人材を育成すべく(労働者本人もふくめ)努力するけれど、結局そういう人材になれなかった人は必要ない、社会のお荷物としてデッドエンドワークでもやってなさい、という話になりかねないわけです。実際、これはhamachan先生がたびたび批判しておられますが、この手の議論を好む急進的な市場主義の支持者(池田信夫先生とかホリエモンとか)が、そもそもはかなりディープな社民主義の政策であるベーシック・インカムを支持するといったことが起こっているわけです。もちろん、それはそれでひとつの意見ではありますが、どれほど社会的賛同を得られるかどうかはまた別問題でしょう。
要するに「柔軟な労働市場」「セーフティ・ネット」に「積極的労働市場政策」を組み合わせた政策で、その典型、というか特異な象徴的事例が一部で強く支持されているデンマークフィンランドスウェーデンなどの北欧諸国ということになりましょう。

  • (1月19日追記)hamachan先生のブログの本日(1/19)付エントリ(http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-09f0.html)によりますと、池田信夫先生が『「スウェーデンが理想」だとか口走って、宮本太郎先生や神野直彦先生にすり寄ってきた』のだそうです。池田先生は解雇が容易で失業率が低いところに惚れたのかもしれませんが、しかし池田先生と宮本・神野両先生という組み合わせのミスマッチぶりがなんとも申せません。もちろん、hamachan先生ご指摘のとおり「北欧モデルの基礎は9割近い組織率を誇る労働組合と、労働志向的な手厚い福祉システムであり」、宮本・神野両先生もそのあたりをしかと伝授されたことでしょう。というか、はたして会話が成り立ちましたものやら…。

ただ、これらはよほどうまくバランスを取らないと危なっかしいわけで、たとえば「柔軟な労働市場」「セーフティ・ネット」に傾きすぎると、それこそさっき書いたような話に容易に陥りかねません。とりわけ、好況期には、こうした枠組みはさきほどの各国の例のように非常にうまく機能するでしょうが、いざ不況期、しかも昨今のような深刻な不況期においては、「柔軟な労働市場」が突出して失業の急増を招きかねないのではないかと心配されます。現在、これら諸国がどれほど金融危機の影響を受け、実体経済が悪化しているか私はよく知らないのですが、仮にこれら国々も不況に見舞われていて、しかもその後2年間くらい(失業率は遅行指標なので、少し長めの期間をとる必要がありそうです)雇用失業情勢が悪化しなかったというのであれば、こうした手法の有効性が確認できるでしょうが。

  • それでもなお、こうしたスキームを維持するには財源、具体的にはこれら諸国の高率な付加価値税を必要とする、という問題が別途存在し、これはこれでまた大問題ではあるわけですが。

「雇用システム改革」については、たしかに国際比較をすれば各国にさまざまな雇用システムがあるわけですが、そもそも雇用システムに唯一の正解があると考えることのほうが無理だという前提に立つことが必要でしょう(もちろん民間議員ペーパーもそうした立場に立っているものと思います)。さきほどの北欧のほか、英米にしても大陸欧州にしても、あるいは日本にしても、多くの無名の人々の膨大な努力を費やして、相当の長い期間にわたってそれなりに最適化の努力が重ねられてきたわけですから、それぞれにかなり完成度の高いものになっているといえるのではないでしょうか。したがって、「雇用システム改革」とことばは気宇壮大ですが、それほど大きな「システム改革」が必要であるとも思えませんし、また、ある程度大きな「システム改革」を行うには、そのために準備すべき周辺的環境の整備(それこそ労使関係のあり方そのものや、労働条件決定や労働政策立案のあり方など)も広汎にわたり、そちらがそもそも実現可能なのか、実現した場合の影響はどうなのか、といったことを十分に考慮にいれる必要があります。まあ、このペーパーも「十分な議論を行ったうえで」と述べていますし、引用していませんが別のところでは「専門的な観点からの十分な検討を行なうことが必要である」とも書かれていますので、そうした認識もあるのでしょう。
そう考えると、「‐ 中期的には労働市場の柔軟性を高めるような制度設計を、企業の競争力の源泉となる質の高い人的資本の蓄積が損なわれることのないように配慮しつつ、検討すべきではないか」というのはまことに味わい深い一文と申せましょう(本当か?)。まず、「企業の競争力の源泉となる質の高い人的資本の蓄積が損なわれることのないように配慮しつつ」というのは、現行の長期雇用慣行、雇用確保・内部育成・内部昇進のしくみを今後とも重視するという意味と考えられ、高く評価できます。そう考えれば、「労働市場の柔軟性を高めるような制度設計」というのも、長期雇用の解体、すなわち解雇規制の撤廃・緩和ではなく、長期雇用もひとつの重要な選択肢として評価しつつ、雇用形態の多様化を進めていく、具体的には1月8日のエントリ(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20090108)でご紹介した佐藤博樹先生のインタビュー記事にあるような方向性になるのでしょう。さらに深読みすれば、これはもはや私の願望に近づきますが、「柔軟性」は外部労働市場だけではなく、内部労働市場におけるアダプタビリティの考え方まで包含しているものと読むこともできるでしょう。
そういう観点からすると、最後の「‐ システム改革に向けて労使双方において応分の対応が必要ではないか」の意味するところが何なのか、おおいに気になるところではあります。まあ、「‐ 雇用保険及び年金・医療等の社会保険について、ユーザー目線で制度設計すべきではないか」ということで、その負担増は労使ともに受け入れよ、というくらいのことであればそれほどの問題はなさそうですが、たとえば労働者は柔軟性を高めるため解雇リスクの上昇を受け入れよとか、使用者は労働条件設定の硬直化を容認せよとかいった話になるとすると、これはかなり大きな問題をはらむことになりそうです。
経済財政諮問会議は「骨太の方針」を議論するわけですし、ここも骨太に「システム改革」「制度設計」といった用語を展開したのでしょうが、現実の議論は実情を踏まえて慎重に進めてほしいものです。