働き方改革実行計画(4)

さて今回は「7.病気の治療と仕事の両立」からですが、ここの目玉は生稲晃子議員が提起した「(2)トライアングル型支援などの推進」ですね。本文中に2回しか出てこない図の1つがここで使われていて気合が入っている感じです(もう一方は図形ですがこちらは絵ですしね)。ただ実行計画では「主治医、会社・産業医と、患者に寄り添う両立支援コーディネーターのトライアングル型」となっていて「主治医」「会社・産業医」「両立支援コーディネーター」の三者のトライアングルのようなのですが、この話が出た第2回の議事録をみると生稲晃議員は「罹患した社員に対して、主治医、会社、そして、産業医と心理カウンセラーのトライアングル的な連携サポート」となっていて「主治医」「会社」「産業医と心理カウンセラー」の三者なので話が食い違ってますな
心理カウンセラーが両立支援コーディネーターに化けているのはまあすでに両立支援コーディネーターの育成事業が進められているからという話でしょうが、産業医をどちらに入れるかというのは微妙な問題かもしれません。主治医が会社に対して患者のためにあれこれ言うというのはさすがに難しいでしょうから、主治医の見解をふまえて立場の弱い労働者とともに会社にかけあってくれる専門家が必要だという趣旨だと考えれば、それって産業医の本来の役割ではないかいう気もするわけです。まあ現実にはそうなっていないから両立支援コーディネーターが必要なんだという話なのかもしれませんが、しかし生稲議員が産業医も患者の見方であってほしいと思う気持ちもわかるような気も。まあこのあたりは生稲議員に確認して了解済みだろうとは思いますが。
「(1)会社の意識改革と受入れ体制の整備」については昨年すでに「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」が出ているわけで、さらにマニュアルを追加するなどして普及をはかりたいということのようです。まあトライアングルも含めてすでに手をつけていることをやっていきますという話でしょうからそれでいいと思うのですが、続けて「治療と仕事の両立等の観点から傷病手当金の支給要件等について検討し、必要な措置を講ずる」となっているのですがはてこれはなんだろう。後の方のロードマップをみてもこれ以上の記述はなく、第2回の塩崎大臣の資料をみてもこの話は出ていません(トライアングル型支援についてはそれに近いものが記載されている)。議事録をみてみると、岩村先生が「傷病手当金の支給期間の延長であるとか、事業主による手当の上乗せの解禁などを、もちろん財政的な制約も考慮する必要はあるのですけれども、検討してみてよいかと思っております」と発言されていて、まあ議論がまったくなかったというわけではなさそうですが、それにしても内容の当否はともかく(特に現状はまったく無給でないと傷病手当金の給付がないので、事業主による上積みの解禁は労使の努力を促す意味で有意義と思う)、これだけしか議論されていないものを書くのってどうなのかしら。「(3)労働者の健康確保のための産業医・産業保健機能の強化」に至っては資料も発言もなさそうで、なんかこれ役所のやりたいことをどさくさまぎれに入れ込んだこらこらこら、いやまあトライアングルとかをしっかりやろうとすれば当然産業医の強化も必要だというのはわかりますが。
さて「8.子育て・介護等と仕事の両立、障害者の就労」ですが、ここに書かれている内容もほぼ実現会議ではほとんど議論されていない話ばかりです。まあ、すでに予算のついている話や、育児休業給付の期間延長など労政審で結論の出ている話がほとんどなので、しっかりやっていくということでしょうか。一点だけ、「部下や同僚の育児・介護等に配慮・理解のある上司(イクボス)を増やすため、ロール・モデル集の作成やイクボス宣言を広める。」というのにはかすかな違和感があるのですが、書き出すと長くなりそうなのであとでまとめて書きます。
「9.雇用吸収力、付加価値の高い産業への転職・再就職支援」については、ロードマップのほうに「成長産業への転職支援」として「転職者採用の評価や処遇の制度を整備し、中高年齢者の採用開始や転職・再就職者採用の拡大を行い、生産性向上を実現させた企業を支援する。また、成熟企業から成長企業へ移動した労働者の賃金をアップさせた場合の支援を拡充する」と書いてあるのですがこれはなんだろう。(1)でも書きましたが、生産性向上を実現できた企業にさらに助成金を給付する必要があるってのはなんか変なんじゃないかという素朴な疑問があるわけです。
これについては、第3回の塩崎大臣の資料http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai3/siryou12.pdf)を見るかぎりやや錯綜している感があり、なにかというと雇用保険法を改正して「助成金の理念に「企業の生産性向上の実現の後押し」を追加」すると言っているのですね。でまあ「生産性向上を実現させた企業を支援」と「企業の生産性向上の実現の後押し」というのはずいぶん違うんじゃないだろうかと。さらに「金融機関が行う「事業性評価」も参考に「生産性向上」を判定」とも書いてあってこのカギ括弧付きの「生産性向上」ってなんだろうとも思うわけです。まあ事業性評価というのは(私は金融のことはわからないので間違っていたらご容赦)要するに財務の良し悪しではなく事業内容の良し悪しで融資を判断しましょうという話でしょうから、事業評価が高ければすなわち生産性も高いということではなさそうですし、むしろ今は生産性は高くないけれど今後高まる可能性が高い企業の事業評価は高いという話ではないでしょうか。それをもって「生産性向上」を判定して助成金の給付の可否を判断するというのは、それ自体はそれなりに合理的な考え方だとは思いますが、しかし普通に使われる言葉としての生産性とはずいぶん違うなあとも思う。だからカギ括弧付きなんでしょうが。
まあ確かに今はまだ高い賃金は払えないけれど成長性はありますという企業もあるでしょうから、いずれ企業が成長して賃金も上がってくるそれまでの間は賃金アップ分(の一部)を助成しましょうという話はわからないではありません。「生産性向上に資する人材を計画的に中途採用する企業への助成を創設」というのもまああからさまにそういう印象ですね。ただまあ現行の労働移動支援助成金はそれほど予算規模も執行額も大きくなく、そんなに思惑通りに成長産業があるのかしらという感はありますが。
なお私としては「年功ではなく能力で評価をする人事システムを導入する企業への助成を創設する」と「能力」限定になっているのが目をひかれたところで、これは第3回の塩崎大臣の資料では「能力等の評価に基づく年功序列ではない賃金制度の構築を通じ生産性向上を図り、賃金アップ等を実現した企業を助成」と「等」がついていたのが外れています。実はこれは同一労働同一賃金の部分でも「年功ではなく能力で評価する人事システムを導入する企業への支援」と書かれていて、他の部分ではたとえばその直前にも「職務や能力等の明確化と公正な評価」という文言があり、単に混乱しているだけなのか、あるいは職務やら成果やら(「等」にはなんでも含みうるわけで)を考慮した人事管理をするのはいいけれど助成金を出すのは能力のみで評価する制度だけという話なのか、どうなんでしょうか。
「10.誰にでもチャンスのある教育環境の整備」はもっぱら奨学金の話という感じで、これもすでに予算のついた話と、別の場で議論してやりましょうとなっている話なのでいいんじゃないでしょうか。
「11.高齢者の就業促進」はかなり問題含みなように思われます。その中心は65歳以降の継続雇用延長や65歳までの定年延長であり、しかも「2020年度までを集中取組期間と位置づけ」「終了時点で、継続雇用年齢等の引上げに係る制度の在り方を再検討する」とまで書かれていてかなり踏み込んだ書きぶりになっています。しかし、高齢者雇用については第7回で少し話が出ただけであり、その回の塩崎大臣提出資料http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai7/siryou8.pdf)でも「65歳を超える継続雇用等に対する企業トップの理解促進」「65歳を超える継続雇用等に取り組む企業への支援の強化」とまでしか書かれていません。唯一、水町先生が「現在の法律は、簡単に言いますと、60歳定年制、65歳までの雇用確保措置を定めていますが、これを将来的に65歳定年制、65歳以降、例えば、70歳までの雇用確保措置に引き上げていくことが必要であり、そのための環境整備を政策的に進めていくことが重要になります」と具体的な時期などには触れずに一般論を述べられているだけです。それでここまで具体的に書いてしまうのはいくらなんでも悪乗りしすぎじゃねえかなどと思うことしきり。いやもちろん2004年の65歳継続雇用から10年以上を経過してそろそろ労使で真剣に取り組むべき時期に来ているとは思いますし、先々の景気見通しなどを考えると五輪景気が期待できる2020年というのもわからないではないですが、しかし現状を考えるともっと時間はかけるべきではないかとも思います。私には厚労省がここまでやるとも思えず、案外財務省あたりが策動したのではないかなどと邪推を巡らす私。
「12.外国人材の受入れ」については第8回でそこそこ議論にはなりましたが、高度人材は積極的に、それ以外は慎重にという基本路線に変化はありません。技能実習制度についても議論があったのに言及はなし。結論は「経済・社会基盤の持続可能性を確保していくため、真に必要な分野に着目しつつ、外国人材受け入れの在り方について、総合的かつ具体的な検討を進める。このため、移民政策と誤解されないような仕組みや国民的なコンセンサス形成の在り方などを含めた必要な事項の調査・検討を政府横断的に進めていく」ということでまあ先送りであり、「持続可能性を確保」と人口・労働力減少対策の側面をにじませる一方で「移民政策と誤解されない」とも述べ、まあ苦心の書きぶりだなという感じです。
そして最後が「13.10年先の未来を見据えたロードマップ」で、ずらずらと工程表が続くわけですが実はここが最重要で、なにかというとやはり10年くらいはかけましょうよということです。同一労働同一賃金にしても、裁判できるように法整備するぞと勇ましいわけですが、まあ法整備そのものは2017年度中に出さないと上げた拳が下りないので致し方なかろうとは思いますが、施行までに十分時間を取り、まずはソフトローを先行させてADRのしくみなども充実させつつ、ジョブ型正社員もそこそこに普及させて、まあ裁判やるのは10年後くらいというくらいの時間軸でお願いしたいと思います。
ということで全体を通じての感想は一部画期的ではあるもののいかにも拙速すぎるというところでしょうか。これはさすがに閣議決定まではしないらしく、まあ総理の入った会議の決定なのでそれに準じるような重みはあるでしょうし、本文中にも「労働界、産業界等はこれを尊重し」と書いてもいますが、逆に言えばわざわざこう書くということはやはりすべて尊重するのはマズイのではないかという話でもあるのでしょうし、関係法案等が早期に国会に提出されるという形が整えば中身は別途でもいいという話でもありましょう。現実的で漸進的な取り組みを望みたいところです。