口コミが選ぶ「働きがいのある会社」

就職・転職のための企業リサーチサイト「Vorkers」を運営する(株)ヴォーカーズが、同サイトに寄せられた口コミ情報を集計して、「働きがいのある企業ランキング2016」を発表したそうです(http://www.vorkers.com/award/2016/)。同サイトに投稿されたレポート回答(要するに口コミですね)には「待遇の満足度」「社員の士気」「風通しの良さ」「チームワーク」「20代成長環境」「人材の長期育成」「法令順守意識」「人事評価の適正感」についての5段階評価があり、これを集計したもののようです。対象となる口コミは2014年7月1日〜2015年12月31日に投稿されたもの(全52,016件)で、8項目すべての評価に加えて500字以上の自由記述意見のあるに限っているとのことなので、それなりに本気の口コミだけが反映されているといえるのかもしれません。
さて栄えある今年のベストテンは以下のとおりです。

  1. プロクター・アンド・ギャンブル
  2. マッキンゼー・アンド・カンパニー
  3. グーグル
  4. リクルート住まいカンパニー
  5. アジレント・テクノロジー
  6. プライスウォーターハウスクーパーズ・ストラテジー
  7. 三菱商事
  8. 住友商事
  9. リクルートキャリア
  10. リクルートマネジメントソリューションズ

外資系が5社と半数を占め、残る5社のうち3社がリクルート系(しかも本家本元のホールディングスではない)、そして2社が総合商社と、非常に偏った結果が出ています。参考までに就職人気企業ランキングと、日経新聞の「人を活かす企業」ランキングとを並べてみましょう。

順位 就職人気ランキング 「人を活かす」企業ランキング
三菱東京UFJ銀行 SCSK
全日本空輸 TOTO
JTBグループ 富士フイルムホールディングス
みずほフィナンシャルグループ セブン&アイ・ホールディングス
明治グループ イオン
丸紅 東京海上日動火災保険
野村證券 アサヒビール
大和証券グループ サントリーホールディングス
損保ジャパン日本興亜 ネスレ日本
10 日本生命保険 ダイキン工業

就職人気は東洋経済オンラインの「最新版!「就職人気ランキング」ベスト300社 2016年卒生が選ぶ「本当に志望したい会社」」(http://toyokeizai.net/articles/-/67632?page=2)を使いました。うーん、みごとに全くかぶっていませんね。
もちろんクライテリアが異なるので結果が異なるのは当然で、日経の調査は「「雇用・キャリア」「ダイバーシティ(人材の多様性)経営」「育児・介護」「職場環境・コミュニケーション」の4分野から社内制度や仕組みを分析した」ということのようです(http://www.nikkei.com/article/DGKKZO92451920U5A001C1TJC000/、有料ご容赦)。さらに「同時にビジネスパーソンにも「人を活かす会社」の条件として重視する項目を聞き、その結果を調査に反映している」とのことで(https://job.nikkei.co.jp/2016/open/enterprise/hatarakiyasui/)、詳細な評価方法は不明なのでなんとも言えないのではありますが(4分野54項目あるらしい)、日経のこの調査の前身である「働きやすい会社」調査の評価項目には雇用の安定性とか賃金水準とかいった重要な項目が含まれていませんでした(今回も上記ビジネスパーソン調査の項目には含まれていません)。でまあ雇用が不安定で賃金が低くても他の項目がよければ働きやすい会社なのかという疑問を呈したこともあるのですが(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20080904)、どうやら2013年あたりから「人を活かす会社」調査に名称が変わったようで、人を活かすかどうかという意味では雇用が不安定でも賃金が低くてもかまわなかろうということかしらん。
その点Vorkersの調査項目を再掲しますと「待遇の満足度」「社員の士気」「風通しの良さ」「チームワーク」「20代成長環境」「人材の長期育成」「法令順守意識」「人事評価の適正感」となっていてさすがに「待遇」が最初に来ていますね。待遇というとまあ大半は賃金ということでしょうが、雇用の安定性なんかも含まれてはくるでしょう。
それ以上に結果の違いに効いているのはおそらく回答者のバイアスだと思われます。Vorkersのサイトでは各社の残業時間と有給休暇消化率の口コミも掲載しているのですが、働きがいのある企業ランキングベストテンについて調べるとこんな結果になっています。

順位 企業名 月間残業時間 有給休暇消化率
プロクター・アンド・ギャンブル 39.9 66.6
マッキンゼー・アンド・カンパニー 106.8 75.3
グーグル 41.4 76.7
リクルート住まいカンパニー 60.7 50.7
アジレント・テクノロジー 33.3 53.9
プライスウォーターハウスクーパーズ・ストラテジー 131.1 49.6
三菱商事 51.3 43.7
住友商事 44.5 51.5
リクルートキャリア 64.3 40.2
10 リクルートマネジメントソリューションズ 72.2 36.7

月間残業が131.1時間とか、月間残業72.2時間で有休消化率36.7%とかどういうブラック企業と思うわけですが、思う存分働きたいだけ働きたい、それが働きがいだ、というワーカホリックな人がたくさんいる企業なんだろう、と思えばなんとなくそんな感じのする企業が並んでいるように思えます。なにぶん口コミ件数なので個社をみるとそうそう数があるわけではなく、上位企業でも100を超えれば多い方、少ない会社だと十数件なので、振れ幅が大きくなるという話はありそうです。一人でも不満を抱えた人が低得点の口コミを投稿するとけっこう平均に効いてしまうのではないでしょうか。まあそういう人が一人もいなかった、いても少数だったというのはそれはそれで高く評価すべきなのでしょう。
これに対して、日経のビジネスパーソン調査では、「非常に重視する」と回答した人の多いトップ5はこうなっていて、

1 休暇の取りやすさ 42.8%
2 労働時間の適正さ 38.3%
3 メンタルヘルス不調者の少なさ 31.0%
4 社員の勤続年数の長さ 30.1%
5 労働時間の削減・休暇取得奨励施策の有無 27.7%
https://job.nikkei.co.jp/2016/open/enterprise/hatarakiyasui/

こちらの回答者はたぶん日経リサーチのモニターさんたちだろうと思いますが、善し悪しは一応ともかくとして雇用の安定や賃金水準は別問題だということになればまあこれが普通だ(ですよね?)。まあ「これを非常に重視する」というのと「私の勤務先はこうだ」というのはまた別の話ということかもしれません。
もうひとつVorkersの調査上位が面白いのが、8つの評価項目のうち「20代成長環境」が高くて「人材の長期育成」が低い、ということです。これも表にしてみました。5段階評価で5点が満点です。

順位 企業名 20代成長環境 人材の長期育成
プロクター・アンド・ギャンブル 4.7 3.3
マッキンゼー・アンド・カンパニー 4.8 2.5
グーグル 4.2 2.9
リクルート住まいカンパニー 4.5 2.3
アジレント・テクノロジー 3.6 3.0
プライスウォーターハウスクーパーズ・ストラテジー 4.5 2.9
三菱商事 4.0 3.7
住友商事 3.9 3.6
リクルートキャリア 4.6 2.4
10 リクルートマネジメントソリューションズ 4.5 3.1

各社のページには8項目のレーダーチャートが掲載されているのですが、どこも共通して「人材の長期育成」がへこんでいます。単なる仕事中毒ではなく、若いうちからバリバリと働いて能力を高め箔を付けて転職したい、という人がたくさんいて、そういう人たちが口コミを投稿している…という図式が見て取れるように思います。外資とかリクルートとか、いかにもそんなイメージなわけで、まあ転職サイトなのですから当然といえば当然かもしれません。
そこで労働時間管理はどうなっているといういつもの話になるわけですが(笑)、まあマッキンゼーやPwCで口コミ投稿するような人はエコノミストとかアナリストとかコンサルタントとかいう人たちでしょうから裁量労働でもなんでもやりようはあるでしょうしそれに文句をつける向きというのも居なかろうと思います。いっぽうでスーモ君のリクルート住まいカンパニーは要するにリテールの不動産業者であり、60.7時間はかなりの長時間ですが、まあやっただけつけて残業代を払っているのかもしれません。
いずれにしても「長時間労働も辞さずにバリバリ働けることが働きがいのために大切」という人も相当数いて活躍しているということは、法制度を考える上でも十分考慮に入れる必要があるのではないかと思います。もちろん弊害がないというつもりもありませんしそれをなくす努力も重要でしょうが。