柳井正氏はなぜブラックなのか

先日のエントリで書きましたが、hamachan先生が社研のシンポジウムで「創造的安息という言葉だけが玄田先生の権威付きでマスコミに取り上げられて独り歩きをしはじめると、記事を真に受けたオーナー社長が『これからは休息もクリエイティブでなければならない!ユメユメぼんやり休んでいてはいかんぞ!東大教授の偉い先生がそう言っている!』とか言い出してまったく逆効果になりかねませんよ」というお話をされて、なるほどそうだなあと私が思い当たったのが(失礼ながら)ユニクロ柳井正会長でした。
どうも東洋経済でブラック認定されてこのかた、それなりに反省も口にしつつ、しかしムキになって意図的に極論を述べておられる感もあるのですが、まあクリエイティブならぬグローバルを連呼するあまり自滅してしまっておられるようで…。
ということで、まず、日経ビジネスオンラインに掲載されている柳井氏のインタビューから。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20130411/246495/?P=2

―――――「ブラック企業」と言われる要因の1つに、離職率の高さがあります。ファーストリテイリングでは、新卒社員の約5割が入社3年以内に辞めています。
柳井会長:離職率が2〜3割であれば普通でしょう。ですが半分はさすがに高い。
 これまで我々は、入社半年から1年で店長になるべきだという教育をしてきました。ですが店長資格が取れず、失望して辞める人はすごく多いんですよ。
 たとえ店長資格を取っても、能力や経験が足りないまま現場に出れば、当然戸惑ったり、精神的に追い詰められてしまったりする。

―――――ファーストリテイリングが「ブラック企業」であるという批判の中には、「若い労働力を搾取している」という指摘もあります。
柳井会長:おっしゃる通り、批判の中には我々が搾取しているという主張があります。…もちろん急成長してきたから、そのひずみがあったことは確かです。修正すべき点があったとも思います。
 ですが我が社には、将来に希望を持って働いている社員もたくさんいます。「搾取」の実態が果たして現実なのか。是非、現役社員に直接話を聞いて、確かめてもらいたいですね。
 当然、セクハラやパワハラサービス残業は厳格に処罰しなくてはなりません。ですがそれらが本当に横行しているのであれば、もう会社やブランドがダメになっているでしょう。我々が本当に「ブラック」ならば、社員はもういないはずですよ。会社はダメになって発展しないでしょうし、社員も白けて仕事なんてしないはずです。

―――――入社1年目の新卒社員を店長にしてきたのも、早くからチャンスを与えるためでしょうか。一部の報道ではその点も、「ブラック」と批判されています。
柳井会長:若くして活躍できることは、本当はすごくいいことでしょう。それなのになぜ叩かれないといけないのか。僕にはちょっと理解できません。
 我々の場合、若い社員が店長になって、どんどん世界に出ていきます。海外に出る人もいれば、海外から入って来る人と一緒に働く人もいる。ですからグローバルスタンダードを持って働かない限り、対応できません。

ということで、根本的なところが理解できていないのか、わかっていて開き直っているのか。もちろん若くして活躍できることはいいことでしょうし、柳井氏がそういう環境にしようとしていることも事実でしょう。でも、それを叩かれているわけではありませんよね。
何が叩かれているかといえば、若くして活躍することを求めて結果的に半数が脱落して退職し、その相当割合が潰されていることでしょう。若くても実力があれば活躍できる、というのはたぶんグローバルスタンダードかもしれませんが、若者を追い込んで潰れなかった人だけが生き残るという人材選別法は決してグローバルスタンダードではないはずです。
ですから、そこを生き残った半数の人たちだけをみて「将来に希望を持って働いている社員もたくさんいます」とか「是非、現役社員に直接話を聞いて、確かめてもらいたいですね。」とか言ってみたところで、それは無意味な開き直りに過ぎないでしょう。「本当に「ブラック」ならば、社員はもういないはず」だなんて、本当に一人も残らないような会社でない限り「ブラック」ではないと本気でお考えなのでしょうか。ブラックですね
そもそも、連結売上高が1兆円に迫り従業員数も5桁という規模の企業で店長候補正社員の3年離職率2〜3割は普通ではないと考えるべきでしょう。もちろん事情によって差はあるでしょうが同等の企業なら新卒の3年離職率は普通一桁じゃないかなあ。5割はもう「さすがに」とかいうレベルではないはずです。それこそグローバルスタンダードを逸脱してるんじゃないかと思うのですが、そうでもないのかなあ。

 最近は、日本国内と同じような感覚で、海外から採用応募者が訪れるようになっています。僕が面接している応募者の約半数が海外の人ですから。
 彼らは国境も関係なく働き、若いのに年間数千万円を稼いでいる。能力があれば、若くてもそれくらい稼げるわけです。

 私が最近、採用面接をしたインド人は香港に住み、ある有名企業のアジアパシフィックの責任者を勤めて、年間数千万円を稼いでいる。

 僕が一番尊敬しているのは、現在、ユニクロ中国のCEOを勤める潘寧(パン・ニン)君ですね。彼は中国人留学生として来日して、店長候補から始めて店長になり、次に中国で生産管理を担うようになった。
 当時、僕は優秀な中国人留学生を3人採用しました。1人はもう辞めましたが、その中の2人は今でもユニクロ中国のCEOとCOO(最高執行責任者)をやっています。

 日本人も今後、そういう人と競争しないといけないし、競争できる人になるべきなんです。やろうと思えば出来るんですよ。

 25歳くらいまでに基本的な考え方を決めて、努力を重ねて35歳くらいで執行役員になる。そして45歳くらいでCEO(最高経営責任者)になるのが、正常な姿だと思っています。
 だからこそ、若いころに甘やかされてはいけないと思っています。時間給の人々を批判するつもりはありませんが、それと同じような心構えで若いころから仕事をしないほうがいい。

 僕が若い社員に「海外に行ってくれ」と繰り返し言うのは、本当の意味で経営者になってほしいからです。それができないのであれば、当然ですけど、単純労働と同じような賃金になってしまう。
 我々の会社であれば、若いうちから海外で働くことができます。店長になって海外に出て行くこともできれば、海外から来た人と競争することもできる。若い社員にも本当の意味で経営者やリーダーになってもらいたいと思っています。

話の流れをつくるために発言順は前後させて再構成しています。それがフェアでないと思われる方がいればその批判は甘受しますが、しかし柳井氏の趣旨を外れたまとめにはなっていないと思います。その上で申し上げますと、海外の労働市場の上澄みの上澄みのような人材を取り上げて、それと競争することを求め、それができなければ「当然ですけど、単純労働と同じような賃金になってしまう。」と恫喝する。ブラックですね。ブラックとしかいいようがない。経営者とか、リーダーとかの用語を多用するのもこの手の論者にありがちなテクニックです。
ただまあ最後のほうでは

 もちろん現場の社員は対応していますよ。新卒社員をサポートする体制も整えつつあります。
 ですが、僕はそれでも厳しく育てないといけないと思っていますから、変えるつもりはありません。それは、トップが基準を下げたらダメだと思っているからです。

などとも言っておられますし、前掲したように「…ひずみがあったことは確かです。修正すべき点があったとも思います。」「セクハラやパワハラサービス残業は厳格に処罰しなくてはなりません。」とも言っておられるので、おそらくは「ブラック」批判を受けてそのあたりは相当程度対処したのではないかとも推測します。その上であえて柳井氏はいつもの役回りを演じているということかもしれません。だからブラックじゃないということには残念ながらなりませんけどね。
さてもうひとつ巷間話題となったのが朝日新聞のインタビューです。
http://digital.asahi.com/articles/TKY201304220465.html?ref=comkiji_txt_end_kjid_TKY201304220465
これはユニクロが「世界同一賃金」を導入しました、と記事にあわせたインタビューなのですが、記事は次のエントリで紹介します。

 ――「世界同一賃金」を導入する狙いは何ですか。
 「社員は、どこの国で働こうが同じ収益を上げていれば同じ賃金でというのが基本的な考え方だ。海外に出店するようになって以来、ずっと考えていた。新興国や途上国にも優秀な社員がいるのに、同じ会社にいても、国が違うから賃金が低いというのは、グローバルに事業を展開しようとする企業ではあり得ない」
 ――中国などに比べて賃金が高い日本は下方圧力がかかって、逆に低い国は賃金が上がるわけですか。
 「日本の店長やパートより欧米の店長のほうがよほど高い。日本で賃下げをするのは考えていない。一方で途上国の賃金をいきなり欧米並みにはできない。それをどう平準化し、実質的に同じにするか、具体的な仕組みを検討している」
(平成25年4月23日付朝日新聞朝刊から、以下同じ)

これなんかはブラック云々以前の問題として常識を疑いたくなる話で、まあこうした成果主義的な手法はこれまでも試みられてみじめな失敗に終わってきているよねという話もありますが、それを棚に上げてみたとしても、「同じ収益を上げていれば同じ賃金」を国際間で実現するのは無理としたものでしょう。ドル建てで計算するとしても、たとえば日本の店長はなにもしないのに半年前に100万円=13,000ドルだった利益がアベノミクスのおかげでいまや100万円=10,000ドルに減りました(?)という話になってしまうわけで。生計費も異なれば行政サービスの水準も異なるし福利厚生なんかはそれこそ多様な国々の間で「世界同一賃金」なんて無理に決まってます。柳井氏はグローバルが格別にお好きなようですが、残念ながら労働市場は他のさまざまな市場と較べても最もローカルな市場の一つなのです。「具体的な仕組みを検討している」というわけですが、無理じゃないかなあ。

 ――いまの離職率が高いのはどう考えていますか。
 「それはグローバル化の問題だ。10年前から社員にもいってきた。将来は、年収1億円か100万円に分かれて、中間層が減っていく。仕事を通じて付加価値がつけられないと、低賃金で働く途上国の人の賃金にフラット化するので、年収100万円のほうになっていくのは仕方がない」
 ――付加価値をつけられなかった人が退職する、場合によってはうつになったりすると。
 「そういうことだと思う。日本人にとっては厳しいかもしれないけれど。でも海外の人は全部、頑張っているわけだ」
 「僕が心配しているのは、途上国から海外に出稼ぎにでている人がいる、それも下働きの仕事で。グローバル競争のもとで、他国の人ができない付加価値を作り出せなかったら、日本人もそうやって働くしかなくなる。グローバル経済というのは『Glow or Die』(成長か、さもなければ死か)。非常にエキサイティングな時代だ。変わらなければ死ぬ、と社員にもいっている」

このあたり記者にも悪意とまでは言わないまでも底意はありそうな感じですね。二極化に関しては、まあ経営者がこういう心配をするというのはあるのかなあ。ただその問題意識に対して、日本人も日本で働く外国人や海外のユニクロで働く現地人のように頑張れ、そうでなければ下働きで年収100万円でうつになって退職しても仕方ない、成長しなければ死ね、というわけですからブラックと言われても仕方ないですよねえ。もちろん再分配は政府の仕事であって企業の知ったことか、というのはひとつの正論ですが、なんか政府による再分配も不平等だからいらない、とか言い出しそうだからなあこの人(偏見)。
このあとは日経ビジネスの記事とほとんど同じなので省略しますが、柳井氏には海外の若きエリートたちの頼もしさを見るにつけ日本人(の若者)にももっと頑張ってもらいたい、という思いが強くあるということはわかりました。そういう若者はもっと活躍して高い収入を得てもいいじゃないか、という気持ちもよくわかります。問題はそうでない奴らはけしからんから潰れて辞めていって当然、年収100万に甘んじるべきだと(演技かもしれませんが)公言してしまうことなんでしょうね。それではいくらご本人が世のため人のため日本のためと思って発言してもブラック扱いでしょう。