日経平田育夫氏が相変わらずな件

この見出しなら支障はなかろう(笑)
さて昨日の日経新聞朝刊のコラム「核心」に同紙本社コラムニストの平田育夫氏が登場しておられましたのでご紹介したいと思います。本ブログでもときおり紹介してきたように同氏が経済部長を務めておられた時代の同紙の報道傾向は相当にプロマーケットかつアンチレイバー(しかしプロビジネスかというとそうでもない)であり、労働運動関係者からは新自由主義とか市場原理主義とか評されていた(当たっていたかどうかは別として)わけですが、私としてはこのコラムを読む限り見出しのような印象を受けるように思います(私としては…思うのであって断言しているわけではない(笑))。
ということで今回のお題は「「官製相場」の増殖が心配だ――介入を過信、改革遅らす」となっておりますな。
まず個別論で申し上げたい点を二つ書きます。まず日本国債の格下げとその後の債券市場の評価についてです。コラムはこう始まります。

 政府や日銀が直接、間接に介入して決まる価格が「官製相場」。国債や賃上げに続き、日経平均株価の一時2万円台乗せでも、この言葉が語られる。なぜ今、官製相場なのか。
 安倍政権が目指すは財政健全化と、その前提となるデフレ脱却。しかし痛みを伴う社会保障の抑制や規制改革などには人々の反発がが強い。とあれば市場や労使交渉に介入し、経済成長を促したり国債金利を抑えたりするほうが早い――。そんな思いの表れだろう。
 とはいえ資本主義に似合わない官製相場の増殖は市場をゆがめ、様々な形で経済混乱のリスクを高める。
 2月の経済財政諮問会議で、安倍晋三首相は民間への「介入意欲」をはしなくも示した。
 米格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスは昨年末、日本国債の格付けを中国や韓国より低くした。黒田東彦日銀総裁はそれが、銀行の体質強化を狙う米欧の動きと相まって邦銀の国債売りを誘う恐れを指摘し「財政再建に本腰を」と訴えた。
 すると首相は「格付け会社にしっかり働きかけることが重要。(公的債務残高は)ネット(政府の資産を差し引いた純債務)でみると他国とあまり変わらないという説明などをしなければならない」と応じた。
平成27年4月13日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

「政府や日銀が直接、間接に介入して決まる価格が「官製相場」」と言われるといやいやと思うわけで、だって日銀は「官」じゃないでしょう。そもそもの建前からして日銀は政府から独立しているのであり、だからまあ役職名も官庁なら○○官となるところが日銀の場合は○○役とかになっていたりするわけで。そうはいっても現状では事実上政府と日銀は相当程度一体であるという評価(これが当たっているかどうかは別として)のもとに「官製相場」とカギ括弧付きで書いたのかなあとも思ったのですが、すぐ後に「黒田東彦日銀総裁は…「財政再建に本腰を」と訴えた」と都合よく日銀の独立性を前提した記述が出てくるのでその推測も当たらないかなと。
でまあムーディーズによる日本国債の格下げがマーケットに与えた影響というのは結果的にはCDSの料率が少し上がったかなというくらいでほぼ皆無であり、その過程で政府なり日銀なりが従来と大きく異なる対応をとったという気配もありません。
もちろん首相が「格付け会社にしっかり働きかけることが重要」などと述べたことは意図したか否かにかかわらず間接的な市場への介入ではあるだろうと思います。ただまあ市場関係者というのは当然ながら首相の一挙手一投足に注目しているわけであって首相の発言が市場に影響しないことのほうが珍しいわけです。でまあ格付けについては民間企業でも気に入らなければ格付け会社に文句を言いにいくわけであり、格付け会社側でも基本的にそうした情報提供は歓迎しているはずです(だから情報提供に応じない積極的でない相手に対しては辛目の格付けをして情報提供を促すとか言われているわけでして)。つまり首相の発言はまったくの正論であり、これをもって官製相場だと言えるのであれば、官製相場と言われないためには首相が一切口をきかない(情報発信しない)しかなくなってしまうでしょう。
平田氏はコラムの続きで現在の金融政策について批判的な見解を表明しておられますし、それが政府の意向に近いものであることをもって「官製相場」と言い立てることもできなくはない(実際政策協定もあるわけですし影響も非常に大きいわけから官製相場だといえばそのとおり)でしょうが、少なくとも今回の格付け引き下げに対して首相が「格付け会社への働きかけが重要」と述べたことをもって官製相場と主張するのは、市場が政府の意向に反した動きをするのでなければそれは官製相場だと主張するのとほとんど違いがありません。
もう一点は今次春季労使交渉の評価についてで、平田氏はこのあと消費増税の必要性を訴え、それに対して首相が「消費税の10%超への増税は「考えていない」と述べている」ことを紹介したうえで、こう言及しておられます。

…首相に近い山本幸三衆院議員の見方では名目2%の成長が続くと税収は内閣府試算より伸び、大幅な歳出・歳入改革を避けられるという。成長優先の考え方だ。
 首相もそんな思いからか、消費喚起のため経済界に賃上げを要請。大企業は大幅なベースアップで応え、官製相場と呼ばれた。
 もっとも「大幅賃上げは業績回復と、労働供給の減少による需給逼迫によるもの。政府に言われたからではない」(八代尚宏昭和女子大学特命教授)との声もある。確かに企業は自らの事情で動く。「官製」は見かけだけかもしれない。

御意。八代先生のご意見が当たっていると思います。これまでも、まあここまで大々的にはやってこなかったというだけのことで、政府や政治家が「内需拡大のために賃上げを」と企業に要請するというのはずっと行われてきたことであり、ただまあ社会主義国でもあるまいし個別企業労使による賃金決定にまで、労使ナショナルセンターの代表を集めて大々的に口出しはしないでおこうという節度があったに過ぎません。というか、民主党政権についてはあれだけ次々と(作為不作為含めて)アンチビジネス政策を繰り出していたわけで、さすがにそれで「賃上げを」と表立って言うわけにもいかなかったのでしょう(それでもなお言う人というのはいてどの口がと思ったわけですが)。それに対して、現政権はプロビジネス政策を進め、それを受けて企業業績も回復したということで、要請もしやすかったという事情ではないでしょうか。
なお日銀はといえばその間今回のデフレは賃金デフレであって企業がデフレに苦しんでいるのは賃金を上げようとしない企業の自業自得であるといったようなことを、まあ公式見解だったかどうかは知りませんが、しかし私が会った日銀の方々は口々におっしゃっていたわけです(もちろんこれには一理あるのであって、しかしそれが金融政策の無策を免罪することはないだろうと私は思っていて意見が合わなかったわけです)。まああれかな、ベアゼロ時代の労働市場は政府の意図どおりではなかったという意味では「官製相場」ではなかった、ということになるのかなあ。
さてこのあとは先ほども書いたように金融緩和批判ですが、結局のところは金融緩和を続けると長期金利の高騰、ハイパーインフレを招くといういつもの話(超円安までは言っていないな)に落ち着いています。

  • なお、「官製相場」に関してはもうひとつ冒頭で「日経平均株価の一時2万円台乗せでも(引用者注:「官製相場」という)この言葉が語られる」と書いているわりにはここまで株式市場の話はひとつもないのですが(笑)、最後にひとこと「株式の官製相場はどうか。緩和が続けばバブルの発生と崩壊に手を貸すかもしれない」と取ってつけたように書かれています。

ということで、結論部分はこうなっています。

財政再建の見通しがたたないまま日銀緩和による“市場介入”が長引けば、かえって混乱のリスクを増す恐れがある。
 皮肉にも日銀緩和が今は奏功しているため政界では改革の機運が高まらない。もう一つのリスクだ。財政破綻を防ぐには社会保障改革や増税が急がれる。

 市場は経済活動を映す鏡。そこに介入するより、鏡面に正常な像を結ぶよう経済や財政のゆがみを正すことこそ政治家の仕事だ。

つまり、このコラムを私なりに大雑把にまとめますと、まあ私の読解能力不足ゆえの誤りはありましょうがご容赦いただくとして、

  1. 資本主義に似合わない官製相場の増殖は市場をゆがめ、様々な形で経済混乱のリスクを高めるから官製相場はけしからん
  2. ムーディーズが「消費税再増税の延期や成長戦略の実行の遅れ」を理由に日本国債を格下げしたのに、増税も「痛みを伴う社会保障の抑制や規制改革など」も断行せずに格付け会社への説明ですませた結果金利が上がらなかったのは「官製相場」だからけしからん
  3. 名目2%の成長が続くと税収は内閣府試算より伸び、大幅な歳出・歳入改革を避けられるという試算もあり、消費喚起のため経済界に賃上げを要請したところ経済界がこれに応えたのは「官製相場」だからけしからんけれど実はこれは官製相場じゃないかもしれない(でも賃上げしたのは気に入らないらしい)
  4. 金融緩和が奏功して政治に増税社会保障改革の機運が高まらないのにいまのところ金利も株価も堅調に推移しているのは「官製相場」であってけしからん
  5. これらけしからん「官製相場」をなくすべく政府は市場への介入をやめ、経済のゆがみ(低金利、賃金上昇、高株価)や財政のゆがみ(財政赤字、持続不可能な社会保障)を正すべき

なにこれどういう無政府主義。私の邪悪な目には要するに「官製相場はけしからん」をキーコンセプトに増税や痛みをともなう改革をすぐにもやれという話を展開していように見えてしまうわけで、新自由主義市場原理主義というよりはもう単なるシバキ上げのような気がしなくも。
まあ平田氏がわが国経済財政の持続可能性や破綻リスクを憂慮されるのはもっともだと思います。ただまあ「増税や痛みをともなう社会保障改革や規制改革」を一気にやるとかなりのハードクラッシュになるでしょう(実際消費税を3%上げたくらいでも、まあハードクラッシュとまではいかないまでもこの程度の結果にはなったわけですし)。もちろん平田氏の懸念されるように現状放置もハードクラッシュのリスクはありますが、まあその間の狭い道をうまくたどっていくのが政府の目指すべきところではありますまいか。そのための努力を「官製相場」と称して否定するのは理屈がないと思いますし、なんか財政破綻のハードクラッシュを避けるためにあらかじめ増税と痛みをともなう改革でハードクラッシュさせろというのも妙な話のような気がします。