経団連に「朝型勤務」普及を要請

どのタグにするか迷いました(笑)。ちょっと旧聞ですが一昨日の日経新聞に小さく報じられていました。

 塩崎恭久厚生労働相は20日に東京・大手町の経団連を訪れ、出退勤の時間を前倒しする「朝型勤務」を企業に促す要請書を榊原定征会長に手渡した。塩崎厚労相は「女性や高齢者が働きやすい職場をつくるとともに、労働生産性を上げることが重要だ」と強調した。
 これに対し榊原会長は約1500の会員企業・団体に朝型勤務の導入を促す意向を示した。経団連の事務局でも、職員ごとの選択で出退勤の時間を1時間前倒しできる制度を今年から導入する。
平成27年4月21日付日本経済新聞朝刊から)

経団連のウェブサイトに要請文が掲載されておりました。

…我が国においては、長時間労働により国民が豊かさを実感できていない現状にあります。こうした現状を打破するために、長時間労働の削減など働き方の見直しが求められています。
 こうした中、3月27日に安倍内閣総理大臣から、まずは、明るい時間が長い夏の間は、朝早くから働き始め、夕方には家族などと過ごせるよう、夏の生活スタイルを変革する新たな国民運動を展開するとの指示がなされました。具体的には、夏の時期に、「朝型勤務」や「フレックスタイム制」を推進し、夕方早くに職場を出るという生活スタイルに変えていくよう、国民運動として国全体に浸透させるものです。
 国家公務員については、率先して朝型勤務を推進するとともに、早期退庁目標を設定するなど、働き方を含めた生活スタイルの変革を図ることとしています。
 つきましては、各企業においても、夏の期間において、働く人が朝早く出勤し、夕方には家族などと過ごせるよう生活スタイルを変革するために、「朝型勤務」や「フレックスタイム制」を活用するなど、それぞれの企業の実情に応じた労使の自主的な取組を可能な範囲で行うことが望まれます。
 貴団体におかれましても、この取組の趣旨を御理解いただき、傘下団体・企業等に対します周知啓発に向けた御協力の程、何とぞよろしくお願い申し上げます。
http://www.keidanren.or.jp/announce/2015/0420_yousei.pdf

だったらサマータイムを導入したらどうなのかと思うわけですが、推測するにことはそれほど簡単ではないらしいようで、まあ霞ヶ関の苦心がうかがわれる政策ではあります。
というのは、もともと「明るい時間が長い夏の間は、朝早くから働き始め、夕方には家族などと過ごせるよう」にというのはサマータイム制の趣旨そのものであり、先進諸国では導入していない国のほうが少数派であると申し上げていいでしょう。もちろんわが国でも古くから導入論はあり(短期間ではあるが導入されていた時期もある)、私も以前から導入を支持しているわけではありますが、それでも日本は欧州に較べると低緯度で夏の日照時間もそれほど長くはないとか、日本の夏は欧州と違って早い時間から蒸し暑いとかいう反対論もあり、まあそれを押し切ってまで実施する必要もないかなどと思っていたわけです。
さて周知のとおりわが国ではサマータイムに対してもうひとつ大きな反論があり、つまり時間を1時間早めても残業しているうちに暗くなるのは同じだから意味がないという論点です。たとえば国立天文台のウェブサイトによると今年の年間で東京の日の入り時刻が最も遅いのは6月末から7月初めにかけての19:01であり、日没後も日常生活に支障ない程度の薄暮(常用薄明)はだいたい日没後30分程度らしいので、とりあえず日照を生かして「夕方には家族などと過ごせるよう」にするためには19:30には帰宅していなければならない計算になります。サマータイムにすればこれが20:30分ということになるわけで、通勤に1時間を要するとすれば19:30分には退社という話になります。
さて総務省統計局の「平成24年労働力調査年報」に掲載されている週間就業時間別非農林業雇用者数のデータ(http://www.stat.go.jp/data/roudou/report/2012/ft/zuhyou/a00700.xls)をみると、週35時間以上労働している男性労働者2,612万人のうち週42時間以下が983万人で37%、48時間以下だと1,642万人で62%にまでなるので案外効果あるんじゃないか(48時間だと日当たり1.6時間ではありますが中には通勤時間の短い人もいるはずであり、また日によっては残業が1時間以下という日もあるでしょう)とも思うわけですが、ただ42時間以下の中にはたとえば定年後再雇用の高年齢者などが相当数含まれているようにも思えるので、サマータイム制のメインターゲットにはそこまでは効かないという話なのかもしれません。ちなみにこの計算では世間で話題の「週60時間以上」は422万人、16%となります。
いずれにしても今回の趣旨は朝型労働で長時間労働を抑制しようという話なので、想定される対象者はサマータイム制を導入したところで長時間労働がなくなるわけでもなく、むしろ遅くなっても明るい分さらに長時間働いてしまうという人たちなので、そこでサマータイム制ではなく「「朝型勤務」や「フレックスタイム制」を推進し、夕方早くに職場を出る」という話になるのだろうと思われます。
つまりここで重要なのは朝型勤務以上に「夕方早くに職場を出る」のほうであり、ここに強力なドライバを置く必要があるでしょう。いくら朝型だ、朝早く来い、と言ったところで長時間労働する人はやっぱり夜も遅くまで残ってしまうと思われるわけで。たとえば好事例といわれる伊藤忠商事さんの例でもまずは20:00以降の勤務の原則禁止(実施する場合は理由書提出などのペナルティ)、22:00には強制消灯といった取り組みがあるわけです。もちろん、あれほどトップダウンで大々的にやれば、20:00以降・22:00以降の勤務状況が本人・上司の評価に反映される可能性というものがインセンティブとして機能するということもあるかもしれません。
そのうえで、早朝勤務に対するインセンティブの付与、具体的には割賃の引き上げや朝食の無料提供(これは家族の負担軽減という意味があるらしい)といったものも入れていくのが効果的ということで、たいへんよく考えられていると思うわけです。

  • ただし、これも以前書きましたが総合商社の場合は取引先との会食のあと帰社してさらに就労するという慣行が定着していることが長時間労働の大きな要因となっているという実態があり、これを「会食後直帰、仕事は翌朝」に変えることで大きな効果を得たという業界特殊的な事情があったことには留意が必要だろうと思います。

もっとも伊藤忠商事さんが朝型勤務で長時間労働抑制と言っても(たいへんすばらしい成果であることに異を唱える考えはありませんが)やはり20:00というレベルの話であり、もちろんこれは遵守できるレギュレーションを設定しないことにはしょせん成功しないということでもっともな話だとは思うのですが、しかし日照を生かして「夕方には家族などと過ごせるよう」にはならなかろうとも思わなくもなく。まあ、これは繰り返し日照を生かしてとボールド表示しているように、必ずしも日照を生かさなくても、従来よりは早い時間に帰宅して家族と過ごせればいいだろうという話なのかもしれません。
でまあ「国家公務員については、率先して朝型勤務を推進するとともに、早期退庁目標を設定するなど、働き方を含めた生活スタイルの変革を図ることとしています」と率先垂範を強調するわけですが、しかし以前紹介したように長時間労働抑制を推進する厚生労働省がこの10月から導入しようとしているレギュレーションは22:00以降の残業禁止であり、まあそれでも朝型の導入や長時間労働の抑制は進むでしょうがしかし「夕方には家族などと過ごせるよう」になるかというとそうはならなかろうなと思ったことでした、と最後は下世話なことを書いて終わる。


(さらに下世話な話)
いや本当にしょうもない話ですが、上記記事を書くために経団連のウェブサイトから要請書をコピペしたところ最初は以下のようにペーストされました。

我が国においては、長時間労働により国民が豊かさを実
感できていない現状にあります。こうした現状を打破するために、長時間
労働の削減など働き方の見直しが求められています。
こうした中、3月27日に安倍内F各可総理大臣から、まずは、明るい時間
が長い夏の間は、朝早くから働き始め、夕方には家族などと過ごせるよう、
夏の生活スタイアレを変革する新たな国民運動を展開するとの指示がなさ
れました。具体的には、夏の時期に、「朝型勤務」や「フレックスタイム
制」を推進し、夕方早くに職場を出る≧いう生活スタイルに変えていくよ
う、国民運動として国全体に浸透させるものです。
国家公務員については、率先して朝型勤務を推進するとともに、早期退
庁目標を設定するなど、働き方を含めた生活スタイルの変革を図ることと
しています。
つきましては、各企業においても、夏の期間において、イ動く人が朝早く
出勤し、夕方には家族などと過ごせるよう生活スタイルを変革するため
に、「朝型勤務」や「フレックスタイム制」を活用するなど、それぞれの
企業の実情に応じた労使の自主的な取組を可能な範囲で行うことが望ま
れます。
貴団体におかれましても、この取組の趣旨を御理解いただき、傘下団
体・企業等に対します周知啓発に向けた御協力の程、何とぞよろしくお
願ラヽ申し_Lげます。

「安倍内F各可総理大臣」とか「夏の生活スタイアレを変革」とかなんだろうこれと思ったところ「イ動く人が朝早く」とかいう2ちゃんとかで見かけそうな表示もあり、あれだなこれ紙の要請書をOCRにかけてもういちどPDF化しているんだな。
いやもちろんおかげでこうしてコピペして手軽に紹介できるのでユーザーにとってはありがたい話であり、周知啓発推進のための優れたくふうであるとは思いますが、しかし意表を突かれた(笑)。あるいはこうした作業を一貫してやってくれるソフトというのがあるのかもしれず、だとすると多少の不備があるのは致し方のないことかとは思いますが。なんか「干葉」とかぐぐるといっぱい引っかかってくる(しかも千葉県や千葉市のサイトでも)らしいのでこの時代そういうものなのでしょう。
それにしても最後の「何とぞよろしくお願ラヽ申し_Lげます」とかきわめて趣深く、まあ下世話続きで恐縮ですがご紹介申し上げました。