40歳定年説があまりにもひどすぎる件

と、喧嘩を売るようなタイトルをつけるから反発を買うわけですが。
それはそれとして、きのう書いたような経緯で東大の柳川範之先生がお書きになられたという40歳定年制の解説記事を発見したわけです。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20120910/236616/
最初に私の邪推を結論として書きますが、これはおそらく日経BPの要請にこたえて国家戦略室の事務局が書いたものに柳川先生が名前だけお貸しになったものではないかと思います(邪推です)。40歳定年なり類似の政策なりをプッシュしようとしている方々は、これを捨ててもっとていねいに理論武装しないとなかなか世間の支持は得られないように思います、と余計なお世話を書いてみる。
この記事は会員限定のようなので記事全文を読めない方には何のことやらという感じかもしれませんが、まあ無料ですので関心をひかれた向きは会員になられるのもよろしいかと思います。この記事はともかく(笑)日経ビジネスオンライン全体としては有益な記事も多いので。
さてなにがひどいかと申しますと、まず最初にこれはおそらく編集の問題もあろうかと思いますが文章のクォリティに問題が多いことで、たとえば冒頭からこんな記述があるのですが。

 提言の1つ目は、「学び直し」の考え方。今の日本の若者の多くは20代前半まで大学などで学び、新卒採用で企業に就職する。しかし、その後、定年まで一生食べていく事ができる時代では、もはやない。大手電機メーカーなどの最近のリストラ策を見ても分かるように、30年も35年も同じ会社に居られる保証なんて、どこにもないと考えた方がいい。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20120910/236616/、以下同じ

「定年まで一生食べていく」って定年=一生ですか。そりゃ本当に文字通りの終身雇用なら死ぬまで雇用するってことになりますが…。想像するに「定年まで一つの企業で働き続けることができる時代では、もはやない」と「定年後は働かなくても一生食べていける時代では、もはやない」とが一緒くたになってしまったのでしょう。
あるいはこんな記述も。

 労使で合意し、「期限の定めのない雇用契約は20年とする」と定める。これは、ある一定の年齢が来れば、雇用を切られるという考え方とは根本的に違っている。例えば20歳で就職すれば40歳が定年になる。

「期限の定めのない雇用契約は20年とする」って、この20年は期限の定めではないんでしょうか?城繁幸氏のブログも真っ青ですね。もちろん現行の正社員は期間の定めはないもののの就業規則などで定年が定められているわけで、単に「雇用契約は20年とする」(この場合は35歳で就職した人は55歳で満了となる)とするか「期限の定めのない雇用契約は40歳を定年とする」(この場合は35歳で就職した人でも40歳で定年退職となる)とするかしていただかないと。
さらには、70歳を過ぎても働き続けましょうという話が出てくるのですが、

…「40歳定年説」を提唱したい。この考えは、75歳になっても、80歳になっても、元気であるうちはいつまでも働き続けるためのものだ。

 現役時代のホワイトカラーやブルーカラーの概念も壊していくことが肝要だ。自分はホワイトカラーを何十年やってきたから、ブルーカラーはできないとか、そういうプライドは取り払う必要がある。

「現役時代の」って、「ホワイトカラーを何十年やってきた」人がブルーカラーに転じたらもう現役時代じゃないってことなんでしょうかね。
まあこのあたりは編集出てこいという話だろうと思いますが、事実関係を誤認したものや思い込みに基づく記述も次々と出てきます。

 現在の風潮として、企業は定年を延長することで、高齢者の雇用を守ろうとしている。しかし、よく考えてみてほしい。20歳そこそこで社会に出て、仮に80歳まで、50年も60年も、同じ環境の中で生きていくことは、苛酷なことではないか。

いや「定年を延長することで、高齢者の雇用を守ろうとしている」企業がどれほどあるのでしょうか。「現在の風潮として」というからには相当の数があってしかるべきと思いますが(しかも仮にとはいえ80歳まで)。最近の高齢法改正などをふまえてこう書いたのかもしれませんが、せめて「企業に定年を延長させて」と書きそうなもので、さらにそうだとしても厚生労働省の高年齢者雇用政策もまだ「70歳まで働ける企業」にとどまっているわけですし、老齢年金支給開始年齢引き上げについても70歳を超える年齢をまじめに提唱している例はかなり少数ではないでしょうか。これはなぜこんな記述になったのか見当がつきません。
あるいは、

 「学び直し」によって複合的な知識が身に付けられると、社会環境の変化にも対応しやすくなる。例えば、一貫して営業畑でやってきた人が、法律の知識を身につけてみる。きっと、これまでと違ったビジネス展開ができるだろう。あるいは、経理一筋でやってきた人が農業分野を勉強する。すると、農業法人を作るといった発想が可能になるかもしれない。
 何も法律家を目指したり、バイオ技術を身につけるなど、本格的にやる必要はない。別の世界に興味を持ち、ある一定の知識を身につけるだけで全く違う人生が開けるはずだ。
 本当はこの「学び直し」を、個々の企業内でやってもらいたい。しかし、一筋縄ではいかないのが実情だ。ジョブローテーションで様々な部署を経験させていく働き方をとる企業もあるが、果たして、「学び直し」になっているかは疑問だ。結局は、人事異動で身に付いたものは、社内政治の機微が分かるとか、出世のためのスキルであったりすることが多い。そうなると、むしろ、外の世界に飛び出せなくなってしまう。

「本当はこの「学び直し」を、個々の企業内でやってもらいたい」というのはごもっともで、実際には多くの会社がやっているわけだ、だってそれをやらないと企業は競争に生き残れないんだから。現実にはよりよく人材を育てる企業がよりよく生き残るというのが人材活用進化論ではないかと。それなりに持続的に経営を維持できている企業で「一貫して営業畑でやってきた人が、法律の知識を身につけてみる」といったことを一切やらせてない企業があったら一社でいいから見せてください。もちろん全員にやらせてる企業というのは多くはないでしょうが、しかしほとんどの企業は相当程度やらせているのではないかと思います。
「結局は、人事異動で身に付いたものは、社内政治の機微が分かるとか、出世のためのスキルであったりすることが多い。」というのはこの限りではそのとおりですが、言うまでもなく身に付くのはそれだけではありません。それぞれの仕事で必要とされる能力や知識は当然身についているわけで、これは相当程度他社に転じても有用です現実には「社内政治の機微」やら「出世のためのスキル」やらですら、けっこうな部分は他社でも通用する汎用性があります…もちろん、企業特殊的な部分は剥落するので、その分労働条件は低下しますので、その限りにおいて「むしろ、外の世界に飛び出せなくなってしまう」というのはそのとおりですが、しかし全く飛び出せないかといえば決してそんなことはないわけです。
さらにはこんな記述もありまして、

 今、企業の人事制度が硬直化している。多くの企業は年齢と勤続年数で、給料やポジションを決めているのが実情だ。だから、「70歳の新人」が現れると、とてもややこしい話になる。いくら給料を払ったらいいのか、ポジションをどうしたらいいのか、そういう煩わしさが面倒で、企業は高齢者を雇用しないだけだ。

「年齢と勤続年数で、給料やポジションを決めている」企業ってどのくらいあるのかなあ。まあ給料は一部分を年齢や勤続年数にインデックスしている例は多いと思いますが、ポジションとなるとさすがに違うでしょう(たとえばこれは最年長者が社長になるということなのかな?)。「多くの企業」というんですから、たくさんあるんでしょうねえ。まあ百社とはいいませんから、十社くらい見せてください。ただし役所関係と学校関係を除く。
「70歳の新人」というのも、まあ滅多にはいないでしょうが、仮に企業が本当に70歳の人を必要としていて、新たに雇い入れるのであれば、それは特段の苦心もなく給料やポジションを決めると思います。というか、そういう場合はまずポジションが決まっていて、それに応じて賃金を決める(オファーする)のがふつうだと思います。経営立て直しのために腕利き経営者を呼ぶ場合も、ビルメンの会社がビル管理人を新規採用する場合でも同じで、実はこれは中途採用一般に言えることで年齢はそれほど関係ない話です。
あと、これは事実誤認というよりは人事管理に関する知識の欠如が露呈している点ですが、さきほどの「期限の定めのない雇用契約は20年とする」に続けてこんな記述が出てきます。

 労使で合意し、「期限の定めのない雇用契約は20年とする」と定める。これは、ある一定の年齢が来れば、雇用を切られるという考え方とは根本的に違っている。例えば20歳で就職すれば40歳が定年になる。もちろん、契約更新もあり得る。その場合、30代半ばで、再契約の話が出てくる。

さきほども少し触れましたが、そもそも「一定の年齢が来れば雇用が終了する」のが定年制なのですから「40歳定年」を標榜しながら「一定の年齢が来れば雇用が終了するという考え方とは根本的に違う」というのは、少なくとも人事管理のごく初歩の知識すら不足しているということを露呈しています。また、仮に40歳定年のあとに契約更新がありうる場合、30代半ば時点では40歳時点での企業のニーズが不透明であり、「再契約の話」が出てくるのは30代後半の後半くらいになるだろうというのが人事担当者の常識的な見方だろうと思います。60歳定年→再雇用の場合には健康状態や技能水準の確保・悪化低下防止という観点から再雇用に関する話が50代半ばから出てくるわけで、記事はそこから推測したのかもしれませんが、40歳定年となるとそういう話にはならないはずです(まあ別の話が30代半ばに出てくるのだと強弁することは可能かもしれませんが)。
さらには、

 若者に活躍の場を与えるためにも終身雇用はやめることだ。ある程度の年齢に達すれば学び直し、できれば、これまでと違う分野を見つけて、違う仕事場に移ってもらう。彼らの再就職の場は、できれば若者がやらない産業が好ましい。その点、農業は、70代以上にはとてもいい働き場かもしれない。
 農業はワークシェアリングもやりやすい。当然、重労働を伴う仕事だから、無理な人は、農業マネジメントなどでもいいだろう。

「若者に活躍の場を与えるために」早期退職を促して若者の働く場を増やそうという考え方は大陸欧州などでも実践されてきましたし、あり得る話だと思います。ほとんどうまく行っていないわけですが。もちろん「ある程度の年齢」が40歳定年のことであれば、欧州諸国とは違って熟練度の比較的高くない仕事の椅子が空くことになるので、50代で引退させた欧州に比べて若者のチャンスは拡大するかもしれません(もちろん、そこで退職させることでそれ以上の熟練が進まないリスクは大きく、それはいずれ40歳になる若年にも同様に降りかかってくるわけですが)。ところがその後の記述は70代以上の話になっていて、いや70歳では今の60〜65歳よりも遅いので若年の機会はかえって奪われるような気も。
あと、高年齢者の個人差が大きいことはそのとおりで多様な働く場が求められることもそのとおりだと思うのですが、それが「農業マネジメント」だと言われるとそれってどんな仕事ですかと聞きたくなります。重労働が無理な70歳以上の人はこれから増えていくと思いますが「農業マネジメント」の仕事ってどのくらいあるんでしょうか。
もう一つあげておきますと、その直後で

 「40歳定年」と言ったが、もちろん、産業にもよる。例えば、大工のような職人の世界は、70歳になってようやく一人前だとも言われる。そういう産業は、長期雇用のままでいい。

いやこれだと世の中で家を建てている大工さんはほとんどが一人前でないことになってしまうわけで、宮大工とか船大工とかの脱字かなあとも思ったのですが、しかし宮大工の棟梁が60歳くらいとか、船大工でも70〜75歳で引退するとかいう話のようで、これもただの事実誤認のようです。
ということでこれだけ事実誤認や知識不足があるとなると論旨のほうも頼りにならなかろうと思われるところ、案の定理屈の筋の通らない記述も随所に出てくるわけですが、長くなりましたので続きは明日のエントリに譲りたいと思います。