RIETI政策シンポジウム(3)

きのうの続きで、2日のRIETI政策シンポジウム第3部のパネルディスカッションの感想を書きたいと思います。
最初に「日本はひとつ」仕事プロジェクトを仕切られた厚生労働省の藤沢勝博雇用対策課長から被災地の雇用の現状と雇用対策について説明があり、続けてモデレーターを務められた慶応の樋口美雄教授からまず被災状況や復旧状況、被災地の労働情勢、続けて非正規労働の現状とその高い(相対的)貧困率、わが国の特徴として共働きの(相対的)貧困世帯が多いことが紹介されました。
続いてパネリストのスピーチとなり、まず阪大の大竹文雄教授は、被災地はもともと人口減・高齢化の中にあり、めざましい復興を望むことは現実的でないこと、被災地は学歴構成が低く、限られた財源はインフラ建設より人材投資にあてるのが効率的であること、労働移動が可能な若年は他地域への移動を進め、移動困難な人には失職の痛みを和らげる施策が必要であることなどを述べられました。
次は私で、時間が限られていたこともあり、震災前から日本での産業立地が困難になっており、すでに海外脱出できる起業はしていたこと、震災により電力供給の問題が加わったこと、円高の影響は非常に深刻で、ちょっとしたきっかけが引き金になってこれまで大きすぎて出て行けなかった産業がサプライチェーン丸ごと空洞化しかねない状態にあることを、例によって「為替の直近の最高値で各国の最低賃金を円建て表示するとどうなるか」を使ってご説明しました。過去も紹介しましたが今回の数字はこんなです。

円建 現地通貨建 換算レート 記録日
アメリ 548円 7.25ドル 75.55円 11/10/30
カナダ 721円 10カナダドル 72.09円 11/10/4
イギリス 698円 5.93ポンド 117.08円 11/10/6
フランス 892円 8.86ユーロ 100.76円 11/10/3

2010年の最賃(現地通貨建の出典はJILPT『データブック国際労働比較2011』)で、日本は730円となっています。たしかに賃金の中央値の何%かといった比較をすれば日本の最賃は高くないとも言えるわけですが、しかしこんな状況下で最賃を1,000円に引き上げるなんて逆噴射をしたらどうなるかは明白で、議論するなら円高をなんとかしてからでしょうし、ほかの論点についても何で今やるんだということを申し上げました。
もうひとりのパネリストは連合参与の長谷川裕子さんで、震災後の連合の取り組みを紹介され、「期間の定めのない直接雇用が原則」という雇用ビジョンを確立し、労働政策と労使関係の双方で非正規労働問題に取り組むべきこと、均等・均衡の法制化や「まじめに働けば食べられる」最低賃金、非正規の社会保険への加入拡大、委託・個人請負の保護の必要性、集団的労使関係の再構築などを訴えられました。
さてその後のディスカッションですが、私には時間のほとんどが震災関連に費やされた感があり、非正規雇用対策など労働政策の議論は少なかったように思います。出番の前に弾を撃ち尽くすのも芸がないと思って第1部、第2部では質問を控えていたのですが、こうなるなら早めに撃っておけばよかった(笑)。ただまあ、大竹先生が被災地の産業・雇用にかなり悲観的な見解を示されましたので、私としては東北圏全体でみれば技術やノウハウがそれなりに集積しているので(復旧ではなく)震災特区などを幅広く活用してより高付加価値な産業構造を実現させれば良質な雇用を生み出せるのではないかと、まあ経団連の公式見解とほとんど同じじゃないかといわれればそのとおりなのですが、ちょっと逆らってみました。キャッシュ・フォー・ワーク(CFW)についても議論があり、樋口先生と大竹先生は最低賃金の適用を除外してCWFをやるべきだったとのご意見だったのに対して長谷川さんは当然ながら最賃は確保されるべきとの立場で、私はといえばCFWはインドネシアやハイチの震災のように物流は確保されて被災地に物資はあるのだけれど被災者の手元に現金がなくてそれを買えないという状況で有効であり、今回は失業給付の支給などが比較的迅速に進んだことを考えれば、もちろん仕事をして収入を得るというのは大切だけれど、政策的優先順位はそれほどでもないのではないか(これは言いませんでしたが最賃を下回ってまでやるほどのことかには疑問もある)と、またしても逆らってみました。なんか逆らってばかりだな私。
労働政策については書いたとおりあまり具体的な議論にはならなかったのですが、非正規労働の処遇を上げるのは規制強化では無理で、国内ビジネス環境を改善して企業活動を活発化して労働需給をタイトにするのが一番効果的で、そうなればスキルを上げて付加価値と賃金の高い仕事につくチャンスも増えると申し上げたのですが、大竹先生からはまあ企業の人はそういうだろうがそこまで状況が好転することは考えにくいとの指摘がありました。樋口先生からは政治がこのような現状にある中で労働政策の決定はどうあるべきかといった質問をいただき、まあ立法は国会の仕事ではあるけれど労働政策においては政労使三者構成で決定することがグローバルスタンダードなのだから政府には審議会の結論を尊重してほしいと、まあいつも申し上げていることを申し上げました。長谷川さんもだいたい一緒の意見だったと思いますが若干国会の役割も重く見ているかなという感もあり、まああちらが与党だからなあ。
あと、第1部・第2部で集団的労使関係を重視する報告が多くなされたこともあり、政策への集団的労使関係の関与が問われ、私は例によって個別労使における交渉と協約化の成果を積み上げ、一定以上の広がりができたところで法制化なりなんなりのルール化を考えるべきだと申し上げました。長谷川さんは当然ながらナショナルセンターレベルでの関係も重視する立場でしたが。
最後にフロアからの質疑がありましたが、「現在の審議会など労働政策決定プロセスに非正規労働者の声は十分に届いているとお考えか」との質問には私は回答を遠慮申し上げました。長谷川さんはもちろん連合の努力を訴えられ(私もそれは多とします)、樋口先生も「政府・公益がさまざまなリサーチを実施しており、それなりに届いている」と言っておられましたが、大竹先生は「さあどうでしょう、あまり届いていないのでは」と懐疑的でした。まあ引き続き努力が必要だということは一致していたと思います。「結局のところ正規・非正規の問題はどうすれば解決するのか」というご質問に対しては、樋口先生も大竹先生も労働契約・雇用形態の多様化というご意見のようで、私も同意見であり、かつこれは1995年の日経連の自社型雇用ポートフォリオを具現化するビジョンであると申し上げました。こうして書いてみるとなんか思いのほかけっこうあれこれ言っていたみたいです。あと私一人に対するご質問として実質為替レートで見れば円高とは言えないのではないかとのご質問を頂戴し、たしかに長年のデフレもあってマネタリーにはそのとおりなのですが、しかし企業としては名目で行動するよりないとしか申し上げようがありませんとお答えしました。為替レートは物価変動も織り込んで決まっていると考えれば実質化することにどれほどの意味があるかという気もしますし、仮に意味があるとしても購買力の評価であって企業(製品価格)の国際競争力の評価とは言えなさそうな気もしますし。
ということで来場者の皆様のお役に立てたものかどうか甚だ疑わしいと反省しているのですが、まあなんとか終了しました。そもそもすでに人事担当者ではないという時点で企業代表としてはどうなのかという議論もあるわけで、ただまあ3.11の時点ではギリギリまだ人事担当者でしたので、そういう意味ではやはり震災関連中心というのは妥当だったのかもしれないなどと意味のない感想を持ちました。