中流の暮らし(1)

 先週の金曜日(9/16)に、(独)労働政策研究・研修機構が「『暮らしと意識に関する NHK・JILPT 共同調査』(一次集計)結果の概要」というプレスリリースが公表されました。「日本放送協会NHK)と独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)は、人々の暮らし向きの様子や中流に関するイメージ、社会に関する考え方などを把握するため、「暮らしと意識に関する NHK・JILPT 共同調査」を実施した」とのことで、クローズアップ現代かなんかの報道番組で使われるのでしょうか。担当者としてかつて『労働経済白書』のライターとして活躍された中井雅之さんのお名前がみえますね。
https://www.jil.go.jp/press/documents/20220916.pdf
 リリースのヘッダーでは「― 「中流の暮らし」を送るのに必要な年収を600万円以上とする割合が高く、過半数(55.7%)は「中流より下の暮らしをしている」と回答。4割弱は「親より経済的に豊かになれない」と考えており、そうした個人は「日本では、努力さえすれば誰でも豊かになれる」という考えに否定的な傾向 ―」とまとめられていますが、以下私が興味をひかれたポイントをご紹介したいと思います。
 まず「中流の暮らし」を送るのに必要な年収が600万円ということですが、厚生労働省の「2021年国民生活基礎調査」によれば世帯所得の中央値は440万円、平均値が564.3万円で、平均値以下が61.5%となっています。こちらの調査は有配偶者には夫婦合計年収、無配偶者には個人の年収について尋ねているのでそのまま比較はできませんが、まあなんとなく「中流=平均的な暮らし」には600万円必要で、それに満たない「平均以下=中流より下の暮らし」という感覚は頷ける結果のように思えます。
 もっとも、この調査では「中流の暮らし=平均」という単純なイメージではなく、具体的な条件を掲げてどれが調査退所者の「中流の暮らし」のイメージにあてはまるかを訊ねています。具体的には以下11項目で、結果はこうなりました。

  • 世帯主が正社員として働いている 63.0%
  • 持ち家に住んでいる 61.2%
  • 自家用車を持っている 59.5%
  • 自らの趣味にお金をかける余裕がある 52.8%
  • 年に一度以上、好きな場所に旅行に行ける 48.6%
  • 結婚して、子どもを育てている 47.7%
  • 老後生活の資金のめどが立っている 47.2%
  • 子どもに高等教育を受けさせることができる 46.0%
  • 好きなときに外食を楽しめる 41.9%
  • 毎月の生活費を細かく気にしなくてもよい 41.8%

 最多となったのが「世帯主が正社員として働いている」の63.0%ですが、実態をみると昨年度版の『経済財政白書』によれば男性2人以上世帯の世帯主の正社員比率は82.4%、男性単身世帯(の世帯主)の正社員比率は72.7%なので、比較的満足しやすい条件といえそうです。
 面白いのが2番めの「持ち家に住んでいる」61.2%で、この数値は総務省の「2018年住宅・土地統計調査」の持ち家比率61.2%に極めて近くなっています。もちろん総務省の方は「人が住んでいる住宅のうち居住者が所有している住宅の割合」なので、持ち家に住んでいる人の割合とはまったく性質が異なるものなのですが、まあ「持ち家に住んでいることが中流の条件だと思う人の割合」とここまで一致するのは面白い偶然かなと思いました。いやもちろんNHKさん的な政策的な意味はまったくありませんが。
 また、3番めの「自家用車を持っている」59.5%については、すでにわが国の自家用自動車の保有台数は世帯数の1.05倍程度に達しており(すみません今ウラ取りしてないのですが間違いないと思う)、これもかなり成立しやすい条件ではないかと思います。ただこれについては地域間格差が大きく、北信越や北関東では1.5くらいに達しているのに対して東京都は0.5くらいにとどまっていたはずで(こちらはやや自信なし)、調査対象者の居住地によってかなり異なるのではないでしょうか。同じことは自家用車ほどではなくても持ち家にもありそうで、まあ東京都とその他の地域は何につけ違いが大きいので、「中流の暮らし」年収もかなり地域差があるのではないでしょうか。このあたり、今回の発表は第1回集計速報とのことなので、おいおい詳しい分析がなされるでしょう。
 続けて性、配偶状態、学歴別、年齢階級別、就業形態別、本人の年収階級別にみた「中流の暮らし」意識の集計があり、それぞれなるほどという感じの結果が出ています。非正規・フリーランスより無職のほうが、本人年収200-400万円より0-200万円のほうが中流暮らし意識が高いのは配偶者の年収が高い専業主婦が一定割合いるということなのでしょう。
 次の階級意識の結果も興味深く、日本版SSMにならって上、中の上、中の下、下の上、下の下の5階級で訊ねています。結果としては「わからない」が9.1%あるのですが、中の上以上が27.6%、中の下が38.3%、下の上・下の下が34.0%なので、階級的には中の下だと思っている人たちの中には「中流の暮らし」以上と思っている人と「中流の暮らし」以下と思っている人が混在しているということになりそうです。まあ自分は「中の上」だと思っている人は「中流の暮らし」をしていると思っているでしょうから、妥当な結果なのだろうと思います。続けてこちらも性、配偶状態、学歴別、年齢階級別、就業形態別、本人の年収階級別の集計がされていて、やはりなるほどねという結果です。
 その後には生活水準や将来の暮らし向き見通しなどについても同様の集計があり、生活水準について「「どちらかと言えば暮らしに余裕はない」と「暮らしに余裕は全くない」と回答する割合は合計で全サンプルの56.7%を占める」という結果は、「中流より下」の55.7%と近い結果になっていますね。案外「暮らしに余裕があると感じる」は中流イメージの条件として大きいのかもしれません。あと目についたところではやはり子育て世代の生活水準に余裕がないわけですが、30代よりむしろ50代のほうが余裕がなく、これはやはり晩婚化の影響で30代より50代の教育費負担が重くなっていることの反映でしょうか。住宅ローンの負担もあるでしょうし。将来の暮らし向き見通しに関しては20代から50代まではリニアに悲観的な割合が上昇しているのですが60代は40代と同等くらいになっていて、まあこのあたりは将来の見通しがそれなりに立つ年代ということでしょうか。
 次は理想の働き方で、長期雇用が50.3%、転職志向が23.8%となっています。男性より女性、無配偶より有配偶のほうが長期雇用への支持が高く、また年代が上がるほど・学歴が低いほど長期雇用支持となっていて実感に合う結果です。なおどちらでもない選択肢のひとつ「なるべく働かず、投資などの不労所得で生活していく」のが理想というのも20代・30代では17%となっていて、うんまあそれが理想だと言われればわからなくもない。あと、転職志向が23%いるのに政策的支援として「自由な転職市場」を求める人が6.1%しかいないのが少し意外で、まあ転職志向の人はすでに転職市場は自由だと思っているのかもしれません。
 さてここからがNHKさんがお好きそうな(偏見)「努力さえすれば誰でも豊かになることができるか」とか「努力よりコネ」とか「親より経済的に豊かになれると思うか」とかいう話になるのですが、長くなってきたので明日以降ということにしようと思います。