今年の10冊

 なにやらあれこれと起きた1年でしたがまあなんとか無事に暮れようとしております。ということで年末恒例のこれを。11月中旬から12月上旬は特に建て込んだためこの時期のものには抜けがあると思いますがご了承を。なお例によって一著者一冊・著者五十音順となっております。さて。

北原尚彦・村山隆司『シャーロック・ホームズの建築』

 さしずめThe Architectures of Sherlock Holmes というところでしょうか。わが国を代表するシャーロッキアンの北原尚彦氏が一級建築士でスケッチのテキストを多数執筆されている村山隆司氏とともにホームズ正典に登場する建物の外観や間取りをイラストで再現したまことに楽しい本です。建築士だけにホームこらこらこら、実は私もKindleに正典全巻が収納されている程度にはホームズ譚のファンであり、こたえられない一冊でありました。

坂本貴志『ほんとうの定年後-「小さな仕事」が日本を救う』

 前著、坂本貴志『統計で考える働き方の未来』 - 労務屋ブログ(旧「吐息の日々」)の続編という感じで、書名のとおりわが国における「定年後」のほんとうの現実を豊富な統計と事例から明らかにし、今後のありたい姿の現実的な提案として"「小さな仕事」の積み上げ経済“を提言した、長寿化・高齢化が進む現代に時宜を得た本です。実は今年定年を迎えた私にとってはさらにタイムリーな本であり、随所でうなずきながら読んでおりました。

佐藤博樹・武石恵美子・坂爪洋美『多様な人材のマネジメント』

簡単なご紹介がこちらにあります。
佐藤博樹・武石恵美子・坂爪洋美『多様な人材のマネジメント』 - 労務屋ブログ(旧「吐息の日々」)
「ジョブ型」をめぐる誤解や昨今普及したテレワークなども取り上げられて、ダイバーシティ経営の現時点での標準的なテキストという感じです。後半は授業でも参考とさせていただいております。

首藤若菜『雇用か賃金か 日本の選択』

簡単なご紹介がこちらにあります。
https://roumuya.hatenablog.com/entry/2022/10/31/180909
 最終章は「働き続けることを保障する社会へ」と題した提言にあてられていますが、基本的には課題の整理で具体的な提案はほとんどありません。これを物足りないと見る向きもあるでしょうが(特に一部出羽守の方々には)、簡単に結論が出ない問題であること、世間には実現可能性に疑問の大きい提案がまかり通っていることなどを考えると、私にはむしろ誠実な態度のように思えます。

瀧川裕英『くじ引きしませんか?-デモクラシーからサバイバルまで』

 実は日本キャリアデザイン学会の代議員は有被選挙権者からの抽籤というまことに公平で民主的な方法で選出されています。研究者だけではなく、高校教員や大学職員、労使の実務家、官僚など多様な会員で構成されている学会の特徴を代議員会に反映すること、なるべく多くの人に学会運営に関心を持ち、関与してほしいことなどの意図によるものです。本書は今年創刊された「法と哲学新書」の一冊で、法哲学の専門誌に掲載された特集の書籍化とのことです。「法と哲学」でありながら経済学者も複数登場しており、オリジナルはたぶん私には歯が立たなかったものと思いますが新書は読みやすく配慮されていて興味深く読みました。「法と哲学新書」のもう一冊『タバコ吸ってもいいですか』も面白かった。

鳥越規央統計学が見つけた野球の真理-最先端のセイバーメトリクスが明らかにしたもの』

 選手のパフォーマンスや作戦の適否などを数値化し統計的に検証し、試合やチーム編成などに生かそうというセイバーメトリクスの解決書です。よりよい数値化や評価方法を求める努力の蓄積や、そこからもたらされた興味深い知見(2番打者に強打者を配置とか無死一塁では送りバントより強攻とか)が紹介されています。最近ではテレビの野球中継などでもトラックマンという計測機器を使用して投手の球速だけでなく回転数や変化量、打球の速度や角度などのデータが紹介されるようになって進歩しているなあと思うわけですが、これは「セイバーメトリクスの革命」をもたらしているとのことです。

(公財)日本生産性本部編『実録生産性論争』

 日本生産性本部が設立された1955年から59年までの5年間に、同本部の機関紙に掲載された生産性運動に対する賛否両論の論争が原文のまままとめられた本で、巻末には資料としてこの問題をめぐる国会質疑や『中央公論』誌上での双方のイデオローグによる論争などが収録されています。800ページを優に超える大部で、時間のあるときに徐々に読み進めてはいるのですが実はまだ読み切れていません(笑)。結局は歴史が決着をつけたわけではありますが、社会も経済も現在とは異なる中で真剣に展開された路線対立の記録は実に読ませるものがあり、単なる資料にはとどまらない本だと思います。

濱口桂一郎『新・EUの労働法政策』

 もちろん(笑)通読はしておりませんが、濱口先生のこの記念碑的労作をあげないわけには参らないでしょう。Nスぺを取り上げたエントリを書く際にはちょこちょこ参照しました。

広瀬友紀『ことばと算数ーその間違いにはワケがある』

 つい先日、書店で偶然に見かけてパラパラと眺めたところ、SNSなどでときどき見かける「こどもの算数の面白い回答」の事例があげられていて関心をひかれたので気まぐれをおこして買って読んでみました。実は言語学の本で、全面的に初めて知る内容ばかりだったのですが、とても読みやすく書かれていて面白かった。もう1,2冊読んでみようかな。

本田一成『ビヨンド!ーKDDI労働組合20年の「キセキ」』

 KDD労組がKDD、DDI、IDOの合併にともないオープンショップのKDDI労組となってから今日に至るまでの苦闘の歴史を非常に多数のオルグたちのヒヤリングから描き出した一冊です。まさに大河ドラマ、一気読みしました。
 なお本書で情報労連の杉山豊治さんが逝去されていたことを初めて知りました。連合総研の研究会でご一緒させていただいたことはいい思い出です。ご冥福をお祈り申し上げます。

 いろいろあった一年でした。良いお年をどうぞ。