労働政策を考える(31)労働者派遣法改正法案

完全にお蔵出しシリーズになりますが、「賃金事情」2614号(2011年9月5日号)に寄稿したエッセイを転載します。無事というべきかなんというべきか、ともかく成立をみたことは周知のとおりです。
http://www.e-sanro.net/sri/books/chinginjijyou/a_contents/a_2011_10_05_H1_P3.pdf
ふと思ったのですが、この件はhamachan先生が繰り返し本質的な問題提起をされているわけですが、案外通じる部分も一部あったりするのかもしれません。



 この9月に発足した野田政権の厚生労働大臣に前厚労副大臣小宮山洋子氏が就任し、新大臣の記者会見では労働者派遣法改正法案の成立に意欲を示したそうです。本稿掲載時には一定の進展をみているかもしれません。
 今回の派遣法改正法案をめぐっては紆余曲折があり、2008年11月には自公政権のもとで日雇派遣(日々または期間30日以内)の原則禁止、登録型派遣の常用化に関する努力義務の設定、賃金決定・教育訓練等に関する努力義務の設定、いわゆるマージン率の公開の義務化、事前面接の一部解禁、グループ企業派遣の規制強化(8割以下)、行政による違法派遣是正(直接雇用の勧告)などを内容とする改正法案がいったん提出されました。しかし審議は進まず、2009年9月には政権が交代、新政権の長妻厚労相は改正法案の再検討を指示しました。その背景には、2008年末から2009年初に日比谷公園で開催された「年越し派遣村」が世間の注目を集めたことも影響していると思われます。
 そしてまとめられた改正法案は、登録型派遣の原則禁止、期間2か月以内の短期派遣の原則禁止、製造派遣の原則禁止(1年超の常時雇用を除く)、違法派遣の直接雇用申し込みみなしなど、2008年の改正法案に較べてきわめて規制色の強いものとなりました。さらには政府が事前面接解禁を削除して法案を閣議決定し、これに対しては経団連会長・連合会長がともに不快感を示すとともに労働政策審議会厚労相に抗議するという一幕もありました。
 こうした経緯を経て2010年3月に今回の改正法案があらためて提出されましたが、4か月後の参院選民主党が敗北してねじれ国会となり、以降審議は棚上げ状態となっています。
 これについて小宮山大臣は記者会見で「苦労に苦労を重ねて作られた法案だが、今のねじれの中では、なかなか国会の審議にも乗せられない。連合の皆さんなどと、どこを改善をすれば各党が合意しやすくなるか知恵を出し合って、審議ができるよう工夫したい」といった趣旨の発言をしています。今後、高齢法の改正や有期労働契約に関する法案の審議が見込まれていることを考えれば、派遣法をいつまでもたな晒しにはしておけないということでしょう。
 この発言の背景には、法案は公労使三者構成の審議会でまさに苦労に苦労を重ねて審議されたわけですが、労使が完全に合意しているわけではなく、労使ともに多数の異議をとどめているという事情があります。完全合意であればそれが尊重されるべきであり、対立法案となることもなく淡々と可決成立となりますが、異議がとどめられているからには、その異議の範囲では国会での修正もありうべしということになるわけです。小宮山大臣も「連合の皆さん」と発言しているように、今後、使用者代表の異議を取り込みながら「各党との合意」をはかることになるでしょう。
 具体的にどのあたりが論点となるかですが、事前面接の一部解禁については労使ともに異議をとどめていない上、国会審議による修正でもないことから、復活させるのが正論といえるでしょう。
 その他の論点ですが、2009年末の労働政策審議会の答申の中で、使用者代表委員が異議をとどめているポイントは3点あります。
 まず、登録型派遣の原則禁止については、一部の適用を2年間猶予する暫定措置について「暫定措置を講ずる場合に、経済状況や労働者のニーズも十分考慮に入れた上でその範囲や期間の在り方を検討すべき」、登録型派遣自体についても「そもそも登録型派遣は、短期・一時的な需給調整機能として有効に機能しており、これを原則として禁止することは労働市場に混乱をもたらすことから、妥当ではない」としています。製造派遣の原則禁止については「まずは真に問題がある分野を的確に見極める必要があるところ、製造業務全般への派遣を原則禁止することは、国際競争が激化する中にあって、生産拠点の海外移転や中小企業の受注機会減少を招きかねず、極めて甚大な影響があり、ものづくり基盤の喪失のみならず労働者の雇用機会の縮減に繋がる」としています。また、違法派遣の直接雇用申し込みみなしに関しては、「仮に規定を設ける際には、派遣先の故意・重過失に起因する場合に限定した上で、違法性の要件を具体的かつ明確にする必要性があることに加え、そもそも雇用契約を申し込んだものとみなす旨の規定を設けることは、企業の採用の自由や、労働契約の合意原則を侵害する」としています。2008年の改正法案から規制強化となっている主要な点については、原則禁止される短期派遣の期間の上限(30日超から2か月超に強化)を除いて異議をとどめていることになります。
 今後の議論を予想するのは難しいのですが、現実をみると、すでに法改正を先取りした動きが相当進んでいます。厚生労働省は毎年労働者派遣事業報告書の集計結果を公表していますが、それによると2008年6月1日現在で約198万人だった常用換算派遣労働者数が2010年6月1日には145万人と約4分の3に減少しています。内訳をみるといわゆる専門26業務に従事した派遣労働者数は100万人から75万人に減少しており、これには昨年2月に始まった「専門26業務派遣適正化プラン」による指導の影響もあるとみられます。さらには製造業務に従事した派遣労働者数は約56万人から約24万人と大幅な減少となっており、ここでは法改正を先取りして派遣から「有料職業紹介+有期直接雇用」、あるいは派遣から請負といったシフトが進んでいると言われています。
 もっとも、減少した派遣の仕事がすべて直接雇用に置き換わっているとは考えにくく、とりわけ製造業においてはこの間円高が進んでいることを考えると相当割合は雇用自体が失われている可能性もあります。こうした局面で労働規制を強化することは使用者代表が主張するように雇用機会の縮減をまねく危険性が高く、登録型派遣や製造派遣の原則禁止は考え直されていいように思われます。
 一方、違法派遣の直接雇用申し込みみなしについては、当然ながら派遣元・派遣先双方で違法派遣をなくす努力が行われ、行政による指導なども行われているものと思われますが、実際に施行されてみるまで、その影響は予想しにくいものがあります。一般的に、新しいルールが導入されるとその適用や解釈をめぐる紛争の発生が懸念されるわけですが、今回の改正法案については派遣労働者が意図的に違法状態に誘導し、直接雇用を主張する可能性があるといった実務上の問題点も指摘されており、使用者代表委員の「派遣先の故意・重過失に起因する場合に限定した上で、違法性の要件を具体的かつ明確にする必要性がある」という心配はもっともなものと言えるでしょう。そもそもこの規定には私的自治の原則を大幅に逸脱するものという批判もあり、この際見直すことが望ましいものと考えられます。
 結局のところは、2008年の改正法案にどの程度近づくのかがポイントになりそうですが、2008年の法案に問題がないかといえばそうでもありません。派遣労働が労働市場の中でそれなりにプレゼンスを持つに至った今日、派遣労働を一時的・臨時的な例外として考えるのではなく、働き方の選択肢の一つとしてきちんと位置づけるべきだとの意見は従来から有力です。今回の改正法案の成否にかかわらず、派遣労働に市民権を与える方向への政策転換が求められるように思われます。