濱口桂一郎『ジョブ型雇用社会とは何か』

 濱口桂一郎先生から、最近著『ジョブ型雇用社会とは何かー正社員体制の矛盾と転換』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

 一昨日に久々に出社した際にピックアップしたのですが調べてみたところその前に出社したのは8月30日であり、この本も奥付をみるとほぼ1か月前には刊行されていたようで、お礼が遅くなり申し訳ありません。
 昨今のきわめて適当かついい加減な「ジョブ型」論に対し、濱口先生は随所で是正反論を繰り返しておられるわけですが、その集大成のような本です。まずは「ジョブ型」「メンバーシップ型」の基本的な解説に始まり、続いて採用、退職、賃金、労働時間、非正規雇用、集団的労使関係等々の様々なアイテムについて、それぞれの特徴を対比し、メンバーシップ型の特異さと矛盾、その歴史的経緯や由来などについて、人事管理と労働法政策の両面から明らかにされています。
 この手の話の俗論は、往々にして「時間ではなく成果で評価」とか「働かないおじさん」とか「45歳定年」とか、一部分を切り出して論じられることが多いわけですが、現実には様々なアイテムが複雑に絡み合ったシステムであり、どこかを引っ張ると思いがけないところが飛び出すという伏魔殿(笑)なので、まずはその全貌をつかむためには非常に有益な解説書になっているように思われます。
 ということで、新書サイズにもかかわらず、現状の解説という意味では非常に行き届いた充実した内容になっていますが、副題にある「転換」については、それほど明確な方向性が提案されているわけではありません(集団的労使関係については労働者代表制に関する提案がありますが)。おそらくは、著者の前の岩波新書『新しい労働社会』で示したところと大きくは異ならないということなのでしょう。ごく単純化していえば(いやここまで簡単にまとめられると困るといわれるかもしれませんが)、ジョブ型・メンバーシップ型の如何を問わず、働き方の主流を無限定正社員からより拘束の緩い正社員にシフトし、法制度もそれをデフォルトとする、というものであり、その方向性は私も基本的に共有します。ただそれは当然ながら短期間にガラガラポンできるものではないので、(一部ではけっこう刺激的な表現が使われているにもかかわらず)あえて断言はせずにおかれたというところだろうと推測します。
 「評価」に関する所論に対しては異論があるので無条件にお薦めすることができないのが残念なのですが(一部はこのブログでも過去に書きましたし、できれば時間のある時にまとめて書きたい)、人それぞれ、どこかどうかで「なるほど、そういうことだったのか」という発見があると思われる、非常に啓蒙的な一冊となっています。まあ「時間ではなく成果で評価」とか言ってる向きはたぶん読まないでしょうけど。