城繁幸氏

ということなのですがいきなりお休みに入るというのもなんですので(いや昨日まで休んでいたわけで)、ひとつ書きます。というのも読者の方から城繁幸氏の次のエントリに対するツッコミをご要望いただいたわけです。
http://jyoshige.livedoor.biz/archives/5018564.html

 経団連がいよいよ定期昇給制度自体の見直しを提言するそうだ。
報告書案は定昇の具体的な見直し案として
(1)仕事・役割に応じて等級を設け、賃金水準の上限と下限を決める
(2)暫定措置を講じながら個々人を再格付けする
(3)仕事・役割が変わらない限り、上限で昇給が止まる――
という仕組みを提示。来春の労使交渉で「中長期的な課題として、見直しの議論を始めることも考えられる」とした。

 要するに、いつも言っているような職務給のことである。
 元々は長く勤めれば勤めるほど給料の上がる仕組みを導入して人材流出を防ぐことが定昇制度の目的だったのだが、今時そんなメリットは無いからもう廃止しましょうねというわけだ。
 95年の「新時代の日本的経営」は、非正規雇用で雇用調整しつつ、付加価値の高いコア業務を正社員が担うことで、従来の日本型長期雇用を維持しようとするものだった。
 ただ、早期退職の募集が常に45歳以上を対象に行われているのを見ても明らかなように現実に長期雇用で育成できた人材は「付加価値が高い」どころか、
「金積み増してでも真っ先に切りたい」人材であるわけで、時代に沿った適正な判断だろう(遅きに失した感もあるが)。
 「長期雇用こそ強み」という学者や「即戦力性なんて幻想」なんていうノンワーキング人事も一部には生き残っているけれども、これでしおらしくなるだろう。
 経営側からハシゴを外されたわけだから。
 連合はダダをこねるだろうが、ただの惰性なので無視して構わない。
 むしろ組織内で“再分配”のチャンスが増えるわけだから、昇給が抑制され続けている2、30代やポストの足りないバブル世代は、積極的に社内で労組を突きあげるといい。経営側も喜ぶだろう。
 さて、今後の流れについて。
 だいたいどの会社も資格給+本給という構成になっていて、
 1.後者の廃止と、役割給への一本化
 2.数年間の移行期間を設けつつ、職務給への全従業員の再格付け
 3.再格付けのルーチン化
 という流れで、最終的には日本型雇用の解体まで進むだろう。
 外部環境の変化等を考えると10年かからないのではないか。
http://jyoshige.livedoor.biz/archives/5018564.html

「報告書案」というのは例年春季労使交渉に対する経営サイドの基本方針を表明する「経営労働政策委員会報告」の案のことですが、これに関しては報告書を読んでみないとコメントは難しいように思いますので書くにしても報書書公表後に譲り(いや本当に書くかどうかは上記の経緯により不明ですが)、ここでは事実関係について指摘するにとどめたいと思います。
城氏は「早期退職の募集が常に45歳以上を対象に行われているのを見ても明らかなように現実に長期雇用で育成できた人材は「付加価値が高い」どころか、
「金積み増してでも真っ先に切りたい」人材である」と書いておられ、まあこういう文章を読みたい人もいるのだろうなあとは思いますので商業活動としてはアリだと思いますが、しかし間違いだよなあとも思います。
まあそもそも「早期退職の募集が常に45歳以上を対象に行われている」というのが本当かよと思うわけで、実際たとえばこんな記事(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/184)もあるように、30代対象の早期退職だってジャンジャン行われているのが現実です。つーかおいこのゲンダイの記事にはこうも書かれているじゃありませんかあなた。

「かつて早期退職と言えば40代〜50代が対象で、30代は、企業の将来を担う中堅幹部として、クビ切りの対象から外されることが多かった。だが、今は、企業に『10年後の幹部を育てる』などと言っている余裕がなくなっているのです」(人事コンサルタント城繁幸氏)
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/184

まあ滅多に見られない種類の自爆だと申し上げてよろしいのではないでしょうか、はい。
さてそれはそれとして、「現実に長期雇用で育成できた人材は」以降もまた間違っているのですから念が入っています。どういうことかといいますと、日本企業の賃金制度というのは未熟練の若年時には育成コストをかけつつ貢献度を上回る賃金を支払い、ある時点からは貢献度が賃金を上回るようになって、労働者が企業に「貸し」をつくる。そして、ある時点からはまた貢献度を上回る賃金を支払うことでその「貸し」を取り返すという仕掛けになっているわけで、これには城氏も前段で指摘するように労働者の定着・勤続を促進するという意図もあるわけです(他の意図として能力向上の促進や労使関係の安定があってたぶんそれらのほうが重要)。
つまり、早期退職を募集する場合において、企業としては育成コストをかけて能力を向上させて、さあこれから回収するぞという段階=入社数年目くらいの若手に辞められるのが一番損になるわけで、したがってそんな人に割増退職金を払うつもりはさらさらないぞということになりましょう。いっぽう、労働者としてみれば45歳くらいというのは会社に目一杯貸しを作ってさあこれから取り返すぞという年の頃になるわけですから、そこで辞めるのは労働者にとっては大損ということになり、したがって早期退職にあたっても大枚積まなければ応募がないということになるわけです。だからまともな労組はそのあたりで36ヶ月とか48ヶ月とかの割増退職金を取り付けるのですね。人事コンサルタントを自称するならこのあたりは正しく理解しておいてほしいなあ。
次に、「「長期雇用こそ強み」という学者」が「経営側からハシゴを外された」と書かれていますが、しかし城氏がソースとして示している記事をみる限りでは単に定昇の見直しが主張されているにとどまり、「長期雇用の強み」なるものが否定されている気配はありません。「即戦力性なんて幻想」に至っては大企業の新卒採用という局面について言われている話であり、定昇の見直しとは特段バッティングする話でもありません。まあこのあたり上でも書いたように報告書を読んでみなければなんともいえないわけで、現にそう書かれていたら降参するにやぶさかではありませんが(まあ経団連の正気を疑うが)、しかし私ならそんなことは書かれていないほうに賭けますね。
それから、「むしろ組織内で“再分配”のチャンスが増える」については確かに従来より年功的な昇給が抑制される(のだと思う)のならそのとおりで、「昇給が抑制され続けている2、30代」には朗報になる可能性もありそうですが、「ポストの足りないバブル世代」ってのはなんなんでしょうかね。いや定昇制度を見直したところでポストが増えるわけじゃないからポストの足りない状態は改善されないはずなんですが。
さて、「今後の流れ」についても、「だいたいどの会社も資格給+本給という構成になっていて」というのはまあそうだと仮定して、「後者の廃止と、役割給への一本化」というのはなんでしょう。城氏にとっては資格給と役割給とは同じものだということでしょうか。お粗末と申し上げざるを得ません。
ということで例によってツッコミどころ満載のエントリということでよろしいのではなかろうかと思います。これで報告書が公表されたらどうなることやら。やれやれ。