週刊東洋経済の日本型雇用システム特集

すでにバックナンバーになってしまっていますが、職場の回覧で週刊東洋経済の2015年5月30日号(通巻6596号)が回ってきました。今回の第1特集は「日本型雇用システム大解剖 幸せな社員になる方法」となっておりますので読んでみました。すでに旧聞なので以下簡単にコメントを。いや50ページ近い大特集なのでていねいにコメントしているととんでもない長文になりそうなので。
まず全体として感心したのは日本型雇用システムについてかなり適切な理解のもとに編集されているらしいことで、この手のビジネス誌にありがちな世間の俗論や構造改革論に振り回されることのないようにという配慮が相当程度徹底されているように感じました。
ただまあ例によって(まあこのコンセプトなので致し方ないとも思いますが)循環的要因がやや軽視されているきらいがあることに加えて、わが国の雇用管理の非常に大きな特徴であるメンバーシップ型の労働者は企業業績にコミットしていると考えられており、特に大卒ホワイトカラーは全員が幹部候補生とされている(したがってキャリアが賃金以上のインセンティブとなる)という点や、日本の賃金の重要な特徴であるメンバーシップ型の労働者には企業特殊的熟練にも相当の賃金が支払われているらしいという点に関する踏み込みがないので、全体としてそれなりに正しいことは正しいのは確かだけれど物足りないという印象でもあります。
さて個別に見ていきますとこの手の特集記事の常として玉石混交ではありますが、最初の解説記事は日本型雇用システムを職務無限定のメンバーシップ型雇用を基軸に整理してその功罪を論じており、わかりやすい良記事になっていると思います。続く「その俗説、違います!」という2つのコラムも、世間にありがちな誤解にもとづく議論をとりあげて解説していて有益なものです。
次は「あの難題の裏にある日本型雇用システム」で、長時間労働、女性の働きにくさ、ブラック企業非正規雇用成果主義ブーム挫折の「裏にある日本型〜」が指摘されていて、たしかに世間の議論では抜け落ちがちなところを埋めているかの感はあります。ただその分一面的でもあり、それこそ循環要因とか、あるいはより上位の社会システムとの関連とかが無視ないし軽視されていて雇用システムがいかにも過大評価されている感もあります。雇用もしょせんは経済のサブシステムであるわけでしてね。
次の「こんなに違う!日本と海外の働き方」は、海外の雇用慣行の実情を日本型と対比してその相違を中心にコンパクトに解説したもので、単純化しすぎの感はありますが紙幅が限られているので致し方ないでしょう。多くの読者の参考となる良記事と思います。
次の「部下なし管理職の生き残り法」はまあこの手のビジネス誌ではお約束というかニーズが高いのだろうとは思いますが、4ページにわたって延々と書かれていますが要するに部下なし管理職になってもくさらずにまじめに働きましょうということであって、まあ特段意味はないけれど読んでそれほど害があるものでもなさそうです。
続く「日本の解雇規制は本当に厳しいのか」は日大の安藤至大先生の執筆で、雇用契約の内容とその遵守という観点から日本の解雇規制を解説し、「日本でも解雇は不可能ではないし諸外国と比べて特段に困難なわけでもないが、しかし世間では不可能とか困難とか思われているのはなぜか」について、短い中でわかりやすく行き届いた説明がされています。
さらに「なるほど!解雇判例集」として解雇関連の代表的な判例・裁判例が5つ紹介されていて、これまた限られた紙幅の中で簡潔にまとめられており忙しいビジネスマンには有益な記事でしょう。
さて次の「新卒時に採用されないと永遠に非正規なのか?」では元リクルート海老原嗣生氏が登場され、標題に対してデータに基づいて明確に否定的な結論を提示しています。まあ最近では「就活時に不況で正社員就職できないと一生非正規」という主張も見かけなくなってきて(これまた循環要因の影響もある)若干わら人形を叩いている感もありますが、しかし一時期大いに流行したことも事実であり、おおむね結果が出た現在、それをデータで検証することは非常に有意義だろうと思います。
続く「正社員と労組はリベラル政党の芽を摘んだ」は、企業が長期雇用慣行のもとに従業員の生活保障を相当程度(国にかわって)肩代わりすることが定着し、そこで働く労働者もそれを是としてきたことから、わが国では公的支出・再分配を重視する左派政治勢力が形成されていない、ということが書いてあります。私は政治のことは不案内なので印象論ではありますが、そもそもそこまで福利厚生が充実した労働者はやはり少数派であり(まあその少数派が労働運動をリードしてきたことも事実ですが)、また実際問題としてかつての社会党のようにそれなりの大勢力を持つ左派政党もあったことを思うと単純にはいそうですかとはいいにくいものは感じます。
次の「成果主義が総崩れしたワケ」は主に賃金制度の話で、前半の日本・海外の賃金制度の整理はたいへんわかりやすく有益なのですが、後半の日本企業の人事管理の話については直接の取材や調査よりはプレスリリースなどの資料をもとに書かれているようで、まあ一種のお説教であって読む価値なしという感じです。むしろおまけみたいにくっついた「40代以上は賃金がフラット化」というコラムは、資料を使って書くならこうでしょうという良記事になっています。
続く「海外のジョブ型雇用慣行 採用・報酬の仕組みを全公開」という解説は、まあ全公開というのはいかにも大風呂敷だなあというツッコミはともかくとして、細々とした記載のされた具体的な職務記述書が紹介されているだけでも値打ちがありそうです。ただこれも基本的には北米の典型例であって「海外の」とまで風呂敷を拡げられるとおいおいという感じではありますが。なおここでは採用と報酬の話がされているのでこれはこれでいいのですが、やはりキャリアとの関連は重要であって、前の「こんなに違う!日本と海外の働き方」と連動した編集にするとよりわかりやすかったようには思います。
次は今野晴貴氏が登場され「ブラック企業の特徴は日本型と欧米型の混用にあり」との記事を寄せられています。基本的には事例の紹介なのでわかりやすく、日本型雇用システムとの関係で、雇用の安定、キャリア(能力開発・内部昇進)、生活保障といった本来あるべき見返りを提供しないままに無限定で拘束度の強い就労を求めるのがブラック企業の特徴だという指摘は多くの読者にとって有益なものでもあるでしょう。ただまあ、その解決策が限定正社員だという指摘もそれなりに納得がいくものではあるのですが、やはりこの間労働市場の状況が異例に悪い時期が続いていたからという面もあるはずで、ここを考慮せずに構造的な対策に走るのはリスクもありそうです。
さてここまでで30ページ分になりますが特集はまだまだ続くのであり、一段と駆け足で進みたいと思います。
続くのは「電機業界に見る人事改革のうねり」という紹介記事で、主に日立製作所のグローバル人事制度の紹介にあてられています。いろいろ書かれていますが核心はおそらく国際的に人材を動かしたい管理職層については人事制度をグローバルに統一しようとしているということで、まあ管理職層であればそれも現実的ではないかと思われます。ここでもむしろ、日本における外資系企業の人事管理を紹介した小さなコラムが面白く、やはり労働市場というのはきわめてローカルなものなのだということを再認識させられます。
次に「アジア年収データ18職務全比較」という記事が来るのですが、これは国間の比較より各国における職務別の比較のほうが意味があるでしょうが、しかし同じようなものかなあ。中国での医師の社会的地位の低さはよく知られていますが、このデータでも裏付けられているのが目を引くくらいです。
続いて「有名企業の人事評価と社風」という記事があるのですが、有名企業の社員1,000人のインタビューをもとに分類してみましたという話です。どうやら職種も職務もバラバラであり、しかも相当程度「元社員」を含んでいます(これは非常に合理的でリクルートから楽天(社名に意味はない)に転職した人に話を聞くと社員・元社員で「一粒で二度おいしい」わけだ)。まあ1人2人の話を聞いて「この会社はこんな会社です」と判断できるわけもなく、要するにネタです。しかしこんなものに4ページを費やしているというのはやはりこの手のビジネス誌の読者にはこの手の記事へのニーズがあるということでしょうし、読んで楽しけりゃそれでいいとは思いますが。
さて解雇、賃金ときたら次は労働時間という話になるわけで、まずは「誤解だらけの「残業代ゼロ法案」」という記事がきます。日本と海外の労働時間規制を紹介し、日本では残業代の話と過度な長時間労働規制の話とが混乱していることが問題だと指摘します。そのうえで高度プロフェッショナル制度の導入が職務限定や労働時間の上限規制につながることを期待していますが、さてどうなるでしょうか。わが国の高度なプロフェッショナルで「これ以外の仕事はしてはいけません」と言われて喜ぶ人もあまりいないでしょうから、労働者がやりたいならやれるが、使用者がやらせたいだけならできないという上手な方法を考える必要がありそうです。なおこれには神戸大の大内伸哉先生のインタビュー記事がついており、まあインタビューなので編集の問題がありそうですが、「そんなこと言っても長時間労働と過労死ガー」という予断を抜きに読めば、労使双方にとってホワイトカラー・エグゼンプションが必要とする考え方が理解できると思います。特に注目すべきなのは長時間労働対策の必要性を明確に述べていることに加えて残業代ドロボー対策という発想がないことだろうと思います。一方で正直「自ら何かを創造したいという欲求」だけではなく「能力・キャリアの追求」という観点をぜひ強調してほしかったとは思うのですが。
さらにもうお一方、前経済同友会副代表幹事の橘フクシマ咲江氏のインタビューがあり、同友会の提言をまとめた立場から発言しておられます。まあエグゼンプションが嫌いな人は大内先生のインタビュー同様の感想しか持たれないのだろうとは思いますが、こちらも大内先生同様に長時間労働対策の必要性を述べていることや残業代ドロボー対策の発想がないことにくわえて、労働者のキャリアについても明言されており、今後の議論の方向性を示していると言えそうです。
だいぶ終わりに近づいてきて続くのは「今ここにある「残業代未払い」」という記事で、要するに個人宅向けの小口荷物の配送の現場で不払いがあるという話です。高度プロフェッショナル制度の話が続いた後にこの話が来るのは唐突感はありますが、これはこれでひとつの現実の紹介として有意義でしょう。まあ、これまたいつもの話になりますが、店頭で買えばかからない送料を通販だと取られるのはけしからん許せないという消費者が多数のうちはなかなか解決が難しいようには思いますが…。
ということで最後に到達しました。最後は会社四季報のデータをもとに作成された「有給休暇取得日数上場企業ランキング101社」という記事です。まあ正直言って鉄道会社の取得が多いのは指定年休制が普及活用されているからだろうなあとか思いますし、そもそも四季報にデータの記載のない企業というのもあるだろうと思うわけですが、それでもなかなか面白いデータであることも事実です。有休取得日数第3位の東芝の月平均残業時間が29.06時間とか(行政指導の年間上限360時間ギリギリ)、有休取得年19.2日で堂々の第6位に食い込んでいるアドアーズ(ゲーセンやカラオケでおなじみ)の3年後離職率が58.3%とか(いやこの数字を四季報に載せることはある意味立派なことだと思うが)とか、なかなか趣深いものがありますし、逆に3年後離職率0%という企業もあってなぜ?と思ったらそもそも新卒採用がゼロだったりとか。
ということで全体の感想は冒頭に書いたとおりなのですが、全体として非常に意欲的に編集された面白い記事で買って読む値打ちはあるように思います(もう売ってないけど)。ただ最後に一言だけ書きますとこれだけのボリュームの記事なのに労働組合関係者はほとんど出てこないわけで、まあそういう意味では政治家も官僚も出てこないので一貫していると言えるのかもしれませんが、しかし経営者のインタビューがあるなら労組幹部のインタビューも載せてほしいなあとは思いました。読者のニーズがないと言われてしまうとそれまでですが、それもさびしい話ですが…。